4-2. なんで一人でほっつき歩いてたんだ?
「――で? お前はなんであんな時間に一人でほっつき歩いてたんだ?」
私たち一般ぴーぽーじゃ生涯入る事はできないだろう立派な病室を見回しつつ、とりあえず形だけでも何か持っとかないとまずかろうという、ひどく消極的な対応として持ってきた見舞いの花をベッドに投げつけ、不機嫌さを隠さず開口一番マティアスに問いただした。
頭や手脚が包帯でグルグル巻きにされた、なんとも痛々しい姿のマティアスだがとりあえずは元気らしい。柄にもなく花束を持ってきた私が珍しいのか、キョトンとして私と花束を見比べていた。おい、なんか言いたいことがあるならハッキリ言え。
「ああ、いや。うん、その……なんだ。お前にも人を気遣う気持ちはあったんだと思って」
良識の塊である私をつかまえて何たる評価だ。甚だ不満だと言わせてもらおう。
「だがありがとう、アーシェ。ありがたく飾らせてもらうよ」
……だからといってそう素直に感謝されるとこっちまで調子が狂うじゃないか。頭でも打ったか? いや、頭を打ったんだったな。残念だ。実に惜しい人を亡くした。
「勝手に殺すな」マティアスは口を尖らせた。「私だって見舞いの品の一つでも貰えば感謝する。お前じゃないが、それくらいの良識は持っているつもりだよ」
「そうか。で? その良識を持った王子サマが夜中に一人ほっつき歩いて襲われたと? 何をしようとしてたんだか……」
夜中に一人ムラムラ来て娼婦でも買いに行こうとでもしたか? 止めとけ止めとけ。お前が自分で選ぶとロクな事にならない。今度私が信頼できる店を紹介してやるからそれまで我慢してろ。
冗談交じりにそう言い放つと、マティアスは「そんな訳あるか」と言いつつもバツが悪そうにこめかみを掻き始めた。まさか本当に娼館に行こうとしてたのか?
「それこそまさかだ。いや実は……ただ単に仕事の気晴らしに散歩してただけなんだ」
「護衛もつけずにか? いくらお前がちゃらんぽらんのなんちゃって王子とはいえ、不用心も過ぎるだろう」
というか、結構な夜遅くだったと思うんだが。そんな時間まで仕事してるのか?
「反省はしてるよ。だがちょっと夜風に当たるくらいのつもりだったし、夜中に私のわがままで呼びつけるのも申し訳ないと思ったんだ。それに、お前の言うとおり私はちゃらんぽらんの誰からも期待されないなんちゃって王子だからな。襲われるなんて思ってもみなかったんだよ」
おかげで余計に仕事が溜まってしまった。ぼやくマティアスの視線をたどると、部屋に急遽設えられたであろう机の上にはそれはもう見事な書類の山が出来上がっていた。
「レベッカにも散々怒られたよ。美人に静かに罵られることの恐ろしさが身にしみた」
「その結果があの書類の山か」
「そういうことだ。はぁ……自分の不注意とはいえ、入院しても仕事から解放されないとはな……」
……なんというか、うん、まあ、頑張れ。強く生きろ。
マティアスとの付き合いはそれなりに長いが、たぶん今日が一番コイツに同情したかもしれない。死んだ魚の目をしてるし、しばらく優しくしてやろうと思った。
「とりあえずお前が出歩いてた理由は分かった。
話は変わるが、襲ってきた連中に心当たりはあるか?」
最初に襲っていた三人はともかくも、最後に襲いかかってきた男はどう考えたってカタギじゃあない。単なる暴漢があんな手脚に暗器を仕込んでるはずもないし、単なる通り魔じゃなくて間違いなく狙いはマティアスの暗殺だろう。あの時、私がたまたま見回りに出てなかったらどうなってたことか。つくづく悪運の強いヤツである。
ちなみに襲ってきた犯人には逃げられてしまった。まさか襲われてたのがコイツだとは思わなくてしばし呆然としてしまったのもあるし、一晩開けた今となってはピンピンしてるが昨夜の段階では結構な重傷だったからな。ノアに応急処置をさせつつ、犯人を見逃してでも急ぎ病院に担ぎ込まざるを得なかった。
