2-2. ガキどもに入れ込もうなんか考えるな
「アレクセイ!」
私が声を張り上げると同時。
「な、なんだよっ! 俺は何もしてないぞっ!!」
「本当にそう思ってるならもうちょっと動揺を隠す努力をするんだな」
いかにも機械系の職人という風体の男に近づいてその腰に垂らしていた工具入れの中をまさぐっていく。するとそこからあるはずのないニーナの魔装具がスルリと出てきた。
「あ! え!? いつの間に!?」
ニーナが慌てて本来あるはずの自分の腰の辺りを弄るが、まあ当然ながらそこにあるはずもない。私の手に乗ってるからな。
さてさて、こいつが貴様の工具入れに入ってたのはどういうわけなんだろうな?
「そ、それは……この間俺が買ったんだよ!」
「おやおや、おかしいなぁ? これはコイツのオリジナル魔装具で、とうてい街中で買える物じゃあないんだが? いったい何処で買ったのかなぁ? ぜひともご教示頂きたいもんだ」
言い訳ならもっとマシな言い訳をするんだな。そう言って男の腰を強かに叩いて解放してやる。
「仲間にも言っとけ! 度胸試しするならもうちょっと相手を選べとな!」
ほうほうの体で逃げ出す男の後ろ姿にそう声を掛けると、取り返した魔装具をニーナに返しつつ尻を蹴り上げた。
「警戒しろと言っただろうが。ここじゃ何も暴力だけに気をつけとけば良いわけじゃない」
「うう、返す言葉もありません……」
「大丈夫です、ニーナ。僕の時はもっとひどい目に遭いましたから……」
肩を落とすニーナに、ノアが慰めにもならない慰めを掛けながらポンと肩を叩いた。ノアの場合は誘拐されかかったからな。それに比べれば道具をスられるくらい可愛いもんだろうさ。どっちにせよ、部隊を預かる人間としては許容できんことに変わりはないが。
それはそれとして。
こんな感じで小さなトラブルはありつつも、その後は特段困るようなトラブルはなし。巡回は順調で方々から向けられる敵対的な視線に気後れしていたニーナも徐々に慣れていったらしく、表情にも余裕が出始めていた。
「今日は大きな事件はなさそうですね」
そうだな。ノアが言うとおりこのまま何事もなければ文句無しだ。日報も楽に済みそうで何よりである。
……と、そんな算段をしてたんだがなぁ。
「……今、声がしませんでした?」
「しましたね」
どこかからか聞こえてきた言い争いっぽい声にニーナが反応し、ノアを始め他の隊員たちも同じく反応して周囲を見回し始めた。
「こっちの方だな」
本音を言えば何も聞こえなかったことにして詰所に戻り、昼からはのんびりアレクセイの入れてくれたコーヒーでも飲みながら書類仕事といきたかった。が、さすがに職務上そういうわけにはいくまい。思わずため息が出そうになるのをかろうじて押し留め、声の方へと走っていった。
「いた! あそこですっ!」
計画性もクソもまったくない乱雑な家の並ぶ隙間を抜けてたどり着いたのは、薄暗くて狭い路地の一角。ボロ屋の影から身を乗り出せば、そこには五人の人影があった。
構図としては、厳つい二人組が少年三人に何やら詰め寄ってるといった感じである。どちらも身なりは粗末だが二人組の方は見るからに荒事慣れしていて、対するガキどもはまだ線も細くて、誰がどう見たって弱い者いじめの構図である。
「そこの二人! 何をしてるんですかっ!」
ノアが声を張り上げると、こちらに気づいた男二人組はあからさまに舌打ちをしやがり、そしてガキどもから手を離して走り去っていった。
二人をノアが追いかけようとするが、私がその腕を掴むと不服そうに顔を歪めた。
「追いかけたところで無駄だ。罪には問えんよ」
「でもっ……」
そういえばこいつも意外と正義感が強かったんだよな。ま、気持ちは分かる。薄暗いせいで分かりづらかったが、逃げてった奴はいつもガキどもから金を巻き上げてる連中だろう。弱い連中相手しか強く出られない情けない奴らで、そんな連中を何もせずに見送るというのも業腹なのはこの私だって同じだ。
なので。
「ほいっ、とな」
指をパチンと鳴らし、捕縛術式の紐をものすごく細くして飛ばす。地を這うようにシュルシュルと逃げた奴らを追いかけていき、やがて角の向こうから「がっしゃーんッ!」とけたたましく音が響いた。狙い通りなら術式が脚に絡まってゴミ溜まりにでも突っ込んだんだろう。さて、正義感あふれるノア君よ。これで少しは溜飲が下がったかね?
