4-3 私たちは過去に囚われ続けている

 事件から再び数日。

 マティアスの部屋にあるソファでのんびりとしながら、私はマティアスと誰かの会話を聞き流していた。


「――ああ、分かっていますよ。ええ、こちらもそちらと事を荒立てたいと思っているわけではありませんのでね。然るべき対応をして頂けるのであれば我が国の皆様にも納得頂けると思いますよ。

 ええ、はい、はい。ではそのように」


 受話器が置かれる音に振り向くと、さっきまでマティアスはずいぶんとにこやかだったというのに、今はいかにも疲れたとばかりに背もたれにもたれかかっていた。まあ政治的なやり取りというのはそんなもんだ。


「分かったような事を言ってくれる」

「単なる感想だよ」

「まあいい。それで――どうしてお前は私の部屋で酒を飲んでるんだ?」


 ジロリ、と王子様が来客用ソファでくつろいでいる私を睨んでくるが、それを無視して棚から勝手に取り出した酒瓶を傾ける。術式で作り出した氷がカラン、とグラスの中でいい音色を奏で、遅れて香りが鼻孔を抜けて思わずにんまりしてしまう。


「呼び出しといて電話を始めたお前が悪い」

「だからといってだな……」

「それよりお前も一杯どうだ?」

「職務中だぞ」

「たかが一杯で仕事が疎おろそかになるような肝臓してないだろうが」


 マティアスもやっぱりストレスを感じてたんだろう。そううそぶいてやると、「一杯だけだぞ?」と言いながら私からグラスを受け取って琥珀色の液体を一息に飲み干した。


「それで、どうなった?」

「シナリオ通りになりそうだな。カールハインツ・アスペルマイヤーという人間は罪を悔いて自殺。B/Sブリティッシュ・サクソニアンに漏れた技術も幸いにして最新のものじゃなかったからな。技術使用料を王国に支払う代わりに当該武器の使用を許可することになった」

「つまりは、武器の技術をB/Sに輸出する形になるということか。あちらさんの処分は?」

「情報局の一部の人間の暴走。そういうことで幕引きを図ることになっている。まあ、まだ下交渉段階での合意だから今後どうなるかは分からんがな」

「だとしてもそうストーリーは変わらんだろ」


 ま、尻尾切りに合う実働部隊には気の毒だとは思うが、そもそもバレた時点で失態だからな。高い勉強代だと思ってもらおうじゃないか。


「ところで」

「ん?」

「結局アスペルマイヤー大尉が裏切った動機は何だったんだ? 『喰った』んだから分かってるんだろ?」

「ああ……なに、つまらん理由だよ」


 階級が不満だったとか待遇が気に入らなかったとか色々細かいところはあるが、つまるところ奴が欲しかったのは金だった。

 先日のパブでの話にもあったが、相当に金に困窮していたらしい。刻まれた記憶を覗いてみたがまあ数え切れんくらいにあちこちに借金をして回ってたよ。

 金づるだった実家の伯爵家からも借金を断られたところにB/Sから声がかかって、多額の資金提供の代わりに技術の密売に手を染めたという、なんともありふれた話でなんの面白みもない事情だった。

 とはいえ、没落したにしても仮にも伯爵家の人間。加えて決して高給取りとは言えんが大尉としてのそれなりの給料も定期的に入ってくる。にもかかわらずなんでそんなに金が無かったか、と言えば。


「あれだ。結局のところ、幼い頃の優雅だった伯爵家としての生き方を忘れられなかったらしい」


 実態に合わない高い維持費の家に住み、メイドを雇い、料理人にうまい飯を作らせ、気の済むまで高い酒を飲む。欲望が抑えられなければ娼婦を呼び、気に入った女を見つければ傷物にして適当な金とともに放り出す。

 とまあ、ワガママ放題の結果、金なんぞあっという間に消えてなくなり、借金漬けの人生で国まで裏切ってゲームオーバーというわけだ。

 同情の余地は微塵もない。が、敢えてその余地を見出すとすれば、そんなカールハインツを正してくれるような人間が周りにもいなかったというところだろうか。いつまでも昔の栄光を見てないで、前を見て生きなさいってな。


「つまりは過去に縛られた生き方しかできなかった、というわけか……」

「そうとも言うかもな」

「まだイデオロギーや王国に不満があって愚行に走った。そうだったら納得は行かなくても理解はできるが……そうも簡単に金でなびかれるとは、王家の人間としても、王国の一国民としてもやりきれないな。だが――」


 金髪をかきむしりながら天井をマティアスが仰いだが、急にフッと笑った。


「何だ、急に?」

「いや、なに。考えてみれば我々もあまり彼を笑うことはできないなと思ってな」

「……そう、だな」


 私とマティアス。私たちは過去に囚われ続けている。もう、ずっと、ずっと。だからこそこうしてつるんで、くだらない計画を進めていってる。あの男を喰いはしたが、確かに笑える道理はないな。むしろ、過去が過去であることを理解した上で抗おうとしている時点でカールハインツよりもずっと業が深い。


「……やめよう。そんな話は酒がまずくなる」

「それもそうだな……すまない」


 だが一度思いを馳せてしまえば、胃の奥からカールハインツの匂いがこみ上げてくるようで。

 憂鬱感がぶり返してくる。だからグラスの酒で一気に流し込んで全てを忘れようとするしかなく、けれどもその味はさっきまで違ってとてもまずかった。

 話はもう終わった。グラスをテーブルに叩きつけると、私は制帽をひっつかんで部屋を出ていったのだった。




File3. 「理不尽上官」 完

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