風船を持ってUターンしてきたキツネ

アほリ

風船を持ってUターンしてきたキツネ

 けーーーーーーん!!


 けーーーーーーん!!




 大海原に覆われた流氷の上を、1匹の雄のキタキツネが延々と歩いていた。


 「うう~~寒いぃぃぃ~~~~~!!俺って何処まで歩いてきたんだろうなぁーーーーーーー・・・」


 キタキツネのロンは、ふーーーーッ!!と息を吹いてみた。



 もわもわもわもわもわ・・・



 「わーい!息が凍ったーーー!!

 ・・・って俺はなにしてんかいっ!!

 嗚呼ー、まだ向こうの大陸まで着かないんかい?

 ずーーーーっと、延々に景色が氷原だらけって、もう飽きたんすけどぉ!!」


 キタキツネのロンはそれからも口から白い気体を吐きながら、この流氷の上を歩き続けた。


 ずっと歩き続けた。


 ずっと歩き続けた。


 ずーーーーっと歩き続けた・・・


 「あ゛ーーーーーー!!飽きたぁーーー!!

 歩いても歩いても歩いても歩いても、凍った世界。ずーーーーっと真っ白!!」


 「ん?!」


 キタキツネのロンは、目の前に赤い何かフワフワと揺れているのを見つけた。


 「何?この・・・赤い・・・花?!

 花・・・流氷に花?!」


 ロンは、その流氷の上にフワフワと揺れている赤い・・・花・・・


 

 ・・・はっ・・・!!



 ロンの失くしかけた思い出の記憶が、いきなり再生した。



 ・・・・・・

 ・・・・・・



 「おとん、このフワフワした丸い『お花』なあに?」


 子ギツネ時代のロンは、父ギツネに巣穴の前でフワフワと浮いている奇妙な丸い『花』の事を聞いてみた。

 父ギツネは何でも物知りだったので、花や鳥や虫や他の動物の名前は、全部父ギツネから教えて貰った。


 「ははーん。これはね・・・」


 父ギツネは突然何を思ったか、息を深く吸い込むと頬をめいいっぱい孕ませた。


 「・・・?」


 「『・・・?』って、息子よ、

 俺の渾身の身体を張ったギャグ解らないよな!!

 これは『花』じゃなくて、『風船」っていうものだよ?!

 『ふ・う・せ・ん!!』



 ・・・・・・

 ・・・・・・



 「風船・・・」


 キタキツネのロンは、しばし半ばヘリウムガスが抜けて浮力が少なくなり、紐が氷原に触れている赤い風船をしばし見とれていた。


 

 ふっ・・・



 「あれ?そうだ!!」


 キタキツネのロンは、北の大地に『諸般の事情』で置いてきた『番』の雌ギツネのチーの事を思い出した。


 「確か・・・俺の許嫁のチーに、風船の話をしたら、

 「ホント?!風船ってそういうのなの?!私欲しいぃぃ!!」

 と、言ってたのにな・・・?」


 その時、キタキツネのロンはある決断をした。


 「こ、この風船を持ち帰って、愛するチーちゃんにあげよう!!」


 キタキツネのロンは、鼻の孔をパンパンにして興奮した。

 

 「この風船をチーちゃんにあげたら、どんな気持ちかなあ?

 「ロンさんありがとう!」

 って、また再婚して・・・また一度・・・」


 キタキツネのロンの『諸般の事情』・・・実は、出来心で他の雌ギツネとチーに内緒に不倫してしまい、

 それが切っ掛けで、自らのケジメの為に1匹で流氷の遥かな向こうの隣の大陸で、心機一転新たな生活を迎えようとしていだが・・・


 「やっぱ・・・俺の不倫相手のあいつより、チーちゃんの美貌と比べれば・・・

 うう・・・やっぱり・・・

 目に浮かぶ!

 俺がチーちゃんにプレゼントする、この赤い風船にチーちゃんが、

 「本当にいいの?ありがとう!!」

 って言って、またあの丘で一緒に・・・して・・・ニヤリ。」


 キタキツネのロンの妄想が、どんどん風船のように大きく膨らんでいった。


 「いや・・・まてよ?!

 このまま風船をプレゼントして済む問題か?

 事の元凶は、俺がチーちゃんを出し抜いて、不倫とかしでかしたんだし・・・」


 そんな真逆のシチュエーションを妄想するやいなや、ロンの心の中のこの想いは風船から空気が抜けたように萎んでいった。


 心の中のチーへの想いが全部シオシオに萎んだとたん、今度はいきなり急激に心の中の雌ギツネのチーへの想いが勢いよく膨らんでいき、

 今度はロンの脚を軸にくるっと一回りして、文字通りの『Uターン』を決めた。


 「チーちゃん!待ってろよー!!俺!君の大好きな風船持ってくるからなー!!」


 キタキツネのロンはそう言うと、息を深く吸い込み頬っぺたを膨らませ、まるで風船の吹き口から空気が抜けて吹っ飛ぶように猛ダッシュで流氷の氷原を、愛する雌ギツネのチーへ向かって駆け抜けた。



 ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!



 「おーい!!お前はロンかーーー!!

 ローーーン!!

 何だお前は!!結局戻るんかーーー!!

 やーーーーっぱり『あいつ』に未練あるんだろーーー!!

 それに、お前何で風船持ってるんだーーー!!

 割っていい?割っちゃうよーーー!!

 けけけーーーーーん!!」


 「げっ!!やべぇ奴に見つかった!!」


 ロンの向かっていく先には、ロンの恋敵のトカップスが向こう側から追突せんとばかりに迫ってきた。

 

 「やべえ!!こいつには因縁がありすぎるんだ!!

