2-6 クソッタレどもは時間外労働をさせたいらしい

 大きな荷物を抱えながら銀行へ到着すると、部下たちの姿がよりハッキリ見えてくる。危機的な状況はあったが、見た感じだとどうやら全員大きな怪我はなさそうだな。

 しかしあのバズーカの一撃は危なかったが、それ以外は見事だったと改めて感心したな。ニーナの助けもあったが、単なる街の警備隊には不釣り合いな程優秀なメンツだ。ま、隊の約半数は私とクソみたいな肥溜めで長く過ごした奴らだからな。これくらいできなきゃとっくにヴァルハラでクソどもにこき使われてただろうから、そう考えると褒めるのは逆に失礼かもしれん。


「中尉。おかえりなさい。そちらは?」


 着地した私に気づいたアレクセイたちが手を止めて敬礼し、私の両手の大荷物を尋ねてくる。なので人間の方をアレクセイに投げ渡しながら答えてやる。


「今回の銀行強盗の真犯人、といったところだ。どうやら本命はこちらだったらしい」

「なるほど」男の荷物を掲げてみせるとアレクセイが、捕まえた実行犯連中をチラリと見た。「強盗自体は陽動だったというわけですか。中身は?」

「さあな。王立銀行に保管されていたんだ。さぞ立派な油絵なんだろうとは思うが、確認する程の興味もない。もっとも、これだけの武装を準備できたんだ。資金力を考えれば背後にいるのはかなりの大物だろうよ」

「ランカスター共和国、あるいは神聖ロマーナですかな?」

「可能性は否定できんがおおかた戦禍で儲けた成金だろうよ。共和国でも皇国でも、さすがに火種がくすぶっている現状でこんな馬鹿げたことをするほど連中のネジも外れちゃいまい」


 戦争で死ぬのはクソみたいにマズイ、まだ腐りかけもしていないまともな人間ばかりだからな。そんな連中の魂でも喰えばアレ・・の足しにはなるが、私は御免だ。


「それはそれとして、ご苦労だったな、アレクセイ。さっきのは私も肝が少々冷えたぞ」

「ご覧になられてましたか。お恥ずかしいところをお見せしました」

「いや、敵の戦力を見誤った私のミスだ。まさか連中があそこまで軍用品を準備しているとは思わなかった」

「私もです。さすがに想定していませんでした」

「何にでも想定を外れたことは起きる。平和は望ましいが、その分我々のような人間の魂さえも腐らせていく。肝心な時に役立たずにならぬよう肝に銘じておきたいものだ」

「はい。今回はトリベール一等兵に完全に助けられました。それで、中尉――」

「分かっている。アイツが持っていた物に関しては私は何も見ていない」


 持ち出しは重要な規律違反だが、悪用目的ではなさそうだしな。助けてもらった以上、そのくらいなら目をつぶってやる。

 で、その立役者のニーナは部下連中に混じって当たり前のように現場の片付けをしていた。が、どうやら本来の仕事を思い出したらしく、「ぎゃあああっっ! 忘れてたぁぁぁっっ!!」などと悲鳴を上げて工廠の方に戻っていった。

 なんとも脱力してしまうが、感謝のついでだ。


「アレクセイ。すまないがこの後、トリベール一等兵の上官の通信先を調べてくれ」

「かしこまりました」


 今回の遅刻を取り計らってやるまではしてやろう。これで借りはなしだ。まあ、ニーナにしてみれば「貸し」など考えてはいなさそうだが。

 またたく間に見えなくなっていったニーナを見送ると、大きく背伸びをした。懐中時計で時刻を確認すればもうすでに十一時を過ぎていた。この後のことを考えれば昼飯は完全に抜きだな。クソが。


「アレクセイ、軍本部に連絡は?」

「連絡済みです。もうしばらくすれば対応の部隊が到着するかと」

「そうか。ならば到着次第お前たちは撤収しろ。帰還次第昼休みだ。ただし、装備の整備、点検だけは怠るなよ」


 管理職である私はともかくとして、部下たちにはしっかり休息を取らせないとな。別に訴えられることはないだろうが、なんとなく私のポリシーみたいなものだ。

 アレクセイたちが撤退の準備を始め、その後姿を眺めているとさっき放り渡した犯人が目に入った。私がやったこととはいえ、ぐっすり眠ってやがる。この野郎のおかげで一週間が最悪のスタートを切りやがった。顔に落書きでもしてやろうか、と近づいていくと、ツン・・とした独特の「臭い」が鼻についた。

 これは……


「アレクセイ、カミル」

「なんだよ、隊長?」

「壁を作れ」


 呼ばれてすぐ駆け寄ってきた二人に、端的にそう告げると二人の顔色が即座に変わった。こういった時に察しがいいと助かる。

 二人が背を向けあって私を挟み込む。それを確認すると私は――男の首筋に噛み付いた。

 男の皮膚が破れ、血がにじむ。硬い肉を舌が撫で、口の中に鉄臭い味美味が広がっていって思わず表情が緩む。っと、いかんいかん。教会のある山の中じゃないんだった。

 我に返ると血を舐め肉をほんの僅かだけ歯先で削り取る。すると、魂に染み付いた、単なる悪党とは違った独特の味と悪臭がハッキリと私の体に染み込んでいく。これは間違いないな。


