4-2 そんなにお酒飲みませんよ!

 立てこもり犯どもを無事に制圧し、若さをこじらせて人生の落とし穴にはまった挙げ句に味方にあっさり売られたリーダー役を担いで、私は軍本部へと向かった。

 さて、こいつがクルーガー少佐殿が望んだ情報源であれば良いのだが。私の方で「オマエ、マルカジリ」できれば確認が楽なんだがなぁと思いつつも、さすがに勝手に喰うわけにもいくまい。あん、アスペルマイヤー? さて、何のことやら。

 ともかくも少佐殿が、事もあろうにこの私に頼ってまで欲していた情報源候補である。少佐殿のお仲間たちでさえ信用できないこの現状、可能なら本人に直接渡したいと思っていたが、幸運にも少佐殿はご滞在だった。


「――なるほどな。感謝する、大尉」


 すると珍しく皮肉の一つもなく純粋な感謝を頂戴してしまった。なるほど、よっぽどだったのだろう。

 となるとこの哀れな子羊エルフが少佐殿の手にかかればいったいどんな風に尋問料理されるか後学のためにも見学してみたかったのだが、すでに時刻は夕暮れ。本日のお仕事タイムは終了してしかるべき時間だったので諦めた。

 道中でドナドナを口づさみつつ詰所へと戻り、無事に帰還したアレクセイたちから報告を受けて仕事は終了。

 そうして私は日暮れの街へと繰り出したのである。


「……で、なんでお前まで付いてきてるんだ?」


 何故かニーナを伴って。


「えへへ、アーシェさんがウキウキスキップしながら出ていくのが見えたので。楽しそうなアーシェさん見てたら食べちゃいたい……じゃなくって、久しぶりに一緒にご飯食べたいなって思っちゃいました。ダメですか?」


 なんか途中で妙なセリフが混ざった気がするが、まあそれは置いとくとして、別にダメじゃあない。酒メインで夕飯はつまむ程度にしようと思ったんだが、まあいいか。結局この間も事件に遭遇したせいでおごってやれてなかったしな。


「えっ、おごってくれるんですか?」

「まあ、お前もいつも頑張ってくれてるからな。だが……酒代はおごらんぞ?」

「やだなぁ。そんなに私、お酒飲みませんよ!」


 どの口が言ってるんだ。あの明細書の金額は二度と忘れんぞ。

 そう毒づきながら店へと向かい、ニーナと二人で舌鼓を打つ。

 選んだ店には久々に行ったのだが、うむ、やはり美味い。飯も酒もだ。いやまったく、美味い飯と酒は心穏やかにしてくれる。

 たっぷり時間を掛けてそれらを堪能していたんだが、美味い飯に酒が過剰にブレンドされると人は頭がおかしくなるらしい。なんとも不思議なことなんだが、いつの間にかすっかり気分が良くなった私は――


「飲み足りないから私は二軒目に行くが、お前はどうする?」

「どこまでもお付き合いしますっ、隊長殿!」

「良い返事だ。よし、ならどうせだ。酒もおごってやろう」


 ――などと口走っていたのである。

 ほろ酔いの頭の片隅で「あぁ、また後悔するな……」と思いながらも止められない。なんとも酒の力は偉大で、無力な人間はひれ伏すしか無いのである。私はとっくに人間を止めてるが。

 そうしてニーナを引き連れて、今度は酒場街に繰り出した。入った店は静かなバーで、カウンターに並んで座り、ゆっくりとグラスを傾けるとジャズの生演奏が流れ始めた。正直なところ私は音楽に明るくないんだが中々どうして、悪くないじゃないか。

 実に、実に悪くない夜だ。この分だと今夜は気持ちよく眠れそうだな。

 そんな風に楽しんでいると、隣に座ったニーナが「そういえば」と尋ねてきた。


「アレクセイさんとカミルさんのお二人とはお付き合いが長いんですよね? 初めて会ったのっていつなんです?」

「なんだ、急に。そんなこと知ってどうする?」

「別にどうもしませんって。ただアーシェさんの事だったらなんだって知りたいって思っただけですよ!」


 お前はストーカーか。やめろ、手をぎゅっと握ってくるんじゃない。

 ニーナの手を払うと「えー」とか「ぶー」とか擬音で抗議してきて、今度は頭ごと抱きかかえて来やがった。ったく、酔うと相変わらずベタベタ触ってくるな。だが振り払うのも面倒だし、ニーナも楽しそうなので今だけはマスコット人形にされるのを許してやるか。

 ため息をつきながら記憶を思い返す。はて、二人と会ったのはいつだったかね。


「確か私らが入隊して一年くらい経った頃だったから――十三、四くらいの時か」

「えっ!? そんな前……っていうかその歳から軍にいたんですか!?」


 まあドクターを喰らってからは身寄りも無いし、一人でも生きていかなきゃいけなかったしな。そう簡単に死にはしないがこの体でも飢えってのは結構きついんだぞ?


