3-2 目標、撃退を確認


 挑発の言葉は、どうやら堕ちた妖精どもにも届くらしい。アレクセイたちと私、二手に分かれて奴らは向かってきて、次々と術式を放ってくる。


「その程度、効かんよ!」


 展開した術式に込める魔素を増強。更に魔素伝導性を高める補助術式を追加。おびただしく目の前で敵の術式が防御術式に衝突し発光するが、ただの一撃も貫通することはない。

 術式で瞬時に肉体を強化。地面を蹴る。ブーツの底が擦れてコンクリートに黒い跡を残し、再び私の方から接近する。私に憎悪を向ける三匹を視界に収めながら、頭の中の術式を引っ張り出していく。

 必要な術式を統合。高速並列演算開始。終了。発動をスタンバイ。

 左腕、そして両脚に淡い光がまとわりつく。ジリジリとした熱を感じながら振り下ろされた敵の腕を左腕で払いのけると相手の脚を蹴り飛ばす。

 妖精の一匹がバランスを崩すも羽を使って倒れることなく宙に浮かぶ。だが私はちょうどいい高さになったそいつの喉元を左腕で掴んだ。

 そして、鼻先に銃口を突きつけた。


「――一匹」


 パァン、という乾いた音とともに妖精の頭が消し飛ぶ。血肉が飛び散り、飛沫が顔にかかるがそれもすぐに光になって消えていく。だが顔にまだ肉片が残っているような気がしてついつい舌で口元を舐めてしまう。

 地面に転がった妖精を見下ろす。頭を失っているが、コイツらは存外しぶとい。動けはしないが、しばらくすれば回復するはずだ。

 なら。


「残りを――」


 片付ける。背後から迫った術式を拳で殴り飛ばし、襲いかかってきた一匹を宙返りで避ける。天井を足場に着地。天地がひっくり返った状態で両腕を左右に広げた。

 この身に内包する魂、そして術式を通じて世界へ干渉。普段の腕に刻まれた術式を使用する時とは全く違う感覚が体を駆け抜けていく。

 世界から吸い上げたとてつもない魔素が体を巡っていき、瞳に熱が宿っていくのを感じる。


「■■■っ……!」


 妖精どもの顔色が変わっていくのを、私の金色・・に変色した瞳が捉えた。どうやら、この街で誰にケンカを売ったのか、自らの愚かしさを察したらしいな。

 魔素で満たされて、全身が熱を持つ。首元から顔にかけて術式の魔法陣が浮かび上がり、それが青白い光を放って暗い下水道を明るく照らした。

 右腕のライフル銃に刻まれた魔法陣が輝き、左腕が展開した術式で光り始める。百八十度異なる方向から襲いかかってくる妖精ども。だが見ずとも位置は分かる。迷わず私はそれらを放った。

 術式銃からは通常の威力を遥かに超えた術式が放たれ、妖精の土手っ腹に大きな孔を穿つ。左腕から放たれた術式は妖精の上半身を飲み込み、目もくらむ閃光が収まった後に残ったのは見事なまでのロースト妖精だ。焼きすぎて焦げ臭そうだな。ま、放っとけばちょうどいい食べ頃に回復するだろ。

 これで一、二、三匹。残りは、とアレクセイたちの方を見れば、ちょうど二匹の妖精が足元に転がってきた。


「目標、撃退を確認」

「へへっ、いっちょ上がりってな」


 転がった二匹もまた手足を術式銃で撃ち抜かれていたり、体を蜂の巣にされていたりで、生きてはいるが当分動くことはないだろう。

 アレクセイたちの姿を見れば、二、三箇所傷は負っているがどれもかすり傷程度で、少し安心した。

 今回はうまくいったが、妖精だって人間を超越した存在だ。もはや到底人間とはいえない私ならともかく、アレクセイたち人間であれば油断せずとも容易に命を刈り取られかねん相手だからな。無事であることにホッとするのと、こうして任務に付き合ってくれる二人にも感謝せねばな、と改めて思う。


「これで全部だな?」

「ああ、間違いねぇ」


 カミルに確認し、カミルもうなずきながら腰のポーチからレーダーを取り出してモニターに視線を落とした。

 が、その顔色が一気に変わった。


「おい、全部で五体だったよなっ!?」

「ああ、そのはずだが?」

「一体、こっから急に離れていってるやつがいるぞっ!」

「なんだとっ!?」


 カミルの手からレーダーを奪い取って覗き込む。そこには、確かにカミルが言うようにミスティックの存在を示す点が動いていた。

 足元に転がる妖精の数を数える。だが、間違いなくそこには五体いる。


「隠れていたやつがいたか……!」


 レーダーに密集していたからな。点が重なっていて数え漏らしたやつがいたのかもしれん。


「中尉っ!」


 アレクセイが少し離れた場所で呼び、走っていくとそこには細い通路があった。数メートルだけ奥へ行って天井を見上げれば、天井が円形にくり抜かれて、マンホールらしい物が外れて夜空が見えていた。


「こんな場所があったのかよっ!」

「暗かったからだ。私も今気づいた」


 アレクセイの声を聞きながらも舌打ちを禁じえない。失態だ。つい壁を殴りつけてしまうが、落ち着け、私。まだそこまで遠くには逃していない。息を一度吸って整える。


「私とアレクセイで逃げた奴を追いかける! カミルは転がってる連中を束縛の上、監視して別命あるまでこの場で待機!」


 指示を飛ばしながら、地上へのハシゴを駆け上っていき、半分空いたマンホールに苛立ちをぶつける。星空目掛けて変形した鉄の塊が飛んでいって、孔から顔を出せばいつもはバスや荷馬車が行き交う大通りだった。


「ここは……」

「東の五番街ですな」


 深夜なのが幸いだな。人通りはないから、通りがかりが襲われる心配はないか。


「私が先行するッ! 貴様は地上から追いかけろッ!」

「承知しました!」


 孔から這い出しながらもアレクセイが敬礼する。それを横目に見ながら私は初春の夜空へと飛び立った。


「まったく……世話をかけさせてくれるッ!」


 全速力で飛びながら、自らの腹立たしさで脚を殴りつける。誰も襲ってくれるなよ。そう願いながら手元のレーダーを睨みつけていると、みるみるうちに逃げた妖精との距離が近づいてくる。

 そして。


「見つけ、たっ……!?」


 遠く、微かにその姿が見えた時。

 まさに妖精が誰かに襲いかかるところだった。

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