6-4 本気で戦争をしたかったのさ

ヘルヴェティア王国

首都・ベルン




「――であり、えー、であるからしてここにその功績を讃え、アーシェ・シェヴェロウスキー大尉に王国獅子勲章を授与するものである」


 王城の豪華で派手な一室。まったくもって居心地の悪い場所だが、私はそんな場所に正装をしてひざまずいていた。

 顔は見たことはあるんだが名前がどうしても思い出せないお偉いさんのしゃべりを聞き流しあくびを押し殺していると、不意に声が途切れる。ようやく終わったかと思って顔を上げれば、目の前に鼻髭も立派な爺様が厳かな雰囲気を漂わせて立っていた。

 誰かと言えば、まあ一言で言えば――現国王様である。つまりはマティアスの父親だな。

 昔に長いこと病を患っていたせいで足元もおぼつかないのか、侍従に両脇を支えられながら勲章を受け取ると、私に向かって差し出してきた。


「……この度のそなたの活躍は見事であった。良くやった。これからも王国のために奮闘を期待する」


 ……良くやった、か。思わず唾でも吐きかけてやりたくもなったがかろうじて自重に成功し、決まりきった恭しいポーズをとってやる。面倒事は嫌いだからな。


「……お褒めに預かり恐縮でございます」


 手を差し出し、勲章を受け取る。その瞬間、周囲の立ち会いなんだか賑やかしなのかよく分からん連中から一斉に拍手が上がる。

 参加が許されているのは軍務大臣や内閣副大臣といった政治屋の連中に、軍高官たちだ。中には好意的な視線を向けてくれるヤツもいるが、まあ……大半はいわゆる形だけ拍手ってやつだな。

 ちらりと横目で観察してみれば、私に向ける眼差しはお世辞にも祝福しているようには見えないし、露骨に苦々しい顔してるやつだっている。基本的に連中の覚えはよろしくないからな。今までもろくに歓迎された記憶もない。

 だがそんなことはどうでも良かった。それは、そんな視線に慣れているということもあるし、何より。



 今回の勲章ほど、欲しくなかったものは無かったからである。






 マティアスの自室に到着するなり、国王のジジィに直々に付けられた胸元の勲章をむしり取る。投げつけたくなる衝動に襲われたが、さすがにそれは堪えてテーブルの上に軽く放り、制帽を外してマティアスご自慢のソファに体を投げ出した。


「ずいぶんと荒れてるな」

「欲しけりゃやるよ。味方殺しの勲章をな」


 テーブルの上に軍靴を投げ出し、帽子を顔の上に乗せて覆う。踵が何かを敷いた気がするが構うものか。

 いくらランカスターとの開戦の危機を防いだと言ってもやったことは、長年の貢献者である大佐殿と彼の同志たちを殺しただけだ。しかも武装にしても資金にしてもたいそうな準備をした彼らを、だ。

 つまりは。

 使徒の女が介していたとしても本来ならば事件が起こる前に止めてなきゃならない案件であり、それをできなかったのは、私に言わせれば上層部の怠慢の結果でしかない。

 そんな連中の尻拭いの結果、味方殺しをして表彰されたのだ。嬉しいはずがない。そんなもんもらうくらいなら口止め料としてボーナスでも貰った方がよっぽどマシである。そして、微塵も自分たちの責任に気づいてもいない脳天気な奴らの下で働いてると思うとますます気分が悪くなる。

