4-2 やってやろうじゃないか

「大尉、こちらを」


 研究所の聴取を行って数日。

 アレクセイが一枚のリストを差し出してきたので、それを受け取る。

 彼らにはマンシュタイン殿の他に、最近行方が分からなくなってる人間がいないか調べてもらっていたのだが、どうやら私が良心と本心とで無駄に頭を悩ませている間にもきちんと仕事をしてくれていたらしい。優秀な部下たちをもって幸せだよ。

 しかし……この結果は見たくなかったな。


「……この結果に間違いはないんだな?」

「隊長の言いてぇことは分かるぜ。俺らも最初は信じられなかったしな」


 カミルがタバコに火を点けたので、私も一本もらって気持ちを少し落ち着ける。

 リストには何人もの名前が並んでいた。しかも、だ。そこにあった名前の多くが研究所のOBである。となれば、やはり何者かが意図を持って誘拐しているというのは間違い無さそうだな。


「しかも二年前から、とはな」


 もっとも古い人間が二年前。そこから最初は半年近く間が空き、段々と間隔が短くなってきている。行方不明者も最初は軍の元研究者ばかりだったのに、次第に民間の元研究者や設計技師などが混じり、やがてマンシュタイン殿を含む現役の研究者や技師や一般人の失踪が目立っている。……なるほどな。それでニーナが狙われたということか。


「最初は知的職業の人間ばかりでしたので他国のスパイを疑いましたが……最近の対象を見ると理解に苦しみます」

「考えることを放棄するな、曹長。何かを開発するために最初は研究員などの頭脳が必要だったかもしれんが、すでにそこを通過して製造に人手が必要になったのかもしれん」

「なるほど、フェーズが変わったというわけですな」

「単なる推測だがな」


 あるいは、我々が予想もしないことが起きたのかもしれんし、ひょっとすると相手方の意思疎通、命令系統に支障を来たして実行部隊が暴走してることも考えられる。いずれにせよ、想像できていたことだが相手はそれなりに組織だった連中だということか。


 そうした報告のさらに翌日、トライセンを見張らせていたノアが暗い面持ちで近寄ってきた。


「どうした?」

「あの、すみません! 実は……」


 開口一番謝罪してきたノアの頭を上げさせて事情を聞くと、端的に言えばトライセンを途中で見失ってしまったということらしかった。

 とはいえ、聞く限りではノアの責任でもなさそうだ。トライセンが動いた後、東から首都の外壁を出てどこかに行くところまでは順調に追いかけられていたが、途中で何者かが合流したらしい。

 さらに追いかけようとしたところ、合流したその何者かがノアに気づいたような素振りを見せた。ノアとしてはまだ追いかけたかったようだが、合流した連中が手練のように感じられたことと、正面切って戦っても勝てる気がしなかったためにやむなく断念したようだ。


「すみません……僕の実力がないばかりに……」

「いや、気にする必要はない。相手の力量を感じ取って正しく判断できた自分を誇れ。

 それよりも、ノア。そいつらは白装束じゃなかったか?」


 尋ねるとノアは驚いた表情をしながらうなずいた。となるとやはりニーナを襲った連中が絡んでいると考えて間違いないだろうな。

 ポケットに手を突っ込んでメモを取り出す。開いてみれば、アレッサンドロがくれた情報が几帳面な文字で書かれていた。途中に「愛してます」だの「犬とお呼びください」だの中々にアイツのクソッタレな願望が挿入されていたり、そもそもこのメモが私の宿舎のドア下に挟まれてて、なんでアイツが私の部屋を知ってるんだとか諸々ツッコみたいところはあるが、それはさておいて要約すれば、だ。重要なのは二つ。

 まず白装束は王国だけじゃなく他所の国でもわずかながら目撃されているということ。そしてもう一つが、他国に王国からそれらしい人間が連れ去られていったという情報は無さそうだ、ということだ。さらに言えば、王国内の他の都市も通過した形跡がないらしい。

 つまり、だ。


「じゃあ……マンシュタインさんたちはこの街にまだいるってこと、ですか……?」

「可能性は高くなったな」


 白装束やトライセンの動きを考えれば街の外になるんだろうが、少なくとも首都近郊にはいるはずだ。

 しかし……相変わらず聖教会のネットワークはとんでもないな。王国内はあまり人員がいないで、首都もアレッサンドロとせいぜいが数人程度だというのにこんなにあっという間に絞り込めるとはな。さすがは宗教ネットワーク。ぜひとも正面切って戦うのだけはご遠慮願いたいな。


「さて……」


 これからどう動くか。白装束とトライセン。ニーナの件も合わせて考えればコイツらが関わってるのはほぼ間違いないだろうし、誘拐した奴らはここから近いどこかに運んでるんだろう。後は証拠を押さえられればいい。

 となれば、トライセンの動きを追いかければいいんだが、いつになるか分からん次の動きを待つというのは悠長に過ぎるか。


「隊長、トライセンにプレッシャーをかけるってのはどうだ?」

「私もそれを考えていた、カミル。だが下手な仕掛けはトライセンを警戒させるだけになるぞ?」

「プレッシャーというよりは撒き餌を与えてやるべきかもしれませんな」

「あの、アーシェさん」


 全員で議論を交わしている中でニーナはしばらくうつむいて考え込んでいたんだが、徐ろにスッと手を挙げた。表情を窺えば悲壮でもなければ不安でもなくて、けれども決意と緊張が入り混じったような、そんな顔をしていた。