「でもそんな……まだ子どもじゃないですか」

「ガキが人間社会で一人で生きてくには他に方法が無かったからな」

「そもそも子供が軍に入れるもんなんですか?」

「当時の帝国じゃそんな珍しくもなかったぞ? ランカスターや王国、それに連邦と総力戦をやってた頃だからな。むしろ私みたいな孤児は死んだところで保障もいらないし使い捨てにできるから帝国にとって重宝できたし、私たちは私たちで毎日飯が腹いっぱい食えて屋根のある場所で眠れる。Win-Win……というにはだいぶ国の方に分があるが、生きてくためにゃしかたないってやつだ」


 それに当時の、まだ食欲を制御出来ない頃だった私にとって戦場にいるのは都合が良かったからな。戦場にいれば食事エサはそこらにゴロゴロ転がってたし、死体の数が少々足りなかろうが血に塗れていようが咎められることは無かったしな。


「ちょ、ちょちょちょちょーっと待ってくださいっ!」

「なんだ、急に大声出して」

「ええっと、私のお酒の入った頭だとよく理解できなかったんですけどぉ……アーシェさんってラインラントの出身なんですか?」


 ああ、そういえばその話は初めてだったか。


「恐らくな。気がついた時には孤児院だったから生まれが何処かは分からんがな。ついでに言えば、アレクセイもカミルも帝国出身だぞ? 私とは部隊は違うが」

「全然知りませんでした……てっきり生まれも育ちも王国の人だとばかり。

 あれ? でも軍って王国の人しか入れないんじゃ……?」

「まあそこは色々と、な」


 グラスの中身を飲み干す。苦味と熱が喉を流れ、芳しい香りが鼻を抜け、そして最後に旨味が舌に残った。

 色々と、か……確かに色々とあったな。

 昔はクソみたいな人生だと恨んでいたし、戦場しか生きる場所がないのかと絶望もしてたな。

 殺した誰かを喰らい、死にかけの仲間を喰らって生き延びもしたし、そんな生活がいつまで続くのかと怯えていた時期もあった。いつだって血と術式と銃弾が降り注いでいたし、魔導戦車の履帯の軋む音は耳の奥で今でも鳴り響いてる。

 この体は死にたくても死ねない。さすがに頭をぶっ飛ばしても、気がついたら空を見上げてた時は気が狂いそうだったな。死なないくせに痛みやぐちゃぐちゃになった感触だけはしっかりと残ってて、二度と自殺なんぞするかとも思ったよ、そういえば。


(まったく……)


 あの頃は自分は地の果てにある地獄にいるもんだと思っていたが……だが今はそう悪くないと思えるから不思議だ。あの場所にいたからアレクセイやカミルと出会えたし、マティアスに拾われることもできた。こうしてニーナと美味い酒を並んで飲むこともできた。

 なにより――新しい目標もできた。

 過去がどうしようもなくクソなのは変わりないし、選べるなら二度とあんな過去を味わいたくもないのは間違いなく本心だが、それはそれとして、過去を過去だと割り切って今をそれなりに楽しめてるならば、多少なりとも過去を消化できたということかね?

 新しい一杯をもらってそんなことをつらつらと考えていると、ふとニーナの視線を感じたて顔を上げた。


「……なんだ?」

「いえ、アーシェさんの可愛らしい笑顔を眺めてただけです」


 それはそれでキモいんだが……そんな笑ってたか?


