File3 理不尽上官
1-1 たまには日光のもとにさらさねばな
さて唐突だが私、アーシェ・シェヴェロウスキーは第十三警備隊の隊長を拝命している。つまりは立派な中間管理職である。
となれば、隊員たちとの日常的なコミュニケーションは非常に全く以て重要だ。有事の際に適時適切に動くためにも大切で、加えてそうすることで隊員たちの状態をフィジカル的にもメンタル的にも把握でき、すると必要な時に必要なケアを必要な人間に実施することができる。ジャスト・イン・タイムというやつだ。ああまったく、この時代において私はなんて理想的な上司なのだろうな。
というわけで。
細かくびっしりと文字が並び、眺めているだけで我が母国の文字がゲシュタルト崩壊してしまいそうな書類を机の上にほっぽり投げると、可愛い可愛い部下たちにコーヒーを淹れてせっせと給仕してやる。決してサボりではない。
「中尉?」
「どうだ、曹長。仕事熱心なのは素晴らしいが、そろそろ息抜きでもしたらどうだ?」
「ありがとうございます。頂きましょう」
書類仕事であってもいつもどおり表情一つ変えずに取り組むアレクセイにカップを手渡す。ついでに今現在詰所にいるカミルとノアにもな。
「すみません、隊長。言ってくだされば自分が淹れますのに……」
「いいんだよ、ノア。どうせ隊長が仕事に飽きただけだからよ」
「こら、カミル。人聞きの悪いことを言うな」
「本音は?」
「酒を飲ませろ」
ノアとカミルがダメ人間を見るような眼で見つめてくるがそれを無視し、雑談中の私たちの横で何も聞こえていないかのように仕事を続けるアレクセイに水を向けてみる。
「曹長、今日の私のコーヒーはどうだ? 今日こそは上手くいったと思うんだが――」
「三十五点です」
ばっさりぶった切られた。
「……ちなみに何点満点だ?」
「当然、百ですが?」
「……」
何事にも冷静沈着。普段から声を荒げる事もなく寛容と平静を体現するアレクセイだが、ことコーヒーに関しては非常にうるさかった。
「まず、豆の挽き方が雑です。中尉のことですからおおかた術式を使って力任せに砕いたのでしょうが粒のサイズがバラバラでせっかくの豆の特性が死んでいます。それに抽出の速度が早すぎる。中尉はせっかちなのでドリッパーの上まで湯を注いだのでしょう。おかげでフィルターからの匂いが出てしまっています。これでは豆がかわいそうです。中尉はまず、それぞれの工程の意味から勉強し直してください」
「……はい」
バッサリどころではなくゴミクズの様な評価だった。いや、まあ事実アレクセイの言う通りなのでぐぅの音も出ないのだが。
顔を上げれば、さっきまで蔑むような目だったノアとカミルが今は哀れみとなっていた。いかん、泣きそうだ。
このままでは精神衛生上非常に宜しくないことになると直感して話を切り替える。
「ところで――ニーナの方はどうだ? 仕事ぶりもだが、隊に馴染めているか?」
なんだかんだ言いつつ私は詰所を留守にして軍本部に足を運ぶことも多いからな。日頃は見えてない部分も多いしアイツを引っ張ってきた以上、隊員たちの評価も気になる。
「おう、全然問題ないと思うぜ。元気で明るいし、あの娘がいるだけでだいぶ隊全体の雰囲気変わったんじゃねぇか? なあ?」
「私含め、隊員たちと話してる姿もよく見かけます。少なくとも外から見てる限りは馴染めているかと」
「それに魔装具の整備もすごく丁寧に対応してくれるんですよ。この間も銃のグリップがしっくりこなくて相談したらその日のうちに細かく調整してくれて握り心地がすごく良くなったんです」
ふむ。三人の話を聞く限り評価は上々、といったところか。性格に関してはまあ馴染めないなんてことはないだろうとは思ってたが、腕の方も悪く無さそうだな。
「ならば良い。腕前はどう思う?」
「ヘルマンのジジイにゃ悪いが、たぶん単純な腕前だけとってもジジイよりゃ上だぜ」
「ふふ。ならマティアスを使って多少強引にでも引き抜いてきた甲斐があったな。
では逆に改善させる点はあるか?」
「そうだな……まあ、気がつきゃ何時間でも整備室に引きこもってんのと――」
「カミルさん、終わりましたよッッ!!」
話していると整備室のドアがバンッ!と勢いよく開いて、ゴーグルを付けたままのニーナが飛び出してきた。上半身が隠れるくらいに大きな、魔装具のはみ出た木箱を抱えて近寄ってくる。見た目だと腕は細いんだが、意外と力もあるなコイツ。
「机の上に置いておきますんで、もし足りないものがあったら言ってくださいねーっ!」