 コイツ……何か良からぬことを考えついたな。


「言ってみろ、ニーナ」

「要はトライセンさんたちに早く次の誘拐をしてもらえばいいんですよね?」

「まあ、そうだな。別に誘拐じゃなくてもトライセンが隠れ家に動いてくれれば十分だが……ニーナ、お前もしかして――」


 ニーナは覚悟を決めた表情でうなずいた。


「はい。トライセンさんは基本的に技術者を必要としてるんですよね? だったら――」


 ニーナが口にした提案に全員が難色を示した。が、時間を掛けられない以上それが手っ取り早いし、コイツなら向こうも食いついてくる可能性は上がる。

 何より。


「アーシェさんなら、何があっても手遅れになることってないですよね?」


 提案の最後に、百パーセント私を信頼した顔でいけしゃあしゃあとそんな事をのたまってくれた。

 だったらもう乗らない理由はどこにもない。可愛い可愛い部下が私を信頼して提案してくれたんだ。だったら――


「いいだろう――やってやろうじゃないか」







――Bystander






 ヴェラット・トライセンはその日も重い足を引きずって家へと向かっていた。

 視線の先は常に自分の足先。顔を上げようと思っても勝手に頭が下がってしまう。もうずっと泥の中を進んでいるかのようで、目の前にベッドがあればすぐに倒れてしまいそうだった。


(今日も……)


 ダメだった。深いため息が堪えようもなく漏れる。

 今進めている研究で彼は完全に行き詰まっていた。来る日も来る日も頭を悩ませて色々な方法を思いついては試しているが、どうやってもうまくいかない。

 理論が間違っているのか。それとも何かやり方に見落としがあるのか。何日考えても一向に解決の道筋は立っていなかった。

 こんなはずじゃない。自分は、この程度の人間じゃない。そう自分を奮い立たせようとするが、上手くいかない現実が逆に心を折ろうとしてくる。


(昔は――)


 もっと上手くやれていた。大学を主席で卒業し、最難関である軍の研究所に迎え入れられた。研究所に入ってからも任された仕事を他の誰よりも短時間で成果を上げ、様々な革新的な開発を成功させてきた。

 一人で、誰にも頼らず。嫉妬と羨望を背に浴びながら、トライセンの人生は順風満帆そのものだった。

 それが崩れ始めたのはいつ頃だったか。

 思い出すまでもなく、きっかけとなった時の事を彼はハッキリと覚えている。






 当時、トライセンも三十代も半ばで最年少の上席主任にまでなっていた。そんなある時期、彼はこれまでで一番難解な開発課題に取り掛かっていた。

 幾日も頭を悩ませ、実験し、失敗し、論理を組み直し、試す。それを繰り返しながらも、着実に開発は進んでいた。

 だが一つ、どうしても解決できない問題があった。魔装具に組み込む複数の魔法陣。それぞれの陣は間違っていないのに、どういうわけかそれらが連動して動いてくれないのだ。

 それは最先端の技術だ。だからトライセンは産みの苦しみだと思いながら一人粘り強くその難問に取り組んでいた。


「どうしたんだ? 何か困ってるのかい?」


 そこにやってきたのがマンシュタインだった。

 トライセンより一回り以上年上で、最近彼と同じ部署へ移動してきた「一応の」上司

だった。

 感じるうだつの上がらない雰囲気。見た目で分かる。トライセンは彼をずっと「使えない」人間だと信じて疑っていなかった。だから、彼は助けを求めるというよりは「自分はこんなにも難しい研究に取り組んでいるんだ」と見せつけるつもりで自分の研究内容を話してみせた。

 期待したのは「私には難しいね……」という、尻尾を巻いて逃げる姿。その後ろ姿を見て思うように進まない溜飲を下げることができると思っていた。

 しかし。


「ああ、なるほど。ここで悩んでるわけか。はあはあ、そうしたいのであればここはこれをこうして……」


 マンシュタインは少し見ただけでトライセンの課題を理解すると、サラサラと紙にその解決策を書き記していく。その記述を最初は「適当なことを……」と鼻で笑っていたが、読み進めていくとそれが理に適っていることに気づいていく。

 まさか。いや、だが。否定したくても、トライセンの優秀な頭脳はそれが解決に繋がるだろうことを理解してしまう。


「どうして……」

「いやぁ、少し昔になるが私も似たような難問に頭を悩ませたことがあってね。パッと見て応用できそうだなと思ったんだが、上手くいきそうで良かったよ。

 それよりも君のここの回路だが、いやぁ、実に素晴らしいね! 私が作ろうとするとどうしても――」


 逆にマンシュタインもまたトライセンの設計した術式回路を見て感銘を受けていたのだが、トライセンの耳にはどんな称賛も届いていなかった。

 自分が何日も掛けて、それでも解けなかった課題を簡単に。過去に似たような経験があったことなど関係ない。

 自分が出来なかったことを容易くマンシュタインがやってのけた。彼にとってそれだけが事実だった。

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