 目がギラギラしてる!!怖ええええ!!」

 

 ロンは、トカップスの追撃から逃れる為に必死に逃げた。


 「ねーー!!風船割るのと、風船の空気抜いちゃうのとどっちがいいーーーー!!

 けけけーーーーーん!!」



 ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!ざっ!


 ずるっ!!


 どてっ!!



 ふうわり・・・



 「しまったーーー!!」


 キタキツネのロンが、氷原に脚を滑らせて転倒した弾みで口から風船の紐を誤って離してしまい、赤い風船はヘリウムガスの残り少ない浮力のままゆっくりと、空へ昇って飛んでいってしまった。


 「やーいやーい!風船飛んじゃったーー!!」


 キタキツネのトカップスは、悔しがって空を見上げるロンに向かってあっかんべーすると、そそくさと流氷を渡って逃げてしまった。


 「あーーー・・・どうしよう・・・チーちゃんにあげたい風船が・・・」


 赤い風船が、鉛色の空へ吸い込まれていくようにそら高く飛んでいくのをロンはうっふら一筋の涙を浮かべた潤んだ目で見つめていた。


 

 「ぴゅーーーー・・・」



 「ん?オジロワシ?」



 ぽーん。



 「何か身体に当たったなあ・・・あ、飛んできた風船か。」



 赤い風船が飛んでいく空に、1羽のオジロワシが赤い風船とニアミスしたとたん・・・



 「あれ?風船の高度が下がっていく・・・」


 オジロワシにぶつかった反動で風船は、下へ下へと降りていった。


 「まってぇーー!風船!!」


 キタキツネのロンは、必死にどんどん高度が下がっていく赤い風船を追いかけた。


 「あっ!元来た北の大地へ降りていく・・・」


 ロンは、いつの間にか北の大地に戻っていた。


 「やべぇ!見失っちゃった!!」


 キタキツネのロンは、キョロキョロと風船が降りていった元居た辺りを見渡し、鼻を突き上げてクンカクンカと微かに漂う風船のゴムの臭いをかぎ分けた。


 


 くんかくんかくんかくんかくんか・・・



 「風船の臭いなんかする訳ねぇか。

 しっかし、惜しいなあ・・・チーちゃんに風船をあげて頼を戻したかったのになあ・・・

 やっぱり俺は、あいつとは縁が無くて・・・ケジメつけてこの北の大地を出ていくしか・・・」




 ぷぅ~~~~~~~・・・



 「ん?後ろで風船が膨らむ音・・・」



 ぷぅ~~~~~~~~・・・



 「チーちゃん!!君!チーちゃんじゃね?!

 どうしたの、風船なんか膨らませて。」


 ロンの後ろで、息を入れて風船を膨らませていたのは、正真正銘の雌ギツネのチーだった。


 「あら、久しぶり。」 


 雌ギツネのチーの風船を膨らませる姿は、頬っぺたのぷっくりとした膨らみでさえ美しく、暫しロンは見とれていた。


 「やぁね!見ないで!!他の雌ギツネと付き合ってたんでしょ?!」


 「それは・・・それで、この風船は何処で・・・」


 「やぁね!そこで拾ったのよ!だいぶ萎んでたから、あたしが大きく膨らませてあげようと・・・あんたには関係無いでしょ!!」


 チーは、ツン!とロンをあしらうと再び赤い風船を口で膨らませた。




 ぷぅ~~~~~~~・・・



 雌ギツネのチーの膨らませているゴム風船は、やはりロンが追いかけていた赤い風船だったのだ。


 ロンがチーに、持ってきた風船。

 結果オーライで間接的だったが、今でも愛するチーに渡せる事が出来て嬉しかった。




 ぷぅ~~~~~~~~・・・



 「チーちゃん、それはいいけど・・・膨らませ過ぎるよ・・・これ直ぐに割れるよ!!」


 キタキツネのチーが膨らます赤い風船が、ネック部分まで膨らんで洋梨のようにパンパンになり、ビビったロンは耳を必死に抑えて言った。


 「そうね。」


 雌ギツネのチーは、口から膨らませていた赤い風船の吹き口をそっと離すと、



 ぷしゅ~~~~~~~~ぶぉぉぉぉ~~~~しゅるしゅるしゅるしゅる!!



 と、右往左往に吹っ飛び・・・



 ぱっ!!



 「えっ?!お前は誰?!」


 突然、向こうの方から風船の中の空気が抜けた隙を狙って、1匹の逞しい雄ギツネが萎んだ風船をジャピングキャッチしてきた。


 「不倫君紹介するわ、私の新たなフィアンセ。『テンパイ』さん。宜しくね。」


 

 がーーーーーーーーん!!



 ロンは、絶句した。


 ロンが居ない間、チーは他の雄ギツネを探して極秘に再婚していたのだ。


 「あんたがわたしを不倫したから、『不倫』にはこっちも『不倫』ね。

 じゃあね!あんたはもう愛してないから。」


 チーはあっかんべーしてそう言うと、チーの口を付けた風船をくわえるテンパイを連れて


 「まいいか。また流氷の向こうの違う国へ行って、恋するとこからやり直しさっ!!」


 ロンは逆にせいせいした気分になり、流氷へ行く足取りは、まるで無数の風船を身体に結んだ気分で軽やかになった。





 ~fin~





 

 




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風船を持ってUターンしてきたキツネ アほリ @ahori1970

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