2-3 誰ですか、この人たち……?

 二人の前には怪しい三人組がゆらりと立っていた。いずれも真っ白な装束を纏っていて、顔には不気味な仮面。そのせいで性別や人種などをうかがい知るのは難しい。


「誰ですか、この人たち……?」

「さあな。私の方が知りたい」


 白い装束と言えば聖教会の連中が思い浮かぶ。彼らであれば装束や手足に聖教会の人間であることを示す紋章が入っているはずだが、しかし二人に立ちふさがった三人のどこにもそんなものは見当たらない。

 が、そんなことどうだっていい。


「……良いことを教えてやろう。今の私はちんちん・・・・に熱くなっている。どんな一等な鉄火場よりもだ。それこそ――今すぐにでも貴様らを魂ごと噛み潰してしまいたいくらいにな」


 それが誇張や比喩などではなく本心からのセリフだと、アーシェの背中を見つめていたニーナは気づいた。全身の至るところで魔法陣の青白い光が点滅し、それが今にも爆発しそうな彼女の感情を表しているようで、守られる立場にもかかわらずニーナは息を飲んだ。


「だが一応聞いてやる。貴様らはどこの所属だ? 聖教会か? ラインラントか? ランカスターでもいいぞ。B/S (ブリティッシュ・サクソニアン)なら鼻で笑ってやろう。所属を正直に話せば喰い殺すのだけは勘弁してやってもいい」

「……」

「答えるつもりはなし、か。いいだろう。なら――」


 アーシェの口が弧を描く。白い歯を覗かせながら獰猛な笑み浮かべ、瞳がより一層輝きを増していく。アーシェのその変化を受け、白い装束の三人もまた銃を構える。何の感情もにじませないまま、三人は引き金を引いた。

 爆炎がアーシェたちを包み込む。宵闇を照らす赤い炎が舞い上がり、白い煙が辺り一帯に立ち込めた。だがそれも一瞬で薙ぎ払われ、無傷のアーシェとニーナが現れた。


「この程度で私をどうにかしようなどと――笑わせてくれるッ!!」


 下がっていろ、とニーナに告げると――彼女の姿が消えた。

 細い足から生み出される爆発的な加速。一歩踏みしめるごとに土の地面がえぐり取られて土煙が上がる。

 彼女の両腕が一際青白く輝く。森の暗がりで光が揺らめき、迫る。白装束たちはアーシェ目掛けて術式銃を次々と放つが、彼女はその全てを避け、或いは弾き返していく。

 アーシェの振り上げた腕が一際輝いた。走りながら振り下ろすと、途端に彼女と白装束たちの間の地面が爆ぜた。

 舞い上がる土煙に吹きすさぶ突風。木々の枝葉が大きく揺らされ、そして――彼女の姿は三人の後ろにあった。

 三人が振り返ったとほぼ同時に、アーシェが飛びかかる。白装束の一人が捕らえようと腕を伸ばし、しかしそれを宙返りをしながら避けて顔面をつかみあげると、そのまま腕一本で相手の体を軽々と持ち上げた。


「トロいんだよッ!!」


 地面へと叩きつけられた衝撃で仮面が外れ、奥からやせ細った男の顔が顕わになる。だがそれを確認することもなく――アーシェはその首元へ喰らいついた。

 犬歯が皮膚を容易く突き破り肉を絡め取る。力任せに引きちぎられた肉が彼女の口から垂れ下がり、男の首からは白い骨が露出していた。吹き出した大量の血が舞い上がって土砂降りの雨のように降り注ぎ、彼女の全身を真っ赤に染める。

 まとわりつく血液。しかし一切気にする様子は無く、くわえた肉を一口で飲み込んだ。

 男の魂と自らとをつなぎ終えたアーシェは、喰らい尽くすのは後とばかりに瀕死となった男の体を投げ捨てる。彼女の赤毛の先端から血が滴り落ち、その口がニィ、と歪んだ。


「……」


 一人が死んだ。血の雨を浴びたニーナは体を震わせるが、残った二人の動きに動揺は見られなかった。

 一方が術式銃をアーシェ目掛けて乱発する。放たれた術式は全てアーシェの防御術式によって阻まれ効果がない。だがその隙にもう一方の白装束が後方へ退き、銃を捨てて何かを念じ始めた。

 それは術式銃とは違った新たな術式だった。白装束の彼、或いは彼女の前にいくつもの魔法陣が浮かび上がり、それらが組み合わさってさらに巨大な魔法陣を作り上げていった。


「何してるんですか、アーシェさんっ!?」

「案ずるな」


 明らかに銃よりも強力な一撃がやってくる。にもかかわらず一向に動こうとしないアーシェにニーナが怒鳴るが、彼女は口端を吊り上げて笑っただけだった。

 こんなに隙だらけならば叩き潰すのは簡単だ。だがアーシェは、押し寄せる弾幕の隙間から面白そうにその魔法陣を眺めていた。

 数十秒の時を経て完成した魔法陣。それがまばゆいばかりに輝き――白閃が闇を斬り裂いた。

 大柄な男でさえ飲み込むであろう巨大な光の奔流が、呆気なくアーシェを飲み込む。激しい光によってニーナの視界は奪われて何も見えない。頑なに閉じたまぶたさえも光が突き破ってきて視界が白く染まる。

