3-1 ――来いよ。魂まで喰らってやる

 タバコに火を点け空を見上げる。

 夜空には黄色い月が浮かんでて、薄っすらとした雲越しに顔を覗かせている。そこ目掛けて息を吐き出せば、白い靄となって月明かりを遮断した。

 街がさらに暗くなる。街灯だけがぽつりぽつりと灯ってはいるが、程よい暗さだ。時刻は午前一時。とっくに日付が変わっていて、私の狙い通り人の姿も殆どない。仕事がやりやすいベストな状況だ。


「……冷えるな」


 タバコをくわえたまま思わず独りごちる。垂れそうになる鼻水をすすれば、近くを流れる下水の悪臭がツンと鼻を刺激してつい顔をしかめてしまう。


「申し訳ありません、遅れました」

「ふわぁぁ……眠い」


 湿った壁にもたれていると、アレクセイとカミルがやってきた。二人とも私と同じく全身真っ黒な戦闘服をまとい、背中や腰には、今回の仕事用の魔装具や特殊術式銃が吊り下げられている。そして額には、ミスティックが姿を隠しても見えるよう専用術式が付与されたゴーグル。それらを軽くチェックしてみるが、うむ、問題は無さそうだな。


「では行くぞ」


 街の外れの方にある、最新術式をフル使用した最新の下水処理施設。その直前にある排水槽のところから街の地下へと入っていくと後ろのカミルから、まさに苦虫を噛み潰したというべき声が届いた。


「うへぇ……くっせぇ。帰っていいか?」

「同感だ。私も一刻も早く帰ってシャワー浴びたい」


 何度来てもここの臭いは最悪だ。処理施設を通過した後ならまだしも、直前だからな。鼻がもげそうだよ。まったく、どうしてアイツらはこうも地下に集まりたがるのか……


「奴らは光を嫌いますからな」

「分かっている。愚痴ってみただけだ」


 堕ちた・・・連中というのは基本的に明るさを嫌う。故に集まるのが山の奥深くだったり、洞穴だったり、あるいは今回みたく都市の地下だったりする。

 ヘルヴェティア王国では基本的に逃げ込んできた神秘的存在を迫害も追い出しもしない。が、あくまでそれは理性的な連中だけだ。堕ちて理性を失ってしまえば奴らは人間に害しかもたらさない。言葉も通じず、昼間の連中がそうであったように、人間をそそのかして犯罪を起こさせるか、それかもっと直接的に破滅的な害をもたらそうとするかしかないからな。


「ミスティックの奴らの境遇を知ってしまえば同情もしたくなりますが……」


 暗くて臭いという地獄の様な地下通路を歩いていけば、アレクセイのつぶやきが静かに反響した。隣でカミルも同意する。

 ミスティックは人間よりも上位の存在だった。人類に時に恩恵を、時に畏怖を。そうして共存・調和していた。少なくとも私の中に眠る知識はそう物語っている。

 が、人類の技術が発展してミスティックの存在を必要としなくなったのに加えて「神」が人類側に明確についたことでミスティックは存在を否定された。いわば、「神」の掌返しの犠牲者だな。

 そうして行き場を失った連中が堕ちて理性を失い、こうした陽の光の当たらない穴蔵に住処を見つけてくれやがった、というわけだ。


「とはいえ、市民に手を出してしまったからには見過ごすわけにいくまい」


 本能で動いている奴らからしてみれば、人から多大な畏怖を頂戴していた過去と同じ仕草なのだろうがな。残念ながら人類は奴らに対抗する明確な術を手に入れてしまったし、なによりも、ソウルイーターの大事なエネルギー源でもある。今回もエレメンタルな生命に手を合わせて「いただきます」といこうか。


「カミル、連中の居場所は?」

「ちょっと待ってくれよっと……この先二時の方角。距離三百ってとこだな」


 カミルの大きな手のひらくらいの魔装具を睨みながら返事が戻ってくる。ミスティック用のいわゆるレーダーだが、サイズの割に小さなモニターには光る点が幾つか点滅していた。