「はい。なんていうんでしょう、懐かしそうに笑ってましたよ? 普段のアーシェさんって皮肉っぽい感じのばかりでしたけど、そんなふうにも笑えるんですね。堪能させてもらいました」


 ……そうか。ならやはり今を悪くないと思えてるんだろうな。そのくせに過去を懐かしむ私がいる。過去を求めてる自分がいる。


「すみません、もいっかい! もいっかいだけさっきの笑顔見せてくださいっ!」

「断る。てか無理だ」

「そこを何とかっ! 眼に焼き付けますからっ!」

「おいバカッ! やめろっ! こんな場所で頭を床に擦り付けるんじゃないっ!」

「お願いしますっ、お願いしますっ! ちょっとだけ、ちょっとだけでもっ!!」

「分かった、分かったからっ! ほら、これでどうだっ!?」

「違いますっ! そうじゃ、そうじゃないんですっ……! アーシェさんは分かってないっ!!」

「怒られたっ!?」


 今を心から楽しみながら過去を望むなんて――まったく、なんて矛盾。

 だがまあ――それもまた人間だと思えば、気分は悪くなかった。





 そのまま夜が更けるまで楽しみ、寝息を立てるニーナを肩に担いで外に出た。

 酒飲みながらニーナが寝るなんて珍しい、と思ったが、そういえば今日は緊迫した仕事の後だったなと思い出す。私とかアレクセイとかはもう鉄火場に慣れ過ぎてあの程度じゃどうということもないが、ニーナは本来整備士だからな。後方にいたとはいえ神経をそれなりにすり減らしたんだろう。私のすぐ側でスヤスヤと眠るその姿を見て、ちょっと現場に引き連れすぎだろうか、と反省した。

 ちなみに酒代は……うん。そういうことである。またしても調子に乗りすぎてしまったと言わざるを得ない。いやはや、いくつになっても酒は恐ろしい。


「やれやれ……」


 しかしまあ、よくこうも人の背中で熟睡できるものである。寝心地悪いだろうにな。いつか真冬に路上で眠ってそのまま永眠、なんて事にならないだろうな? 部下が酒に酔い潰れて凍死なんてニュース、私は聞きたくないからな。

 これがアレクセイやカミルだったらそこらに放り出して帰るところだが、さすがにニーナをそうするわけにはいくまい。ただでさえこの辺りは理性がぶっ壊れた酔っ払い連中がたむろする場所だ。そこに美人の若い女が無防備で寝てたら財布を持っていかれるだけじゃ済まないのは確定的に明らかだからな。


「……ん?」


 詰所に放り込んでから帰るか、と夜風を楽しみながら歩く。すると少し離れた場所で見知った顔を見つけて脚が止まった。


「大佐殿……?」


 店の角から姿を現したのはリンベルグ大佐殿だった……と思う。暗い夜道の街灯で微かに照らされた程度なのと、私の位置からだと横顔しか見えなかったから断言はできないがあれはたぶん大佐殿だ。


「大佐殿がこのような場所にいらっしゃるのは珍しいな」


 大佐殿は下戸だからな。ご自身が酒を嗜むことはないし、実際に殆ど飲めん。昔、一緒に所属した部隊で、悪ふざけで大佐殿に飲ませたことがあったがたった一口程度ですぐに潰れてしまったからな。

 だから大佐殿が好んでこんな酒臭い場所に来るとは思えん。となると……


「ツレの付き合い、ということか」


 大佐殿の隣を小柄でかつ横にでかい禿頭の男が歩いていた。その風貌からしてまず軍人仲間ではないな。

 まあ別に大佐殿は私なんかよりよっぽど人付き合いも良いし、長年あちこちの軍に派遣されていたから顔も広い。大佐殿自身が酒を嗜まずとも相手のお付き合いで酒の席に付き合うなんてことも当然あるか。


(だが、な……)


 どうにも気に食わん。

 大佐殿と一緒に歩いている男。彼は大佐殿の方を向いて何やらしゃべっていたために私にも顔が確認できたのだが、どうにもその顔が気に食わない。

 根拠はない。単なる私の直感でしかないのだが――あれは確実に腹に一物抱えているような人間の顔つきだ。たるんだ皮膚の隙間にはきっと欲が溜まっている。喰らえばさぞかし美味だろう。そんな輩が、大佐殿の隣を歩いているのがなんとも不愉快だった。


(大佐殿なら心配いらないだろうが……)


 どうも気になるな。余計なお世話であることには間違いないだろうが――


(少し、調べてみるか)


 何も出てこなければそれでよし。全ては私の杞憂だということで何事もなく丸く収まるだけだし、私も憂いなく大佐殿を送り出せる。

 見えなくなるまで大佐殿の隣を歩く男の後ろ姿を睨みつけてしっかり記憶し、私は酒場街を後にしたのだった。

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