5-5 帰らなきゃいけないからな
すべてを喰らい尽くして立ち上がると、満腹感にため息が漏れる。幸せな気分に浸りながら星の瞬く夜空を見上げていたが、ふと我に返って自分の体を見下ろすと思わず頭を抱えた。
「やってしまった……」
手も脚も血だらけ。服も元々の色を探すのが難しいくらいに真っ赤で、確認できないが口元にもべっとりと血が貼り付いているだろうな。しくじった。喰う前に服を脱いでおくべきだった。プライベートで人を喰うのが久々過ぎてつい忘れてしまったよ。
この服結構お気に入りだったんだがなぁ、とぼやくもここまで汚れてしまえば洗濯とかどうこうとかいうレベルじゃないし……捨てるしかないか。
「ん? 待てよ? そういえば……」
顔を上げて振り返る。そこには見るも無残な、私の住処の姿があった。
一応主要な柱とかは残ってはいるし一階部分はそこまで焼け落ちてはいない。が、私室がある二階部分は見るも無残。完全に吹き飛んでしまって跡形もなかった。
なので当然着替えもないわけで。
はて、これは困ったな。いくら私が血を好きだと言っても全身こんなベタベタの状態で長く過ごしたくはないし、野外で全裸プレイをするほど酔狂な趣味を持っているわけではない。どうしたものか。
「アーシェさーんっ!!」
途方に暮れていると教会からニーナが駆け寄ってくるのが見えた。手に大きな荷物を抱えていて、どうやらそれはニーナが背負ってきていたリュックらしかった。
「あの男は?」
「まだ眠ってますけど、とりあえず持ってきてた魔装具で床に貼り付けてますから大丈夫です」
「……あのトリモチ兵器か」
アレ、剥ぐのが大変なんだが……まあいいか。
「しかし」ニーナのリュックに視線を落とした。「よく燃えずに残ってたな」
「えへへ。作業してるとよく火花とか散ったりするんで、基本的に燃えにくい素材のやつを選んで使ってるんです」
なるほどね。今回もそれが功を奏して少々焦げただけで済んだというわけか。
ふむ。ということは、だ。
「ニーナ。着替えはまだ残ってるか? 悪いんだがしばらくお前の着替えを貸してくれ」
「あ、そっか。全部燃えちゃいましたもんね……もちろん良いですよ」
術式で適当に体を洗い流して、ニーナから着替えを受け取る。当然ながら私のちんちくりんの体じゃ到底サイズが合わないが、この際文句を言える立場でもないしな。ありがたく借りよう。
近くの茂みに入っていって血まみれの服を脱ごうとした。
が。
「一応聞くんだが……なんで貴様までここにいる?」
「え? だってアーシェさんの生着替えですよね? そんなの観察して当たり前――」
「フンッ!!」
私は迷わず拳を振り抜いた。
さて。
着替えも無事に終えてブカブカのシャツとショートパンツ姿になった私は、口から泡を噴いてくたばってる
ここを買ってからもう五、六年といったところか。元々ボロ教会だったわけだし、神どもへの復讐心というか反発心を忘れないために購入した面が強いものだったんだが、住めば都と言うべきか、やはり愛着が湧くものだな。
このまま放置してしまうのも惜しいし、サマンサもここを離れたくないだろうしな。この際だ。せっかく
ま、ともあれ。
「起きろ、ニーナ」
ニーナの腹に正拳を一発叩き込んで文字通り叩き起こしてやる。
「はぅあぁッ!? ななななに!? なんですかっ……ってアレ?」
「まったく、いつまでも寝てるんじゃない」
今晩寝る家は無くなるし、
だから。
「さっさと立て。荷物を整理したら早いとこベルンに
まさかベルンに帰る、なんて口にする日が来るなんてな。
口にした自分としては気まずさと気恥ずかしさが同居して目を逸らさずにはいられなかったんだが、ニーナにとっては効果てきめんだったらしい。
最初きょとんとしていた顔が次第にほころんでいく。やがて最後には、まさに満面の笑みにまでなっていって。
「――はいっ!」
照れながらも差し出した私の手を、ニーナはしっかりと握り返してくれたのだった。
File6 「Auf Wiedersehen, Frueher」 完
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
後書き
これにてFile6は完結。
お付き合い頂いた皆々様、コメントや応援ボタンを押してくださった方々、誠にありがとうございます。
勝手ながらFile7の連載開始まで数週間お休みを頂きますが、どうぞご容赦ください。
それではFile7でもまた、変わらぬお付き合いを宜しくお願い致します。
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