2-3 失態、失態だ……!
「あのぉ……」
「……」
「えっとぉ、アーシェ……さん?」
「……」
「お気持ちはなんとなく分かりますけどぉ……そろそろ機嫌直してくれません?」
なだめるように声を掛けてくるニーナを、私はひたすらに無視し続けた。
端的に言えば――現在私は大絶賛不機嫌中だった。
私の暴行から無事に生存した数少ない机に頬杖をついて、さっきから呼びかけに一切合切応じず完全にそっぽを向いてふくれっ面をしっぱなしである。
(失態、失態だ……!)
完全なる大失態である。認めたくはない。認めたくはないが私自身が弱っていた、というのは正直に認めよう。
しかしだ。だからといってまさか……まさかニーナの胸で大泣きしてしまうなんて。おかげで恥ずかしくてニーナの顔をまともに見れないし、しかもそんな醜態をさらしてしまった自分が本当に情けなくてしかたなかった。
とはいえ。
(まあ……確かにちょっとスッキリはしたしな)
どうやら自分で思っていた以上にマンシュタイン殿と大佐殿の件でショックを受けてて、その他についても色々と溜め込んでしまっていたらしい。泣いたおかげでずっとどんよりもやもやしていた胸の内は、まあ暴れまわらなくてもいいくらいには晴れたようであった。もっとも、今現在はまったく別の要因でもやもやしてはいるんだが。
しかしまあいつまでも無視し続けるのもさすがに可哀想か。泣き終わる頃に調子に乗ったニーナが私の尻をさわさわと撫で回し始めたのでそのお仕置きも兼ねていたが……スッキリと泣かしてくれたお詫びと相殺して許してやろう。
「はぁ……分かった分かった。機嫌直せば良いんだろ?」
「アーシェさん……」
「またお前にガキだなんて言われたくないしな」
まだ気恥ずかしいが私は大人である。見た目がどうあれ。だから恥ずかしさを押し殺してニーナの顔を見返してやったんだが、ずいぶんと嬉しそうな笑顔が目に入ってたまらずまたすぐにそっぽを向いた。
ったく……しかしまあどうしてこうもコイツはお人好しなのかね。いくら同じ職場だからといっても自分とは関係ない話なんだし、放っておけばいいものをわざわざ首を突っ込んできて一緒に泣いて。疲れないのかね。
「あはは……昔からよく言われます。でもちっさい子が困ってたり悩んでたりすると、どうしてもほっとけなくて」
私はそいつらと同じ扱いか。くそ、これでも二十七 (もうすぐ二十八)でお前より結構歳上なんだぞ。とは言っても、さっきの醜態を見せてしまった今となってはなんら説得力が無いのは分かっちゃいるが。
ため息をつきながら成長の止まった自分の体と精神性を嘆いていると、「ところで!」とニーナがにゅっと目の前に顔を突き出してきた。
「アーシェさんも落ち着いたみたいですしぃ? そろそろアーシェさんの昔話でも聞かせてくれません?」
「あのなぁ……」
「さっき胸の中で泣いてる時に聞いたら話してくれるって言いましたよね? まさか忘れた、なんて言いませんよね?」
……そういえばそんなことも言ったような気がする。クソったれめ、ニンマリとしてやったりな清々しい笑顔しやがって。優しい顔して人の弱みにつけ込むとはとんだクズだ。いつか絶対お前の魂も喰らってやる。
「それに……」だが不意に笑顔が穏やかなものに変わった。「アーシェさんの昔を知ることができたら、もっとアーシェさんの苦しさを共有できるかもしれません」
「いや、だけどな……」
「もちろん全部が全部理解できるなんてうぬぼれてはないです。でも、話を聞くことで少しでも……少しでもアーシェさんの役に立てるなら、聞かせてくれませんか……?」
本当に……コイツは。思わず目元に手を当てて天井をあおいだ。
そんな恥ずかしいことを大真面目に言ってくるんだからタチが悪い。さっきみたいに気持ちが昂ぶってるならまだしも、こんなシラフな状態で自分語りなんてできるか。
(だが……)
ニーナをチラリと見る。心の底から心配そうな視線を向けてきてて、何というか……弱いところをさらけ出してしまったわけではあるし、一応は世話になったと言えなくもなくもなくもないわけで。
このまま何も話さないというのも何だかむず痒いというか何と言うべきか。
ええい、仕方ない。ならば――
「……これは?」
「見て分かるだろ。酒だ、酒」
しかも私が持ってる中でとびきり度数の高いヤツである。味の方はまあ……二の次だが別に不味いというわけでもないし、何より思い切り酔いたい時にはもってこいだ。
「私は別に要らないんですけど……っていうかどんだけ飲む気ですか」
「もちろん酔っ払って記憶がなくなるまでだ。ンなこっ恥ずかしい話をシラフでできるか。話を聞きたいならお前にも付き合ってもらうぞ」
そして酔い潰れて、気がついたら二人して何の話してたか忘れさせてやる。
無言でグラスにドボドボと注いで差し出す。するとニーナは少し迷っていたが、すぐにグラスを受け取って意思表示とばかりに酒を飲み干して渋い顔を浮かべた。
「よし、いい度胸だ。なら話してやるよ。お前が知りたかった話を、な」
ズキリ、と体に刻まれた魔法陣のどこかが痛んだ気がした。思わず顔をしかめてしまったその痛みをごまかすために、私もまた雑に注いだ酒を一気に飲み干したのだった。
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