「……どうです、中尉?」

「喜べ。どうやらクソッタレの神どもは私たちに時間外労働をさせたいらしい」

「くぁ~っ! マジかよっ!」カミルが顔を押さえて天を仰いだ。「今晩は久々にステージで演奏するチャンスだったってのによ!」

「残念だったな。私の部下になったのが運のツキというやつだ」

「はぁぁあ……マジか。まあしゃあねぇか。良いっすよ。これも契約ですからね。せいぜい働かせてもらいますよ」


 趣味のジャズバンドの参加見送りが決定したカミルがぼやくが、可愛い部下のためだ。マティアスの金を使ってレストラン貸し切りで朝まで飲み明かさせてもらおう。なぁに、アイツが我々の雇い主・・・だからな。金の使い方を知らん王子に実地で教えてやろうじゃないか。


「では今晩、一時に所定の場所に集合すること。いいな?」

「承知しました」

「へいへい、りょーかい」


 業務連絡を手短に終え、とりあえずこの場は現在の業務に集中させる。二人が離れていき、一人になったところで私が今晩の計画を頭の中で組み立てようとし始めたその時だ。


「やあ、久しぶりですね」


 背後から気安く声が掛けられた。話しかけられる今の今までまったく気配を感じさせていなかったが、別に驚きもしない。少々心臓に悪いが、こいつの趣味の悪さはいつもだからな。


「久しぶりというほどでもないだろうが、アレッサンドロ。たまには堂々と近寄ってみたらどうだ?」

「やだなぁ、アーシェさん。そんなことしても追い返す気満々のくせに」


 背後に立った男――アレッサンドロ・トーニはヘラヘラと笑った。

 濃紺の神父服に頭からコイフを被り、胸元には十字のロザリオ。明らかにこの場にふさわしくない服装だが、それを咎める人間は誰一人いない。

 それは別にコイツを周りの人間が見慣れているわけでもなければ、文句を言わせないほど権力を持っているわけではない。ただただはた迷惑なことに、誰にも気づかれずにここまでやってきているからだ。そのくらい、コイツの隠密に関する能力は図抜けている。


「当たり前だろうが。『教会』の連中が来ていい場所じゃない」

「でしょう? ならこっそり来るしかないじゃないですか」


 ケタケタとアレッサンドロは被ったコイフの裾を揺らした。

 コイツの所属はいわゆる「教会」。より正しく言えば「聖教会」か。私も教会という「建物」を所有しているが、コイツらの「聖教会」は神聖ロマーナの教皇をトップとする宗教組織だ。

 シュオーゼ大陸全土に信者を抱える一大宗教。一応政治上の組織と宗教上の組織は分離されているが、そんなお題目信じてるのは信者と無垢な赤ん坊くらいなもんだ。


「それで、今回の事件は『ミスティック』が絡んでるんですか?」


 ミスティック。簡単に解釈するなら「神秘側存在」と言えば良いだろうかね。

 この・・世界ではそういった神秘側の存在は珍しくない。いわゆる妖精、吸血鬼、魔女、エルフが主にミスティックと呼ばれる連中だが、つい百年前くらいまでは当たり前のように人間と共存していた。

 だが悲しいかな、この百年で一気に術式だったり科学技術だったりが発達し、なによりどこぞのクソが存在そのものを否定しているせいで今じゃみんな隠れたり人間のふりをしてる。なもんで表立って見る機会はそう多くない。

 同じ側で生きる存在としては悲しいが、今やこの世の中は神秘側の存在を許してくれないらしい。

 クソ神どもの思し召しは、己以外の神秘は排斥すべし。そしてこのご意向を汲んで「神秘狩り」を行っているのが、まさにこの「聖教会」だ。神以外の神秘は不要と主張していろんな場所で日々熱心に「神秘狩り」をしている。アレッサンドロもそうした人間の一人だ。


「分かってることをわざわざ聞くな。それから――『聖教会』は口を出すなよ?」

「ええ、そりゃもう。アーシェさんと離れ離れはゴメンですから」


 だが王国は数少ないミスティックに寛容な国だ。他所の国みたいに我が物顔で神秘狩りなんぞしようものなら光の速さで政治問題になる。聖教会が王国内にアレッサンドロみたいなのを置いているのも政治的な妥協の結果であり、できることといえば、せいぜい神秘側存在の発見と監視くらいなものである。

 おまけにアレッサンドロがちゃらんぽらんな、なんちゃって神職者だからな。こうして私に時々ちょっかい出してくるくらいで実害らしいものはない。邪魔は邪魔だが。


「ですけど、必要であれば協力しますよ? もちろん個人的に。本国には黙っておきますし」

「分かった分かった。そんな時がくれば声を掛けさせてもらうさ。だからさっさとどっか行け」


 ケツを一発蹴り飛ばしてしっしっと、まるでそこらの犬猫にするような仕草で追い払うと、どういうわけかコイツは恍惚の表情を浮かべながらブルブルっと体を震わせて去っていった。

 ……まあ、なんだ。私は神よりも寛容だからな。誰がどういう性癖を持っていようが気にしない。私にも同じ性癖を強制されるなら容赦なく喰い殺すが。いや、しかしアイツはそれすら喜びそうな……

 私に肉体を喰われながらエクスタシーを感じるという、なんとも恐ろしい想像が浮かんだところで考えるのを止めた。知らない方がいい世界というものもあるのだ。

 気を取り直して空を見上げる。青空には白い半分に欠けた月がおぼろげに浮かんでいた。

 さて。思わず舌なめずりしてしまう。神秘側ミスティック相手の仕事は久しぶりだ。


(ああ……)


 待ち遠しい。今夜は、どんな魅力的な味だろうか。



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