 不機嫌さ丸出しでいると、珍しくアイツの方から酒のボトルとグラスを取り出して並べ始めた。


「言いたい気持ちも分かる。正直、あの場で勲章を叩き割らないかヒヤヒヤしてたよ」


 本当ならそうしたかったところなんだがな。自制できた自分を褒めてやりたいもんだ。

 グラスに術式で作った氷を放り込み、マティアスが注いだウイスキーを一気に飲み干していく。そこでようやく胸のむかつきがマシになった。多少、だがな。


「……あの場から逃げ出した連中で、今のところ何人捕まった?」

「まだ本日の報告は上がってきてないが、昨日までの数字だと確か七人だな」

「七人か……」


 あの時、大佐殿が体を張って私から逃がした奴らはだいたい十人くらいだったと思うから、そうなると残りは三、四人といったところか。


「大佐殿という旗印がいなくなった今、残った連中で何ができるとも思わんが急いだ方がいいぞ。数年後に火種を残したくないならな」

「ああ、分かってる。他国とまた戦争が始まった時に内側から爆発されてはかなわないからな。とは言っても……残りはもう難しいかもしれないが」


 もうあれから四日だからな。国内にいるかどうかも分からんし、いたとしてももう身を落ちつける場所を見つけてしまってるかもしれんな。

 しかし……確か総勢四、五十人ほどだったから三、四十人は私が殺したということか。これまで敵は数え切れないほど殺してきたが……味方をここまでまとめて殺したのは歴史上でもそうないんじゃなかろうか。そんな事を考えると思わず自分でもよく分からん笑いが漏れてきた。

 追加した酒でそれを押し流し、そこでマティアスに確認しようとしていた事があったのを思い出した。


「……マティアス。大佐殿のご遺体は?」

「軍の共同墓地に埋葬されたよ。先に埋葬されていたご家族の隣にな」

「そうか……」

「大佐が殺害したご家族のすぐ側に埋葬するのもどうか、という意見もあったが軍としてもさすがにそこまで気を遣うほど暇でもないし、結局当初案のまま埋葬された。墓参りに行くなら地図を描かせるが、どうする?」

「頼む。大佐殿への処分はどうなる?」

「どうだろうな……まだそこらは話し合われてないが、不名誉除隊は免れないだろう。とはいえ今回は一般人に被害は出ていないし、本人もすでに死亡しているからな。これまでの功績まで否定されることはないとは思うが」


 それもそうか。マティアスの見解を聞きながら一口ウイスキーを飲んだ。

 大佐殿がしたことは決して許されることじゃない。ご家族の命もそうだし、テシェル守備隊や輸送列車でも相当な死者が出た。彼らやその身内の人からすればとんでもない極悪人だ。

 それでも、大佐殿の功績まで否定されなかったというのはせめてもの救いだと思えた。たとえ大佐殿本人が功績など誇っていなかったとしても、個人的にどこかホッとしたのも否めない。


「しかしなぁ……」


 ふと顔を上げると、マティアスがグラスを傾けながら腑に落ちない顔をしていた。


「どうした? 珍しく真面目ぶった顔をして」

「私はいつだって真面目だ。

 いや、まだ調査せねばならん点が多々あると思ってな」


 確かにな。大佐殿やクラーシンに流れた金の出どころもこれからだし、使徒の女もいったいいつから計画に噛んでいたのかもハッキリしない。せめて他国の連中が絡んでないことを祈るばかりだな。


「ああ、いや。それもそうなんだが、そうじゃなくてな……」

「なら何を悩んでるんだ?」

「リンベルグ大佐がどうしてこんな事をしたのかと思ってな。まさか本当に戦うためだけに事を起こしたわけじゃあるまいし、戦争が起きることで大佐も何かしら利益が得られたはずだろう? そこをはっきりさせなければまた同じ様な事件が起きかねないと思ったんだよ」


 ああ、なるほどな。マティアスみたいな戦場から離れた位置にいる人間が見るとそう考えるのか。


「どういう意味だ、アーシェ?」

「気を悪くするな。頭が切れるやつならそう考えてしまうのが普通だ」

「ならお前はどう考えているんだ?」

「単純だよ。深く考える必要はない。大佐殿は……本気で戦争をしたかったのさ。命がけの、な」


 だからこそ大佐殿は手元に金を残さなかったのだろう。

 これは捕まえたヤツからの情報だが、使徒の女を経由して得た莫大な資金も兵士たちの武装やその家族への仕送りに使った他、余った分もあの立てこもり事件を起こしたエルフたちやデモ隊に渡してしまって彼自身には本当に一切残していなかったらしい。

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