4-3 連れて行ってほしい場所がある

 大佐殿と怪しい男が連れ添い歩くのを見かけた翌日、私は予定を少し変えてアレッサンドロの元に赴いた。

 目的はもちろんあの怪しげな男のことを調べてもらうためである。現状ではただ単に私の直感でしか無いからな。今のところはまだ職務に関係のない調査であるし、さすがに部下たちを使うわけにはいかん。かといって私一人だと調べられる範囲なんぞ限られてしまうしな。あんまりアイツに頼るのも困りものだが……あのネットワークが現状では一番確実でかつ迅速だし、なにより――


「ああ、良いっすよ」


 特に理由も突っ込んで来ずに二つ返事で調べてくれるっていうのがいい。その代わり……まあ、なんだ、あんまりおおっぴらにできない報酬を支払うハメになったが。何を払うことになったかは深く聞かないで欲しい。

 そんな話はともかく、だ。


「……こいつは臭いな」


 アレッサンドロがあっという間に調べ上げてくれた怪しい太っちょ男の情報を見ながら、私は唸っていた。

 男の名前はハーン・クラーシン。職業は――武器商人。

 武器商人というとなんだか怪しい響きではあるが、まあ別にコイツはそういった手合いじゃあない。ウチの軍と正式な契約を結んでいる、一応は真っ当な商売人だ。

 元々は義手・義足の加工や製造を行っていたみたいだが、そこから術式銃の製造委託をきっかけに商会は成長。今や王国内に複数の製造工場を持って魔装具から戦車までを製造するまでになった。最近も最新の戦車を数台分の製造を安価で請け負ったとのことだが、あくまでメインは今でも細々とした装備品らしい。

 で、さっき私はコイツの事を真っ当と言ったが……アレッサンドロが調べた結果、まあ怪しい情報が出るわ出るわ。

 表面上は工作されてるのかおかしなところはないが、深く突っ込んでいけば疑惑のオンパレードである。会社に出入りする材料や金額は釣り合わないし、義手義足の製造メインのはずの工場には明らかに不相応な入金や素材購入量。疑惑の総合商社とはどっかで聞いたフレーズだが、まさにこのことだな。


「おそらくは――」


 これこそが先日少佐殿が仰っていた不審な金の流れということだろう。まったく、この国は本当にお花畑な連中ばかりだ。ひょっとすると戦争してる間の方がマシなんじゃなかろうかという気がしてくる。

 だが個人的な朗報もあった。


「大佐殿とクラーシンの間に、単なる知人以上の明確な繋がりはなし、か」


 まあアレッサンドロが動いてまだ数日でもあるし、関係が見つかってないだけかもしれんが、一安心ではあるな。

 怪しい武器商人と現役軍幹部が二人でプライペートな時間で会っているというのは褒められたものではないが、もうまもなく大佐殿も転任である。深い関係でなければ、距離が開いてしまえば自然と繋がりも途絶えるだろう。


「やれやれ……気を揉んだだけ損だったか」


 ともかくもせっかくアレッサンドロが調べてくれた結果だ。クラーシンについてはクルーガー少佐殿に報告しておこう。そうすれば後は少佐殿が万事上手くやってくれるはずだ。

 ここ数日抱えていたモヤモヤが晴れてスッキリした心地で、思わず鼻歌がついて出た。

 大佐殿が新天地で穏やかに過ごせますように。そう願いながら手元のメモを術式で燃やし尽くすと、軽やかな足取りで少佐殿の元へ私は向かったのだった。






――Bystander






 リンベルグは西へと向かう輸送列車の中で揺られていた。

 窓縁に肘をつき老眼鏡の奥にある瞳を外に向ければ、王国が誇る素晴らしい山並みが見えた。数々の危機から王国を救ってきた、天然の城塞ともいえるその峰の麓を自身が乗る長い長い列車が走っていた。

 列車の前方部分は彼が乗る客車であり、後方には貨物車両が連結されていてそこには西部方面軍向けの新型戦車や装備品が搭載されていた。客車には彼の他にも、赴任地は違えども西方の各都市に向かう士官たちが数人乗っていて、目的地までの時間を各々過ごしている。

 下士官ならばいざしらず、上級幹部であるリンベルグには輸送列車などではなく、通常の貨客列車の一等客室が手配され、それに乗って優雅に新たな赴任地へ向かうこともできた。

 だが彼はそれを固辞して、この貨物輸送列車に乗ることを選んだ。手配担当官は訝しんだが、彼自身が贅沢を好まないことと、これから西方担当の補給部隊の隊長として赴任するため、挨拶ついでに荷物と同行していくことを理由として挙げて説き伏せ、こうして無事に・・・乗りおおせた。

 乗り込んでからすでに半日。夜間に出発した列車はのんびりと進んでもうすぐ彼の目的地に到着する。だがリンベルグは時折目を閉じこそするが、一晩中まんじりともせず何かを考え込むように窓の外を眺め続けていた。


「リンベルグ大佐、お酒はいかがでしょう?」


 そこに曹長の階級章をつけた兵士が一人、カートを押して給仕にやってきた。ニコニコと笑って酒のボトルを掲げるとリンベルグは眼鏡を外し、ゆっくり時間を掛けてレンズを拭いた。


