File4 王立研究所の人間

1-1 妙な声を出すんじゃない

 さて、唐突ではあるが。

 警備隊は首都に住まう人々の日常を守ることが一番の仕事である。

 一口に日常を守ると言っても「何から」というのは実に多様だ。一番多いのは窃盗犯を捕まえたりケンカの仲裁をしたりといったところだが、数は少なくとも殺人や強盗などの凶悪犯罪は確実にあるし、先日の様にどこぞのスパイが入り込んでる事だってある。ミスティックだって堕ちてしまえば即座に私の腹に収めることになるし、戦争ともなれば前線に送られることだってあるだろう。できればそんなことはあってほしくないがな。

 つまり。

 我々はいつだって戦う準備を怠ってはならないのである。


「――開始」


 街の巡回が主要な仕事の一つではある。が、何も我々はそれだけをやってるわけじゃあない。

 詰所の裏手にある射撃場で隊員たちが術式銃を構え、引き金を引けば銃口から様々な術式が吐き出されていく。的までは数十メートルと結構な距離だが、見る限り全員的に命中させていた。

 うむ、見事。まあ古参連中ならこれくらいやってもらわねば困るが、他の警備隊に入隊した新しい部下たちもきちんと当てている。街の警備隊としては十分すぎる腕前だな。


「……ふぅ」


 ちょうど私が後ろに立ったところでノアがゴーグルを外して息を吐いた。的を見てみれば意外や意外。全弾をほぼ的の中心に当てていて、思わず「ほぅ」と声が漏れた。


「ノア、なかなかやるじゃないか」

「あ、ありがとうございます!」

「おい、貴様らに朗報だ。今日の訓練でルーキーに負けた奴は、次の隊の飲み代、全額自腹にしてやろう」

「そりゃないぜ、隊長! 今月俺ぁピンチなんだよ!」

「クク、ならせいぜい死ぬ気で頑張るんだな」


 そう言ってやると方々から気合の入った返事が上がった。

 しかしノアの射撃がここまで良いとはな。軍大学卒なので術式はともかく、実技面ではあまり期待していなかったが、ニーナ同様にコイツも磨けば光る逸材かもしれん。


「ノア。貴様も筋が良い。今後も努力すればひょっとすると『あそこ』までたどり着けるかもしれんぞ」


 褒められて嬉しそうにしているノアの頭を乱暴に撫でてやりながら、左隣に注意を向けさせる。

 そこではアレクセイが射撃を行っていた。普段と変わらない冷静さで的を睨みつけ、表情一つ変えずに次々と貫通術式が的の中心を貫いていく。その正確さは中心の赤い部分以外を全く傷つけないほどだ。まったく、いつ見ても惚れ惚れするな。


「ほぇぇ……」

「は~……すごいですね」

「だろう? 奴より凄腕の狙撃手は私も見たことがない」


 もっとも奴が凄いのはもちろん単純な腕前もだが、如何なる状況でもその実力がぶれないところにある。生死の掛かった最前線の戦場でも冷静に目標を撃ち抜くことができる鉄の心臓。そのおかげで仲間がどれだけ救われたか分からん。

 まあそれはそれとして、だ。


「――で、お前はなんで普通に私の隣にいるんだ?」

「ふぇ?」


 アレクセイの射撃を見ながらのんきに感心しているニーナをにらみつける。整備員という扱いだがお前も仮にも軍人なんだからな。訓練を免除した覚えはないぞ。


「いやぁ、実は私、その……術式銃が使えなくて」

「使えない? そんな事はないだろう。術式銃は誰でも使えるはずだが……ああ、もしかして威力がショボいと言いたいのか?」

「はい……」ニーナがうつむいて頭を掻いた。「魔法陣に魔素が上手く伝えられなくって、見せるのも恥ずかしいくらいでして……てへ」

「嬢ちゃんが言ってんのはホントだぜ。隊長がいない時にやらせてみたんだけど、まあひょろっひょろのしょんべんみてぇな術式が発射されただけだったな」

「あぅぅ、言わないでくださいよ、カミルさん……」


 ふむ、カミルが言うのなら言い訳などではなく本当なんだろうな。しかし他の魔装具は普通に使えてたと思うが。


「あれは前もって他の方に魔素を充填しておいてもらってるんですよ。十分な魔素さえ溜まってれば魔装具だと使う人を選びませんから」


 なるほどな。しかしそうか。だからニーナは魔装具にのめり込んだのだろうな。

 とはいえ、銃を使えるに越したことはない。


「せっかくだ。私にも見せてみろ。ひょっとしたら原因が分かるかもしれん」

「はぁ、別に構いませんけど」


 笑わないでくださいね、と言いながらノアに変わってニーナが銃を構える。ふむ、構えは様になってるな。

 いきます、とニーナが声を掛けてくると銃に刻まれた魔法陣がほんのりと輝き始めた。それに合わせて私も魔素を可視化する術式を引っ張り出してその流れを確認してみたが……うん、なるほどな。

