2-2 喰ってしまえば全てがはっきりする

 私以外の誰しもにとって楽しく、そして私にとっては甘くも苦い食事会が終わったのは夜もだいぶ更けてからだった。


「遅くまでありがとうございました。もう、お二人をほっぽらかして寝ちゃうなんて……」


 マンシュタイン殿はニーナと白熱した議論の末、アルコールと眠気には敵わずあえなくTKO。今はベッドで幸せそうないびきをかいている。一方でマンシュタイン殿と同程度以上に飲んだはずのニーナはといえば、多少顔が火照ってはいるものの、全く酔った様子がないのが恐ろしい。飲んだ瞬間にアルコールが分解される術式でも舌に刻まれてるんじゃないだろうな。


「こちらこそありがとうございました。明朝にでも楽しかったとお伝え下さい」

「また遊びに来てくださいね」

「ぜひ! 今度はエリーちゃんとも遊ばせてくださいね」


 マリエンヌ殿に見送られ、深夜の街をニーナと並んで歩き出す。

 やれやれ、ずいぶんと遅くなってしまったな。そう思いながら夜空を見上げれば夏にしては冷たい風が流れて、熱を持った顔が冷まされて心地良い。


「楽しかったですねっ!」

「そうだな。マリエンヌ殿の料理も美味かったし、酒も実に良かった。

 ……明日、寝坊するなよ?」

「しませんよっ!」

「本当か?」

「大丈夫ですっ! 今日はこのまま詰所の整備室で寝ますからっ!」


 遅れてアルコールが回ってきたのか、ニーナはずいぶんとご機嫌な声でふざけたことを堂々と宣言しやがった。あそこはお前のための部屋じゃないんだがな。まあ……別にいいか。寝坊して自宅まで呼びに行かせるのも手間だしな。


「では、な。気をつけて帰れよ」

「大丈夫ですって! 子どもじゃないんですからぁっ、もうっ!」


 見た目じゃ酔っ払ってるか分からんニーナだが、判断する基準が分かった。まず声がいつもよりでかい。それから事あるごとに私の頭を撫で回してくる。私の方が子どもじゃないと言いたいが、酔っぱらいに言ったところで何も通じまい。

 酔っぱらいと別れて幹部用の宿舎に向かう。街は静かだが、まだ多少はレストランや酒場は営業していて声が聞こえてくる。それでも街が寝静まるのは早いな、と不意に過ぎった遠い過去の記憶と照らし合わせてしまった。


「望んでも無かったのに――」


 遥か遠くまで来てしまったものだ、とついつい皮肉げな感傷が胸をつついた。

 なんというか、気分がむず痒い。ここに来る前だったらきっと、適当に缶ビールでも買って飲みながら帰ったんだろうが、残念ながらこの街だと商店はもう閉まってる。

 つまみと酒は置いてたかな、と自室の戸棚の中身を思い出しながら宿舎の階段に足を掛けて――立ち止まった。


「ニーナ……?」


 別に呼ばれたわけでも肩を叩かれたわけじゃない。が、なんというべきか、ニーナの事が突然頭を過ぎった。

 今のが虫の知らせ、というものだろうか。いや、縁起でもない。気にせず階段を登ろうとするが胸騒ぎが止まらない。私の中にある、私自身の魂が警告してくる。自然と足が今来た道へと戻っていった。


(バカバカしい……)


 だがこうした直感が意外と馬鹿にできない。迷った時にいつだって自分を助けてくれるのは直感だ。それに、何も無かったのならそれはそれでいいじゃないか。

 ゆっくりだった足が速歩きになり、いつしか走り出す。それが止まった。だが別に警備隊の詰所に着いたわけでもなければニーナに追いついたからでもない。

 しゃがみ込み、石畳の地面に転がっていた物を拾い上げた。

 それに私は見覚えがあった。いつもニーナが悪漢の対策用にと持ち歩いている魔装具。アイツのオリジナルだからまず他には無いものだ。それが使用済みで転がってた。

 ということは――


「ニーナっ……!」


 思わず拳を握りしめ、地面を殴りつける。石畳にヒビが入り、拳に鈍い痛みが走った。

 落ち着け。ニーナと別れてまだそう時間は経ってない。追いつける距離にいるはずだ。

 即座に魂にアクセス。この身に刻まれたライブラリから索敵術式を引き出す。

 途中のプロセスを全てすっ飛ばし、魔素の量に物を言わせて強引に術式を発動させる。


(どこだ……?)


 どこだ、どこにいる。索敵範囲を際限なく広げていく。北……違う。南……たぶんコイツは違う。東は……――


「いた……っ!」


 建物の上を移動しているのか、こんな深夜に明らかに不自然な動きが四つ。一つはニーナだろうが、他の三人は何者だ?