「……いや」間を置いて、微かに表情を緩めた。「もうすぐ到着だからね。遠慮しておこう。それに元々私は酒が苦手でね」

「そうでございましたか。失礼致しました」

「だがそうだな……代わりにコーヒーを頂けるかね?」

「畏まりました。では少々お待ち下さい」


 給仕の兵士はニコリと笑うと、ポットからカップにコーヒーを注いだ。芳しい香りが鼻をくすぐり、リンベルグの前の小さなテーブルに並べると一礼して再びカートを押し始めた。

 そのすれ違いざま、彼はリンベルグにだけ聞こえるように囁く。


「――大佐のお好きなタイミングで」


 その声も列車とカートの音でかき消される。程なく後方の車両に曹長は消え、リンベルグは手元の小さなカップをじっと見つめた。

 揺れる液面。それをリンベルグは一気に飲み干すと、ソーサーの上にそっと置いて立ち上がった。

 軍靴を鳴らして前方へ向かっていく。厳しい表情のリンベルグに気づいた兵士が立ち上がった。


「大佐、お手洗いでしょうか? でしたら前方ではなく車両後方になります」

「ああ、分かってるよ。こっちに用事があってね」

「はあ、しかしこの先は運転席しかありませんが……」

「その運転席に用があるのだよ」


 困惑する兵士の肩を軽くポンッとリンベルグは叩き――その腹に剣を突き刺した。


「あ……が、はっ……!」

「君に恨みは無いんだがね。運が悪かったと思って諦めてくれたまえ」


 大きく開かれた兵士の口から苦悶の声が溢れ、その頭を抱き寄せ耳元で囁く。ポタポタと赤い血溜まりがゆっくりと足元に広がっていき、義手の中にある剣を引き抜くと兵士の体がその溜まりの中に崩れ落ちた。


「大佐ッ!? 一体何を――っ!!」


 にわかに濃密さを増していく血の匂い。リンベルグの突然の凶行に、居合わせた士官たちが一斉に拳銃を引き抜き彼へと向けた。

 しかしその引き金が引かれるよりも早く、速く――


「っ……!」

「が、はっ……!!」


 リンベルグの剣が次々と士官たちを斬り裂いていく。

 一太刀で急所を確実に斬り、吹き出した血の雨を浴びながらすれ違う。そこに拳銃から放たれた術式が襲いかかっていくが、リンベルグは顔色一つ変えず防御術式を展開し、受け流しながらさらに斬り殺していった。


「くそっ……! 後退だッ!」

「後方の車両にも兵がいたはず……! そいつらを呼んでくる――」


 一人が踵を返して後方へ援軍を求めに走ろうとした。だがその直後、彼ら二人の体を次々と貫通術式が貫いていった。

 何が起こったか分からぬまま撃ち抜かれて倒れ伏す。溢れ出た血溜まりを軍用ブーツが踏みしめて飛沫を立てた。


「――ご苦労」


 銃を構えたまま現れたのは、先程リンベルグにコーヒーを用意した曹長だった。さらにその後ろには彼同様に武装した兵士たちの姿。リンベルグが軽く労うと、曹長たちは敬礼で応えた。


「後方車両はすでに制圧済みです」

「そうか」

「生きている者は誰もいません――我々も含めて」


 そう、彼らも含めて生きている者はいない。

 いわば彼らは亡霊。平時で居場所を失い、生きながらにして死した亡霊であった。

 血と汗と埃に塗れ、空を見上げれば雨の代わりに砲弾と術式が振ってくるこの世の果ての地獄。そんな鉄火場で過ごし、血と死の薫りに魅入られ、そこに留まることでしか生きられなくなった者たち。それが彼らであった。

 そんな彼らが一堂に会した。であれば、為すべきことは唯一つ。帰るべき場所は他に無し。

 リンベルグは彼らを引き連れて前へと進んだ。扉の前で術式を展開されていき、運転席と客席を隔てる鋼鉄の扉を吹き飛ばした。

 車内に突風と白煙が吹き荒れる。熱が頬を撫で、もうもうと立ち込める煙の中を分け入っていく。


「驚かせてすまないね」


 運転席に入ると、リンベルグは身を震わせて縮こまっている運転手に謝罪した。そこに冷徹さはなく、事実、彼は真に申し訳ないと思っていた。運転手は恐る恐るリンベルグを見上げ、しかし彼の皺だらけのまぶたの奥で鈍く輝く瞳と目が合うと弾かれたように顔を背けて前を向いた。

 リンベルグはそんな反応に気を悪くするでもなく、ひび割れたフロントガラスの向こうをじっと見据え、怯える運転手の肩を軽く叩く。


「君」

「ひゃっ! は、はい……! な、な、何でしょう……?」

「連れて行ってほしい場所があるのだ。すまないが、頼めるかね?」

「ど、どちらへ……?」


 問われてリンベルグは老眼鏡の位置を整える。差し込む光がレンズに反射し、細められていた双眸がゆっくりと開かれていく。

 彼は、目的地を告げた。


「決まっている――戦場だ」






Moving away――



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