 確かにニーナのから銃へ伝わっていく魔素の量は、なんともまあ無残というかゴミクズみたいな量だった。なもんで、引き金を引いてもまだガキの小便の方がマシだというような術式しか飛び出さなかった。

 うぅむ。これは魔素の放出に問題があるのか、それともそもそもニーナ自身が魔素を内包できない体質なんだろうか。ちょっと調べてみるか。


「ノア。貴様はちょっと離れてろ。それからカミル。こっちに来い」

「ん? ああ、なるほどな。直接調べんのか」


 ノアに離れてもらい、カミルに壁になってもらう。ニーナは何をするのかとキョトンとしてるが、なに、気にするな。すぐ終わる。


「ちょ、ちょっとアーシェさん!? 何を――」

「うるさい。黙ってろ」


 ニーナのタンクトップをひん剥いて首筋をはだけさせ、そこにかぶりつく。

 歯が軽く皮膚を突き破り、熱い血がにじみ出てくる。それを舌で舐め取ろうとすると、耳元で「あ、あぁふ……ん……」とか妙な声が聞こえてきた。


「妙な声を出すんじゃない」

「ふ、ふぁい……でも……」


 ニーナはどうにも感じやすい性質らしい。このままだと隊員どもに昼間から情事に耽るとんでも上司だというレッテルを張られかねんのでとっとと済ませてしまおう。

 傷跡を手早く舐め血を数滴分だけ口に含んでガッチリと拘束していたニーナを解放してやると、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。おい、そんな艶っぽい瞳で私を見上げるんじゃない。


「なんだなんだぁ? ウチの隊長はタチ・・もいけるクチか?」


 やかましい。カミルがニヤニヤ笑いながら指でお下劣なサインを送ってきやがったので奴のケツの穴で爆裂術式(極弱)を破裂させてやった。もんどり打ってのたうち回るカミルの悲鳴と、狙撃を終えたアレクセイの深々としたため息を聞きつつ、口に含んでいたニーナの血を飲み込んだ。

 さて、ニーナの体質は魔素がないのか、それとも魔素を放出できないのか、どちらかね? のんきに考えながら喉で血を味わい、胃に一滴が落ちた。すると、血から魔素が私の体を駆け巡っていく。ふむ、どうやらそれなりに魔素は――


「ぐ、ぁっ……!」


 ありそうだ、と思った瞬間、心臓が破裂したような激烈な衝撃が襲ってきた。次いで全身をめぐる血液が沸騰したように熱くなり、頭に激烈な痛みが襲ってきて目の前が一気に真っ赤になる。

 無数の塗りつぶされた映像が頭の中に流れる。やがてあらゆる感覚が喪失して――気づけば、私はおびただしい汗を流して膝を突いていた。


「アーシェさんっ!?」


 どうやら意識がぶっ飛んでしまってたらしい。が、それも一瞬だったおかげで汚い床に唇を捧げずに済んだのは僥倖というべきか。

 慌てたニーナが抱き起こそうとしてくるのを制止して立ち上がったが、目元を拭えば汗に混じって血が混じっていたので何気ないふりをして制服に擦りつけた。


「だ、大丈夫ですか?」

「心配いらん。ちょっと立ちくらみしただけだ」

「おいおい、大丈夫かよ? 酒ばっか飲んで寝てねーんじゃねぇの?」


 余計なお世話だ。まあ確かに夜は寝るより酒を飲んでる方が長いが。

 しかし……今のは何だったんだ? 一応もうなんとも無いが、ただ血を一滴舐めただけだというのに凄まじい量の情報の嵐が吹き荒れたぞ。

 なのに――何も分からなかった。唯一分かったことといえば、とんでもない魔素をニーナが内包してるということだが――


「どうしました?」


 ニーナをじっと見つめる。果たして、人間にあれだけの魔素を内包できるのか。できるとしたら相当に稀有な才能……というよりはあれはもう化け物のレベルだな。もっとも、他に転用できなきゃ宝の持ち腐れだが。


「いや、なんでもない。とりあえず貴様に魔素タンクとしての能力は十分あることは分かった。やはり原因は魔法陣への伝達の部分だろうよ」

「あ、そうなんですね。よかったぁ、じゃあそこを何とかすれば私も術式を使えるってことですか?」

「理屈上はな。さすがに媒体なしの術式行使は無理だろうが、金属の魔素伝導率を上げる補助術式を幾つか知っている。今度試してやろう」

「本当ですかっ!?」

「あ、ありがとうございますっ!!」


 そう言ってやると満面の笑みで嬉しそうに私の手を握ってぶんぶんと振り回した。やはりニーナも術式を使えないことを気にしていたんだろうな。しかしノア、なんで貴様まで嬉しそうなんだ? いや、別に大した術式じゃないから教えてはやるが。


「――取り込み中のところをすまないが」


 とまあそんなやり取りをしていたが、そこによく知った声が届いた。

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