 そして爆風。ニーナの軽い体が風にあおられて背中を強かに打ち付ける。やがてそれも収まりニーナは擦り傷の痛みを無視して顔を上げ、アーシェの姿を探した。

 彼女は、いた。白閃に飲み込まれてなお彼女は不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 着ていた服こそ一部破けているが彼女のその白い肌には傷一つない。腕を組んで仁王立ちし、白装束たちを見てつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「この程度か……つまらん」


 お返しだ、と彼女がつぶやき、光る腕を前に掲げる。

 一瞬だけ魔法陣が浮かび上がり、だが次の瞬間には白装束たちの足元が爆ぜた。

 彼らの体が、夜空へ吹き飛ばされる。汚れた白装束をたなびかせて落下し、倒れ込む。ゆっくりと歩み寄ってくるアーシェに、白装束たちはなんとか転がっていた銃を掴むと引き金を再度引いた。だがそれが意味を成すことは無く、煙の中から伸びたアーシェの腕が白装束の一人の首を掴み上げた。

 アーシェの目が見開かれ、開いた歯の間から血なまぐさい息が漏れた。拳が白装束の顔面を捉え、仮面と骨が砕ける音を響かせ地面を滑っていく。

 血をダラダラと流しながらも、白装束たちは次々と術式が放った。だがアーシェの脚を止めることはかなわない。一切の痛痒も感じず彼女は笑いながら近づいていった。

 そこから先は――一方的な蹂躙だった。為すすべもなく白装束たちは甚振られていくだけ。

 どんな術式もアーシェには通じず、アーシェの攻撃の一つ一つが致命傷。彼らに最早抗う術は無かった。

 やがてアーシェの腕が二人の心臓を貫いた。白装束から突き出た手のひらには血の滴る、まだ弱々しくも鼓動している心臓が乗っていた。

 腕を引き抜き、それがメインディッシュであるというように大事に地面に置くと、白装束たちの肉体を喰らっていく。肉も骨も関係なく貪る。飛沫が飛び、人間の臭いが風に流されてニーナにも届き、たまらず胃の中身を吐き出していく。


「う……げぇ、ごっほ! げほっ……!」


 吐く間も彼女の耳には骨が噛み砕かれる音が届いていたが、そうして胃の中身が空っぽになる頃には音も止み、滲んだ涙を拭って恐る恐る振り返ると、彼女をさらった連中はすでに白装束だけ・・・・・になっていた。


「た、食べきっちゃったんですか……?」

「ああ」


 当たり前のように答えるとアーシェは最後に残しておいた二つの心臓をつまみ、口に放り込む。そして口元を拭うと、赤みの混じったツバを吐き捨てた。

 これが初めてではないし、しかも助けてもらった立場のニーナではあるが、人が喰われるというのはそう簡単に受け入れられるわけでもない。ニーナは「うげぇ……」と漏らしながら血に塗れた辺り一帯を眺め、アーシェの姿に視線が戻ったところで彼女の様子がいつもと違うことに気づいた。


「どうしました?」

「いや、妙だと思ってな」


 魂喰いであるアーシェなら喰った人間の魂の味が明確に分かる。

 悪人であればあるほど美味く、善良であるほど無味に近い。だがどれだけ善良であっても多少の味と香りはある。

 しかしながら今食べた三人は、その誰もが全くの無味だった。肉を喰らえば肉の味が、骨をしゃぶれば骨の味がする。しかし肝心の魂からは全く味がしない。

 くわえて、彼らの魂には記憶というものがまるきり存在していなかった。

 食べれば彼らが何者か、疑問の全てが解決するかと思っていたのだが、全く何の手がかりにもならない。

 まるで――魂というものがつい先程まで存在していなかったかのように。


「そんな人、いるんですか?」

「分からん。私が食べたことがないだけで、もしかしたらそんな人間がいるのかもしれんが……きな臭いのは確かだな」


 そう言うとアーシェは頭を掻きながら大きく息を吐き出し、幾分表情を緩めると「怪我はないか?」と尋ねた。


「あ、はい。擦り傷くらいですよ」

「ならいい。とりあえず……今日からしばらくは詰所に泊まれ」

「え? 良いんですか? 私としては嬉しいですけれど……」

「仕方ないだろうが。連中が何を考えて貴様を狙ったのか分からん以上、常に誰かがいるあそこ以上に安全な場所などないからな」


 ついでに私もしばらく詰所に泊まる。アーシェがそう告げるとニーナは目を丸くした。


「アーシェさんもですか?」

「ああ。そうすれば万一襲われたとしてもすぐに対処できるからな」


 アーシェとしてはごく当たり前のことを伝えたまでだったが、それを聞いた途端、どこか不安げだったニーナの表情が一気に晴れやかになった。アーシェの手を握ると、その腕をぶんぶんと振り回してなんとも嬉しそうに返事をした。


「分かりましたっ! 宜しくお願いしますねっ!!」

「あ、ああ」

「それじゃ行きましょうっ!」

「分かった分かった。分かったから手を離せ」


 襲われたばかりだというのに何がそんなに嬉しいのだろうか。

 小柄な彼女を引きずるようにして詰所へと向かっていくニーナの手をアーシェは鬱陶しそうに引き剥がそうとする。しかしこの様子なら大丈夫だな、と安堵しながら結局は彼女に引きずられていくのだった。






 明かりが落ちた街へと二人は向かっていく。

 かしましく楽しそうに騒ぐ彼女らは気づかなかった。

 遠く離れた場所。小高い丘の上から彼女らに視線を送る、白い装束をまとった女がいたことに。



Moving away――

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