しかしずいぶんと楽しそうだ。私にとっては仕事は面倒事でしかないが、まあ魔装具マニアだし、仕事と趣味が幸運にも一致すれば毎日が楽しいものなんだろう。
それはそれとして。
「おい、ニーナ。足元に気をつけろよ」
「ふえっ? アーシェさんいるんですか? なんですか? ちょっと待って下さいね、荷物置いちゃうんで――うわわっ!?」
あ。机に脚引っ掛けた。
「ちょっ!? お? たっ!?」
となれば、だ。たいそう荷物を抱えたニーナの行末は当然の帰結で。
「ふえええぇぇぇぇぇっっっっっ!!」
ビターン!と為す術もなく転んだ。箱の中身を全部ぶちまけるというおまけ付きでな。
足の踏み場がないくらいに散らかって、ワッシャーが一枚、コロコロと転がると私の脚にぶつかって倒れた。やがて静まり返った室内でアレクセイがズズ、と音を立ててコーヒーを啜った。
「――詰所の片付け回数が増えたのが玉にキズですな」
私を含めた全員が黙ってうなずいた。
とまあ、相変わらずのドジっ娘ぶりを発揮してくれてるニーナだが、コイツの腕前だけは本当に確からしい。
細かな調整をしてくれたのか私用の術式銃はいつもより構えやすいし、魔素の伝わりもスムーズになった気がする。防護用ベストも重心位置が調整されたようで、心なし歩きやすくなっていた。おまけに各種装備もピカピカに磨かれていて魔装具に対する愛情がよく伝わってくる。これだけの仕事を常日頃からしてくれるのなら多少のドジくらいは差し引いてもお釣りがくるだろう。良い買い物、というと語弊があるが、やはりニーナを引っ張ってきたのは正解だったな。
とはいえ。
「まったく……いつまで整備室に引きこもってるんだ」
何日か注意して見ていたが、カミルの言うとおりコイツは気がつけば何時間も整備室にこもって作業をしていた。メシも喰わずにぶっ続けで作業していたり、昨夜もどうやら泊まり込みで何かを作っていたらしい。確かに整備室は好きに使っていいとはいったが、お前、もう仕事じゃなくて趣味のために詰所に来てるだろう?
というわけで、たまにはコイツを日光のもとにさらさねばな。
「あうっ! ちょっと待ってくださいアーシェさん! まだ、まだ作業が――」
「やかましい」
ニーナの首根っこを捕まえて整備室から無理やり引きずり出す。強引だが放っとくとそのうち整備室で干からびてそうだから怖い。干物みたいに水ぶっかけて戻ればいいが残念ながら人間はそうできてないからな。
引きずり出したニーナにベストを着せヘルメットを被せて術式銃を握らせる。よし、これで様にはなるな。
「あの、この装備は……?」
「決まってるだろう、街の巡回に行くぞ」
確かに整備士としてウチの隊に来てもらったが、整備だけしてりゃあいいってもんじゃない。いざという時にはこの間みたいに戦いに巻き込まれることだってあるからな。それに街の人間に顔を覚えてもらうのも大事な仕事だ。
名残惜しそうに詰所を振り向いているニーナの腕をつねると、アレクセイたちと共に午後の巡回へ街に繰り出していく。
平日の昼下がりとはいえ王都だけあって街は賑やかだ。さすがに朝市ほどではないが活気に溢れていて、そこかしこから威勢のいい声が飛び交っている。
「へえぇ……ここらへんも色んなお店があるんですね」
今巡回してるのは北東七番街だが、どうやらニーナはここらはあまり来たことがないらしい。歩きながら物珍しそうにキョロキョロとしているのだが、しかしそこはニーナだ。目の付け所が我々とは違った。
「結構義手や義足の人が多いんですね」
ニーナの視線はすれ違う通行人や露店の店主の手足へと向かっていた。
「王都は義肢装具の最先端でもあり一大生産地でもある。戦争で手足を失った者だけでなく病気で切断せねばならんかった者も多く集まっている」
「中にゃ、義肢の高性能さを求めて敢えて手術を受けるものまでいるしな」
「田舎だとあまり見かけませんでしたから新鮮ですね」
確かにここまで義肢の人間が集まってるのは世界広しといえども王都くらいなものだろうな。
「……」
「どうした、ニーナ?」
「あの義足、最新式かな? どういう構造になってるんだろ? 分解してみたい……」
「……」
振り向けばニーナが足を止めて目をランランと輝かせていた。このままだと義足の通行人に付いていきそうな勢いなのでアレクセイに目配せして、ニーナを無理やり連行させる。頼むから事件だけは起こさないでくれよ?
「おや、見ない顔だね?」
そんなこんなで巡回を続けていれば、横から覚えのある声が掛けられた。
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