4-1 協力して頂けますか?
パブで飲んだ翌朝。早々に私はニーナに作ってもらいたい魔装具について指示を出した。
具体的にどういったことをしたいかを伝え、必要な術式を私の中からいくつか引っ張り出して紙に書き記す。その中には一般に
だが、週明けに出勤してみると出来上がった魔装具が机の上に置かれていた。
そして床ではニーナがくたばっていた。
仰向けで満足したような半笑いの寝顔。その目元にはハッキリとクマができていて、コイツが過ごしたであろう週末が容易に想像できた。思った以上にニーナが頑張ってくれたらしい。相変わらず魔装具にかける情熱と技術はとんでもないな、と感心しつつ彼女への感謝を込めてその金色の髪を撫でてやった。
「おはようございます……あ、シェヴェロウスキー隊長」
そうしてぶっ倒れたニーナを術式で浮かせて簡易ベッドに運んでいると、ノアが出勤してきた。
そうそう、ニーナには魔装具を頼んでいたが、ノアにはノアでまた別の仕事を頼んでいたんだった。その成果を尋ねると、ノアが嬉しそうに笑って肩から吊るしたカメラを掲げてみせた。
「やりました。バッチリ現場が撮れましたよ」
「そうか。非番を潰してしまってすまなかったな」
「大丈夫です。隊長のお役に立てるのなら非番の一回くらいなんてことありません。その代わり――」
「ああ、分かってる。とっておきの術式を今度教えてやるさ」
一般的ではない術式を教えることを条件に、術式マニアのノアには週末の間、ある人物の行動を見張らせていた。
諜報向きの術式が得意であり、まだ珍しい小型カメラの取り扱いに心得があるとはいえ、ノアは諜報活動に関しては素人だ。なのでアレクセイにも同行させてバックアップを任せていたのだが、どうやらそれは杞憂らしかった。
「事情が事情なのでかなり警戒していましたが……正直、思った以上に楽な仕事でした」
アレクセイがそう言うので二人に詳細を聞いたのだが、見張り対象も取引相手も殆ど背後に注意を払ってなかったらしい。取引相手――というよりも脅しに近かったとはノアの弁だが――は技術者だから仕方ないとして、対象は仮にも軍人なのだからせめてもうちょっと警戒しろよと話を聞いてて言いたくなるくらいだった。
しかし……取引現場での無警戒っぷりもアレだが、動くのも早すぎるだろう。この間スパイが失敗して死んでからまだ一週間ちょっとだぞ? そんなにサクソニアン側に急かされてたのかね。ともあれ、こちらとしては楽なのでありがたいのだが。
「中尉の方はいかがでしたか?」
「ああ、問題なく終わった」
で、私はといえばだ。別に部下に働かせるだけ働かせて自分だけ家でのんびりしてたわけじゃあない。
本来ならあの山の中の教会で酒でもかっくらってクソッタレな人生を満喫するところだが、今週末はそれを全部キャンセル。軍内部の各所で、これからやることの根回しに奔走していたわけだ。もっとも私は殆どマティアス向けに資料を作っていることが殆どで、実際の根回しはその准将殿兼王子様がやったわけだが。とはいえ、私は私で大変だったんだぞ。
ともかくもそういうわけで。柄にもなく一生懸命仕事をしたり相手が間抜けだったりで思った以上のスピードであれよあれよと事は進んでいき、私は今、仕込みの仕上げをするべく軍の工廠を訪れていた。
カミルとニーナを後ろに従えて建物内を歩いていくと、そこかしこから視線がビシビシと飛んでくる。その視線は間違いなく「なんで子どもが?」という部類だが、仕方があるまい。普段、こんな設計のフロアには来ないからな。
「隊長、いたぜ」
カミルが親指で差した方を見れば、今回のお宅訪問対象者である三十路手前くらいのメガネを掛けたひょろっ長い男がいた。
「失礼、レフラー技師ですね?」
「……はい、そうですが」
最初は私を見て怪訝な顔をしていたが、カミルと私の階級章を目にして顔色が一変した。それでも取り繕おうとしてはいるが、残念ながら汗とかが一気に吹き出していて隠しきれてないぞ。
「ちょっとお話を伺いたいんですが、あちらへ宜しいですかね?」
そう言って予め確保していた部屋に連れて行く。大柄なカミルに立たせて出入り口を封鎖し、四人だけになった部屋になるとレフラー技師の手が震えているのが分かった。
「そう緊張なさらずとも結構。レフラー技師にはご協力いただきたいことがありまして」
「……なんでしょう?」
「実は、ある人物にスパイの容疑が掛かっていまして。その証拠を押さえたいと思っているのですよ。で、レフラー技師にもぜひご助力を願いたくてですね」
「……お断りします。なぜ素人の私にそんな話を持ちかけてきたのかは興味がありますが、私には関係のない話――」
「まあ、結論を急がずに。まずはこちらを見て頂けますか?」
技師の話を強引に遮り、ニーナから現像した写真を手渡させる。
その写真には、レフラー技師が鍵らしいものを相手に渡している瞬間が写っていた。
見上げれば、レフラー技師は可哀想になるくらい顔色が青くなって、ちゃんと見れてるのか、というくらい写真を握った両手が震えていた。さて、頃合いかね?