「……すみません。頭に血が昇ってました」
「構わん。貴様の見た目に反して熱いところは評価している。だが頭の中はいつだって冷静さを維持するようにしていろ」
ま、ノアへのお小言は少しにしといて、被害者の相手をするとしようか。
「大丈夫だった? 怪我とかはない?」
声の方に振り返れば、十歳くらいのまだ幼い二人を庇うようにして立ちふさがっていた十六、七くらいの子どもにニーナが手を差し出していた。
張り詰めていた緊張が解けたんだろう。少年は尻もちを突いて焦点の合わない目で呆然としていたんだが、ニーナがもう一度声を掛けるとハッと顔を上げて、そして悔しそうに目を逸らした。
「あいたっ!?」
「……行くぞ、二人とも」
「あ! 待ってよ、兄ちゃんっ!!」
差し出したニーナの手を握るどころか思い切り叩き落とし、汚れた銀髪をかきむしりながら立ち上がると弟たちの手を引いて走り去っていく。その後ろ姿を見送りながら、ノアが「御礼くらい言ってくれたっていいのに」と腰に手を当ててボヤくのが聞こえた。そう言いたくなる気持ちは分かるが、ここでそんなもの期待するだけ無駄というものだ。
「相変わらず我々に心を開いてはくれませんね」
「あの子たちのこと知ってるんですか、アレクセイさん?」
「ええ。三人はフューラー兄弟。この辺りで生活してる子どもたちです。何度か捕まえたり助けたりしてるのでお互い顔見知りではあります」
アレクセイがニーナに説明しているのを聞きながらガキどもが逃げてった方を見れば、弟たち二人が角から顔を覗かせていた。ニーナもそれに気づいて手を振ってやると一番下の弟の方が笑って手を振り返していたが、すぐに長男――アベルのものらしい手が伸びて二人を連行していった。
「あの子たちのご両親は……?」
「さあな。そこまでは知らん。が、いたらこんなところに住んじゃいないと信じたいもんだな」
実際親らしい人間を見たことも無いしな。おそらくは親が死んで兄弟だけが残された後でスラムに流れ着いたんだろう。お世辞にも成長に良い環境とは思わんが、ここなら何とかガキでも食いつなぐことはできる。やってることが善行か悪行かは置いといてな。
「……」
「おい、ニーナ」
「ひゃいんっ! な、なんですか?」
「貴様、ガキどもに入れ込もうなんか考えるなよ?」
ガキどもがいなくなった後もじっと同じ場所を見つめていたニーナのケツを蹴り上げてから釘を刺すと、そっと目を逸らしやがった。はぁ、やっぱりか。
「ニーナ。貴様がガキたちに同情するのは勝手だがな、同情したところで何ができる?」
「それは……」
「お前のその優しさはたいていの場合美徳だが、度が過ぎればいつか自分の身を滅ぼすぞ?」
ましてガキどもがいるこの場所は、善意など欠片もない毒壺みたいなところだ。そんな場所に染まった人間を外の人間が一方的に連れ出そうとしたところで結末は碌なもんじゃない。助けようとした方も、助け出されかけた方も、だ。
「……分かってます」
「なら良い」
納得が行かない顔をしながらもニーナがうなずくのを見て、今度は軽く背中を叩いてすれ違う。ニーナのこの真っ直ぐさはどうにも私には眩しく感じるが、そう感じる自分もまた悪くないと思った。
さて、と。何にせよ事件は起きず、世は全て事もなし。この言葉の元ネタどおりクソどもも自分たちの世界に引きこもっててくれればいいのに、と益体もないことを考えながら隊員たちとともにまたメインストリートに戻ろうとした時だ。
「こぉぉのガキどもがぁぁぁぁっっっ!!」
そんな怒り狂った声が、ガキどもの逃げていった方から響いてきた。
声の言う「ガキ」が誰であるか。その場にいた私を含め全員が顔を見合わせ、一斉に走り出したのだった。
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