4-3. アンタに協力する義理はねぇ

 と、いうわけで。

 私は病室から出た脚でそのままスラムに直行――したいところではあったが一度詰所に戻る。さすがに私だけで調査を行うわけにもいかんし、通常業務との兼ね合いもあるからな。

 隊員たちとマティアスから聞いた子細を共有した上で今後の方針を伝え、一人スラムへと向かおうと思ったんだが、ふと思いついてニーナを連れて行くことにした。


「私ですか? もちろん大丈夫です」


 スラムなので先日のこともあるし多少尻込みするかとも思ったんだが、思いのほか乗り気でやりかけの作業をほっぽりだして外出の準備を始めだした。


「ええっとですね、やっぱりあの子のことが気になりまして……」


 アベルのことか。本当にお前はお節介が好きだな。

 だが乗り気なのは丁度いい。そもそも私の目的もアベルだからな。だからこそお前が必要になる。

 私やアレクセイたちだけでほいほいスラムに行ったところで、敵視されてまともに協力はしてもらえんだろう。だがアベルであれば手を貸してもらえるかもしれん。

 とはいえ、いくらアベル相手だとしても私だけじゃちょっと心もとない。そこでニーナの出番である。こないだ夜中におしゃべりした感じなら、ニーナがいればアベルもより協力的になってくれるんじゃないかというのが私の狙いである。

 そういうわけでニーナにはあまり警戒させない程度の防備をさせ、向かう途中に手頃な店で分厚い肉を挟んだサンドを手土産として購入。もちろん兄弟全員分だ。


「買収ですか」


 何を言う。決して買収ではない。あくまで好意としてプレゼントするだけだ。

 そううそぶくとニーナが胡散臭い目で見つめてきたがそれはさておき、まもなく北東二番街――つまりはスラムへと私たちはたどり着いた。

 軍警察の格好をした私たちはこの街だと明らかに浮いていて、行き交う街の連中からの視線は相変わらずお世辞にも好意的とはいえない。まあ、ここの連中からしてみれば実態はどうあれ我々軍は政府の犬だし、その政府はこのスラムを放置したまんま永久保存しそうだからな。いつまで経ってもここは肥溜めのままで、ならば政府にも軍にも好意的になれという方が無理というものだ。


「こっちだ」


 手土産の匂いにひかれてやってきた手癖の悪い連中のお手々を適当に捻り上げたり粉砕したりしつつ、メイン通りから離れて狭い路地へ入っていく。しかしゴミやら動物の死骸やらが放置されて臭くてたまらんな。ミスティックを相手してる下水道とどっちがマシか、というレベルだ。

 散らばったゴミを蹴り飛ばしてどけながら日光すらまともに入ってこないジメッとした、いるだけで気分が悪くなりそうな道を進む。さあて、アベルたちはここら辺にいることが多いとはいえ、すんなりと見つかってくれると助かるんだが。


「あ、いました。あそこです」


 とか思っていたらあっさり見つかった。無駄に探し回らずに済んだな。実に運がいい。

 兄弟たちは家にでも置いてきたのか、今日のアベルは一人でゴミを漁っていた。が、ゴミ箱に手を突っ込んだかと思ったらすぐに手を止めてため息をついている。どうやらご機嫌は麗しくないらしい。


「アベル」


 声をかけたその瞬間、アベルの体が飛び上がった。そしていかにも恐る恐るといった様子でゆっくりとこちらに振り向く。一瞬だけひどく狼狽した表情を見せたがすぐに押し隠し、ごまかす様に今はこっちを睨みつけている。だがその瞳の奥にあるのが敵意とはまるっきり違うっていうのは、人の機微には鈍い私でも分かった。

 さて……想像してたのとは違った反応だが、どうなることか。


「どっか行けよ。俺は忙しいんだ」

「分かってる。だから手短に話そうじゃないか」


 アベルの腕を掴み強引にこちらを向かせると、見上げた私から目を逸らした。


「昨晩の話だ。とある御方が暴漢に襲われた」

「知ってるよ。王子様なんだろ? もうここら中その話題で持ちきりだよ。馬鹿なヤツ。金持ちってみんな分かってるのに夜中にふらふらしてりゃカモにされるに決まってんじゃん」

「まったくだ。それにはまるっきり同意だよ。だが知ってるなら話は早い。どうやら犯人はこの地域に住んでる人間のようでな」


 まだ決まったわけじゃないし私の勝手な推測に過ぎんがな。だがそう言ってみると、アベルの腕が強張ったのが伝わってきた。


「……ここらの人間はみんな金持ちが嫌いだしな。カモがいりゃ襲いたくなる気持ちは分かるぜ」

「だろうよ。威張りくさって歩いてる貴族を見かけると、私も何故か無性に殴りたくなる時がある。だがそれはそれとして、罪を犯したのであれば法に則り裁かれねばならん。

 そこで、アベル。ぜひお前に――」

「やだね」


 私が言い切る前に腕を振り払うと、アベルは距離を取るように歩き出した。


「アンタに協力する義理はねぇし、犬の手先になるなんてお断りだ。まして……ここの連中のことを売るような真似できるわけねぇし」

「待て、アベル」

「じゃあな。二度と俺に近づくんじゃねぇ!」

「アベルくんっ!! 待って! 話を聞いてっ!!」


 ニーナが呼びかけ手を伸ばしたが、アベルはそれをすり抜けて路地の奥へと走り去ってしまった。


「行っちゃいましたね」

「ああ」

「でも……なんだか様子が変じゃなかったです?」

「貴様もそう思うか」


 ニーナもそう感じてたんならほぼ間違いないだろうな。

 アベルは何かを知っている。それもかなり核心に近いところを。


(いや……それどころか)


 一瞬だけ見せた、あの怯えっぷり。ひょっとすると……アベル自身が加担してた可能性だってある。

 マティアスも言っていた。一人は子どもで痩せていた、と。

 さらに思い返してみれば三人組のうち、一人は私に襲いかかっても来なかった。それはもしかすると、私のことを知っていたからかもしれない。

 スラムで、子どもで、そして私を知っている人間。それだけで断定するつもりはないが、今しがたのアベルの反応を加味してみれば私の推測もそう馬鹿にしたものじゃなさそうな気がする。


(だが、何故だ……?)


 顔を合わせる頻度は少ないが、それなりにアベルの事は見てきたつもりだ。盗みもするし弟たちを守るために殴り合いだってする。だが、自分から誰かを傷つけようとする人間ではないと思っていた。

 私の目が果たして節穴だったのか。それとも何か事情があったのか。

 ……いや、これもまだ確証のない、私の想像の域を出ない話だ。

 まずは色々とアベルの周辺を当たってみるとしよう。証拠を固めていけば、自然と見えるものも増えてくるはず。あまり当てにしたくはなかったが、アレッサンドロにも協力させるか。ついでにあの使徒のことも情報が集まってないか確認したいしな。


「どうしましょう、これ……」


 ニーナがポツリと言葉を零した。振り返ってみれば、コイツの手の中にはもうすっかり冷めてしまった肉サンドが三つ握られていた。

 仕方ないので二人で分けるしかない。包み紙を開いてみればパンにはソースがしっかりと馴染んでて、かぶりつけば実に美味だった。


「……食べさせてあげたかったですね」


 ニーナの感想にうなずきながらアベルたちに渡すはずだったそれを、私たちは一気に胃の奥へと押し込んだのだった。

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