トントン、と軍靴を軽く踏み鳴らしてレフラー技師の注意を引くと、私はいつもどおり
「さて、改めてお伺いしましょう。
――協力して頂けますか?」
答えの分かりきった質問を口にしながら、私はニーナ謹製の魔装具を彼の手に無理やり握らせたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――Bystander
静まり返った深夜の工廠を、太った男が一人歩いていた。
彼はでっぷりとした腹を突き出すようにして廊下を進む。軍靴が床を叩き、控えめなコツコツという音を立てる。他に音を奏でる物もないためその足音はよく反響した。
足音が止まった。そこは図面室だった。ここにはこれまでヘルヴェティア王国が開発・設計した魔装具類のうち、比較的最近の物が保管されていた。
施錠されたその部屋の鍵をゆっくり開け、中に入っていく。部屋の壁際には設置された棚一杯にぎっしりと図面のファイルが並べられていて、しかし彼はそこには見向きもしない。
「……」
彼が向かったのは部屋の一番奥だ。そこには大きな金庫が鎮座していて、前に立つと彼はポケットから別の鍵を取り出して鍵穴に差し込む。そして取り出したメモをライトで照らすと、ダイヤルロックの数字を合わせていく。
やがてカチリ、と音が響いた。彼はその口元を醜悪に歪ませた。
中に入っていた設計図面の中から数枚を鷲掴みにすると、彼はすぐに鍵を掛けて部屋から出ていく。抜き取った図面を脇に挟み、興奮と疲労に息を荒げながら暗い廊下を小走りに駆け抜けた。
乱れる息を抑え込み、緊張から流れる脂汗を拭いながら走る。建物を出ると夜勤の工員に紛れて堂々とした威圧的な素振りで門を通過していく。そうして、誰に見咎められることもなく彼は工廠を脱出することに成功した。
それでもまだ安心はできない。彼は足早に工廠から離れると、停めてあった自動車に飛び乗って深夜の街を猛スピードで走らせる。その最中に何度か振り返ってみたが、追手が来る気配はない。そこでようやく安心して車の速度を緩めた。
成し遂げた高揚感が満ちていく。そしてこれから彼が手に入れるであろう見返りに胸を膨らませ、あれこれ妄想を浮かべながらのんびりと彼が向かったのは北東の九番街だった。
車を停め、二つの荷物を持って降りる。ここまで来れば息を潜める必要さえないと、いつものようにふんぞり返り、どすどすと地面を踏み鳴らしながら待ち合わせ場所へ向かった。
建物の隙間を縫って生ぬるい風が吹き抜ける。季節はもう初夏だ。標高が高いため朝晩は冷えるが、今日は先程まで雨が降っていたからか、冷え込みは厳しくなかった。
その風が不愉快で、額に浮かんだ汗を太い指が拭う。まだか。彼は懐中時計を睨みながら苛立たしげに脚を踏み鳴らした。約束の時間まではまだ少しあるが、自分が早く来たにもかかわらず時間を潰さねばならないことに苛立ちを感じているようだった。
そうして待つこと十五分。未だに彼の元には誰もやって来ない。待ち合わせの時間は過ぎていた。苛立ちが増しながら、さらに十五分ほど待った。雲に隠れていた三日月が顔を覗かせて不気味に笑う。静まり返った街には彼の踏み鳴らす足音だけが響き、他の誰も一向に近寄ってくる気配はなかった。
「おいっ! いつまで我輩を待たせるつもりだッ! 近くにいるのは分かってるのだぞッッ!」
我慢できず彼――カールハインツは誰もいない場所へ怒鳴りつけた。身を竦ませるような怒声だが、誰の耳に届くわけでもなく虚空へと吸い込まれていくだけだ。彼は舌打ちをしてつばを地面に吐き捨てると、持っていたアタッシュケースを放り投げ、上にドシンと大きな尻を置いて座った。
そこに。
「――おやおやぁ?」
可愛らしい少女の声が夜の街に響いた。
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