 術式や魔装具の点で他国より王国は進んでいるが、ことミスティックについては聖教会には及ばない。まったく、アイツらのミスティックに対する情熱をもっと人間に向ければ良いのに、と常々思うが連中には直接言わない。下手に絡むと面倒くさいからな、アイツらは。

 さて、そんな事を考えながら慎重に進んでいき、特に問題なくミスティック共のすぐ側に到着した。物音を消す術式を展開し、壁から顔を出してそっと様子を伺う。


「やはり妖精種か……」


 その姿を見て確信する。妖精種、と聞けば大多数の人は小さくて可愛らしい姿を想像するだろうし、実際健全な妖精種はおおむねそれで間違っちゃいないんだが、今目の前にいるのはそんな愛らしいもんじゃない。

 人間大にまで姿が膨張し、その輪郭がぼやけている。手足は猿みたいに不自然に長く、顔は猫みたいだ。色彩さえ白っぽく単調で、そのくせ尖った牙の隙間から覗く舌と両目は真っ赤。どうあがいても私の感情をネガティブ方向にしか刺激しない。どこの絵心皆無な「画伯」が描いたんだと叫びたくなる醜悪さだ。そんな奴らがパタパタと可愛らしく翼を羽ばたかせて浮いているのはシュールにも程がある。


「少々数が多いか……」


 目視とレーダーで確認できるのは五体。正面切って戦えば問題ないだろうが、逃げられると厄介だな。


「――私が突撃して連中の真ん中を突っ切る。反対側の通路を塞ぐから二人はこちら側を封鎖しろ」

「了解」

「では――防御術式を展開。分かってると思うが、連中は我々の血肉よりも精神が好物だ。物理だけでなく精神側の防壁を展開させるとともに、決して近づかせるなよ」


 指示すると、二人の前で魔法陣が輝く。術式銃を構え、呼吸を整える。アイコンタクトを飛ばしてタイミングを揃え――一気に突撃した。


「■■■■――ッッッ!?」

「耳障りな声で騒ぐんじゃ――ないッッ!!」


 私たちが姿を見せたことで一斉に妖精たちが騒ぎ出す。形容しがたい耳障りな声を上げて私目掛けて、異形となった腕を振り下ろしてくる。


「ふっ!!」


 その腕を体を捻ってかわし、対妖精用の特殊術式をまとわせた腕で殴り飛ばす。ただの人間の一撃ならば何のダメージも与えられないのだが、特殊術式で妖精にも触れられるようになったこの腕の一撃はさぞ効いただろう。

 殴られた一体が叩きつけられて壁面にひびを入れながら倒れる。このまま喰らいつきたいところだがそれは最後のお楽しみだ。喉を鳴らしながらそいつの横を走り抜ける。

 奥に向かう私目掛けて連中が一斉に術式攻撃を放ってきた。

 が、無駄だ。そんな攻撃が私の防御術式を貫通などするものか。

 全てを弾き返して逆に私から銃撃をお見舞いすると向こうの防壁が砕けて術式が貫通し、紫の血を撒き散らした。


「逃げられると思うなッ!」


 向かってきた妖精たちの間をくぐり抜け、一番奥の逃げようとしていた一匹を追いかける。こういう時は成長しきれなかった小柄な体に感謝だな。

 飛行術式で低空加速し、相手の脚を掴む。そのまま力任せにぶん投げてやれば、他の妖精連中がまとめてなぎ倒されていった。よし、ストライク。

 さてさて、これで前はアレクセイとカミル、後ろは私。妖精どもの逃げ道は塞いだ。

 通路で仁王立ちをして見下せば、妖精たちも逃げられないと気づいたか、私たちを見る目が変わった。赤みが増し、眼光が鋭く牙が伸びていく。

 深い憎しみを抱いた、良い目だ。せっかく戦うんだ。そうでなければな。下手に慈悲を乞うような眼差しを向けられるよりよっぽど良い。

 キーキーと、まるでゴブリンどもが上げるみたいな鳴き声が消え、殺意ばかりが満ちていく。

 親指を立てて首筋をすっとなぞれば、高揚感に口端が歪んだ。


「――来いよ。魂まで喰らってやる」

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