6-5 誰だって過去はあるものだ
「バカな、そんなはずが……」
「そのバカなことを大真面目にやったんだよ」
過去の戦争体験。それの効果は色々だ。分かりやすいのは単純に精神をぶっ壊したり、戦争そのものを憎悪させたりだが、他にも進化する武器に魅了されたりするヤツだっているし、莫大な金の動きに魅入られて金儲けに走るヤツもいたりと様々だ。
そして、大佐殿たちのように死と隣り合わせな日々が日常だったせいで、平和な時間を受け入れられない人間だって生み出す。
戦争は誰だって嫌なものだ。破壊するばかりで戦争そのものには生産性がないし金と物資の無駄だと思ってる。だが一方で、あの生きるか死ぬかという場所は自らの生を実感するに事欠かない。さっきまで話してた仲間が隣で魔導戦車にぶっ飛ばされてたりして、身近な死が残酷であればあるほどそれだけ自分が生きている事実が鮮明になる。
そんな中で最後まで生き抜いた時の、あのなんとも言えない感動と感覚は一種の麻薬に近いかもな。だから……大佐殿が死を覚悟しても戦争を起こそうとした気持ちは、分かりたくはないが分からんでもない。
「結局……大佐殿も戦争という過去の亡霊に取り憑かれていたのさ」
「嫌なものだな、過去というのは……誰にでも平等に残酷だよ」
「ああ、本当に……他の連中はともかく、大佐殿だけはそんなことはないと思っていたんだがなぁ……」
若き日の大佐殿の姿が目の前に浮かぶ。自信と力強さに満ち溢れ、常に前しか見てなくて過去に囚われることなどないように思えていたんだが……それも私の勝手な幻想だったに過ぎないか。
「人間……誰だって過去はあるものだしな」
グラスの酒を一口飲み下し、ポケットに入ったままになっていたクシャクシャの紙ナプキンを引っ張り出す。そこにはもう誰も住むことのなくなった大佐殿の新しい住所と、「迷うなよ」というメッセージが目に入った。
(迷うなっ!)
最後の大佐殿の叫び声が耳の奥で蘇った。もしかしたら大佐殿自身も過去に囚われていた自覚はあったのかもしれん。戦争に飲まれていく自らを止めてほしかった。そのために私に会ってこのメッセージを残した。そう考えるのは都合が良すぎだろうか。
「考えても詮無きことか……」
もう答え合わせはできないからな。なら私に都合が良い様に考えておくとするか。
そう納得させ、ナプキンと入れ代わりにポケットから緑色の宝石を取り出して照明にかざし眺めてみた。
「それは?」
「ミーミルの泉だよ。大佐殿の腹から取り出してきた」
「なんだとっ……!?」
私から見ても美しいその表面に、なんとも不景気な顔が映った。
……これさえなきゃ大佐殿を助けることができたのだろうか。そう思うとなんとも憎らしくてやるせないってのに、私の魂喰いとしての本能がそうさせるのか、輝きがなんとも魅力的に見えてしまう。
「本物……なのか?」
「さあな。だがおそらくはコピー品だろうよ」
大量の人間を材料とするミーミルの泉はとんでもなく貴重品だ。神々のクソたちがどれだけの価値を見出してるかは分からんが、いくらなんでも大佐殿には渡すまい。せめて科学者なり技術者なりそういった人種に渡さねば真価は発揮しないだろうからな。
「とはいえ、これはこれでバカにできない性能だったがな」
こうして持ってるだけでも感じる濃密な魔素と魂。そして取り込んだ大佐殿の肉体と魔力に即座に影響を与えて変異させるほどの性能。最終的には体の方が保たなくはなるが――
「どうなんだ? 量産できるものなのか?」
「実際にこうしてここにあるからな。コイツがどのレベルでのコピー品かは分からんが、材料さえあれば量産できるかもな」
ま、そこら中にばらまくにはコストが掛かりすぎるし、何より使った人間が保たないからな。量産できるとしてもそんなに大量には作れないだろうよ。
そう言ってやると、曇っていたマティアスの表情が幾分和らいだ。
さて、と。
「珍しいな。もう帰るのか?」
ミーミルの泉をポケットに仕舞い、二杯だけでグラスを置いて立ち上がった私をマティアスが怪訝に見上げた。確かにな。いつもだったらここでもう二、三杯は飲んでいくところだからな。だが……今日はそんな気分じゃないんだ。
「ああ。教会に帰る」
「今日はまだ火曜だぞ?」
「有給だ。ちょっとだけ……休ませてもらうぞ」
なんというか……今回はいろんな意味で疲れた。ここに来る前にアレクセイたちには何日か休むことは伝えているし、私がいなくても問題ないだろう。
「心配しなくても計画に支障が出るほど休まないさ」
「いや、そこは心配していないが……」
「なら遠慮なく早めのバカンスをもらうとしよう。基本的に教会にいるから、何か計画に進捗があったら連絡をくれ」
そう言い残して部屋を出ると、誰もいない廊下で一つため息が漏れた。何気なくポケットに手を突っ込んだらミーミルの泉に指先が触れ、もう一度取り出してみた。
「大佐殿……ひょっとしなくても、貴方のことを父のように思ってたのかもしれません」
我ながら子供っぽい話だ。が、思い返せば、戦場で共に戦っていた時は常に大佐殿の背中を追いかけていたような気がする。
「しかし……形見がよりにもよってコレとはな……」
状況が状況だったとはいえ、もうちょっとマシな物を拝借してくるんだった。後悔するが先に立たず。
今さら嘆いたところで仕方あるまい。これだけでも手に入れられただけマシなのだと自分を慰めると、帽子を目深に被って私は誰もいない廊下を一人歩いていったのだった。
File5. 「戦禍の残滓」 完
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