「ミスティックか、それともスパイか……いや、そんなのは今はどうだっていい……!」


 どうせ捕まえれば、喰ってしまえば全てがはっきりする。ウチのニーナをさらっておいて――ただで済むとは思ってないよなぁ?

 口元が勝手に吊り上がった。飛行術式を展開し高速で空を疾走る。

 建物の屋根を超え、尖塔の傍をかすめながら曲がって頭の中に描かれている四人を追いかけた。本来なら非常時以外首都上空を飛行するのは禁止されているが構うものか。

 建物すれすれを這うように飛び、首都を囲む巨大な外壁に沿って一気に夜空へ舞い上がる。そして――


「見つけたぞっ……!!」


 目標を目視で確認。索敵術式を解除。身体強化、認識強化の術式にアクセス。瞳が熱を持ち、翡翠から金色へと変化していくのを自覚。

 分かる。溢れんばかりの魔素と一緒に歓喜が、そして連中に対する怒りが全身にみなぎっていくのが分かる。胸から首に掛けて青白い魔法陣が浮かび上がって周囲を照らしていった。

 するとどうやら連中も追いかける私に気づいたらしい。首都のすぐ外に広がる森林地帯に入り込んで私を撒こうとし始めた。


「その程度っ!」


 高速で飛行しながら立ちふさがる木の幹をかわしていく。連中が術式銃をぶっ放してくるがそんなもの、当たらんよ。

 術式っていうのはな――


「――こうやるんだよっ!」


 両腕を突き出すと魔法陣が目の前に浮かび上がった。

 そうして放たれた閃光が逃亡者たちを包み込んでいき、彼らの姿を白く染め上げていったのだった――






――Bystander






「この……離してくださいっ!!」


 抱きかかえられた状態ながら、ニーナは自分を捕まえて走る何者かの背を懸命に叩いた。不安定な姿勢とはいえそれなりに力も入っているはずだが、叩かれた相手から特に反応は無い。ひたすらに無言で無反応。街の外へ向かって走り抜けるだけだった。


(どうしよう……!)


 何とかしないと。なぜ自分がさらわれているのか、全く見当はつかない。だがこのまま手をこまねいていればロクでもない未来が待っていることは想像できる。

 怖い、怖い。不安と恐怖が彼女を震わせる。喉がひりつき、声を上げて泣き出したくなる。

 それでも彼女はポケットへ手を伸ばそうともがいた。ポケットの中の魔装具さえ使えれば――と思ったが、使えたところで単なる悪漢対策用である。拘束から脱出できるとは到底思えない。だがそれでもやらないよりマシだ。しかし拘束された体勢からはどうやってもポケットに手は届きそうになかった。


「ああもう……!」


 後少しなのに。街を囲む壁を一気に昇っていき、視界が目まぐるしく変化する中でニーナは歯噛みした。だが外壁を乗り越えて街を一望できる高さに達した一瞬、彼女の目に近づいてくる青白い光が見えた。


「アーシェさんっ!」


 まだ小さく暗いためはっきり確認できるわけではない。だが間違いない。木々の間をジグザグに移動して激しく揺られている状態だが、そんなものお構いなしとばかりにアーシェが見る見るうちに大きくなっていく。その姿に彼女はもう大丈夫だと確信した。

 が。


「えっ……!? ちょ、ちょっと、アーシェさんっ!?」


 ぐんぐん近づきながらもアーシェが腕を光らせていくのを見てニーナは慌てた。

 アーシェが放とうとしてるのは紛れもなく爆裂術式だった。まさか、自分もろとも吹き飛ばそうというのか。確かに彼女には迷惑ばかり掛けているし、こっそりいたずらを企てたこともあるが、敵もろとも消し飛ばそうとする程恨まれているとは思いたくない。

 だが彼女の願い虚しく、アーシェはニーナ含めた四人に向かって術式を放った。

 彼女のすぐ足元で術式が炸裂。激しい爆風が四人を襲い、その衝撃でニーナの体もまた空中へ投げ出された。

 めまぐるしく視界が回り、もはや自分がどこをどう舞っているのか、それさえ分からない。このまま地面へと頭から叩きつけられることも覚悟して彼女は目を閉じ――その背中が柔らかな感触で包まれた。


「……アーシェさんっ!」

「無事か?」

「全然無事じゃありませんよっ! いきなり何するんですかっ!?」


 アーシェに抱きかかえられたことで不安も恐怖も一気に消え失せた。ニーナの表情が緩み、乱暴な救出方法に抗議の声を上げるがアーシェは「それだけ言えれば上等だ」と喉を鳴らして笑った。


「さぁて、と」


 着地したアーシェはニーナを降ろすと、前に出てにらみつけた。

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