とはいえ、あの暗殺者の血の匂いは覚えた。飲んでないからどこのどいつかまでは分からんが、いずれ探し出してふざけた真似をしたツケを支払わせてやろうじゃないか。
「……襲ってきた連中には心当たりはない。だが襲われた理由は想像がつく」
「それは軍上層部の絡みか? それとも『王子』という立場に関するものか?」
「軍の上層は半分が貴族の血筋だからな。どちらにも該当するといえば該当するんだが、私の考えている通りなら軍絡みの人間の手引だろうと思う。この間、会議で少々やらかしてしまったからな。忠告はされていたが……」
まさかこんなすぐに動きがあるとは思わなかった。そうため息混じりに漏らすと、マティアスはベッドに体を投げ出した。
ふむ、どうやら王子サマにはずいぶんと今回のことは堪えたらしいな。仕方あるまい。軍人とはいえ、ニーナもそうだがマティアスは戦う人間じゃあないし、夜道で集団に襲われれば精神的にもダメージはあるだろう。むしろ私が到着するまで素人とはいえ三人を相手に持ちこたえたのはよくやったと褒めてやるべきかもな。
「ちょうどいい機会だ。せっかくベッドとお友達になったんだ。しばらくのんびりして英気でも養ってろ」
「お前なぁ……あの書類を見てのんびりできると思うか?」
「阿呆か、お前は。入院してるんだから気分が悪かっただの、傷口が痛んで動けなかっただの色々言い訳はできるだろうが」
お前はだいたい真面目すぎる。王子としてはちゃらんぽらんなんだし、軍人としての地位も揺るがないんだから仕事も手を抜くくらいで丁度いいんだよ。
「まあそれはいい。それよりお前を襲った連中の特徴を教えろ。どうせ顔もまともに見れなかっただろうから分かる範囲で良い」
「分かる範囲、と言われてもな。悪いが役に立ちそうな情報といえば若い男だったというところと……あとはそうだな、一人はまだ子どもだったような気がする」
「子ども、だと?」
「子どもというと少し語弊があるか。たぶん成人前くらいだと思う。抵抗して腕を掴んだが、ずいぶんと細かったからかなりの痩せ型だろうな。他の二人が結構ガッシリとしてた分、余計に印象に残ってる。その二人は躊躇なく殴ってきたから荒事にも慣れてる風だったが、痩せた男は人を殴り慣れてないんじゃないかな? 今振り返ってみればそんな気がする」
痩せている、ということはそもそも食が細いか、あまり金に余裕がある人間じゃないということか。
荒事に慣れた人間と、痩せた子ども。王都は広くそれぞれだけをピックアップしていくと膨大な人数になるだろうが、その組み合わせで考えればある程度犯人は絞られてくるな。
(スラムの人間か……)
本命はあの暗殺者だとして、スラムの人間を紛れ込ませればそいつらに罪を押し付けやすい。貴族だか金持ちだかは知らんが傲慢な連中が考えそうなことだ。
だとすればグートハイルに当たってみるか? いや、スラムの人間が関わってるとすればヤツに聞いたところでまともな情報など得られないだろうな。
となると。
「分かった。ならこの件に関しては
「あ、おい! アーシェ、勝手に決め――」
何か言いかけてたマティアスを無視して部屋を出る。背後からため息が聞こえてきた気がするがそれを一切合切意識の外に追いやると、病院を足早に出ていった。
「……ったく、世話の焼けるヤツだ。だが、どこのド阿呆か知らんが――」
マティアスに手を出したことを後悔させてやろうじゃあないか。
帽子を目深に被って表情を隠しながらも、抑えていた怒りが溢れるままに私は口端を吊り上げて病院を後にしたのだった。
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