83 桜子ちゃんのドッキリタイム

 私の部屋で静かに勉強をしながら、彼の到着を待っていた。


 ドキドキしながら。


 いつも、彼が来るときはドキドキしているのだけど。


 今日はまた特別だった。


 ピンポーン、と。


 玄関のチャイムが鳴る音がした。


 下でお母さんと彼の声が聞こえる。


 やがて、階段を上がる音がして、


「桜子、光一くんが来てくれたわよ」


「どうぞ、入って」


 私が言うと、ドアが開く。


「よっ、桜子」


「あら、光一。よく来たわね」


「何だよ、偉そうな言い方だな」


「だって、ここは私の部屋だもの」


「まあ、良いけど」


 光一は私の部屋に入って来ると、勉強机の前に座る私の所にやって来た。


 そして、むぎゅっと、背後から私の胸を持ち上げる。


「えっ?」


「相変わらず、ずしっと重いな、桜子のおっぱいは」


「ちょ、ちょっと、いきなり胸を揉むなんて……」


「え、嫌なの?」


 光一はいつもながら、見事な手つきで私の胸を揉みしだく。


「ふっ、くっ……あっ」


 私は服の袖を噛みながら、必死に声を抑える。


「桜子、我慢しなくても良いんだよ?」


 光一が耳元で囁くように言うと、今にも天国に昇ってしまいそうなくらい、ゾクゾクした。


 けど、今日は……


「……や、やめて」


「えっ?」


「今すぐ、私から手を離して……」


「あっ、ごめん……」


 光一は私の胸から手を離す。


「おい、桜子。今日は何か、ちょっと変だぞ?」


「え、そんなことないわよ。私はいつも通りよ。ただ、勉強中にいきなり胸を揉まれて、ちょっと嫌だっただけ」


「へぇ、そんなこと言っちゃうんだ? お前から呼んでおいて、せっかく来てやったのに」


「別に、あなたこそ来たかったんじゃないの?」


「何だよ、桜子。今日は随分と反抗的だな」


「ふん」


「ならいっそのこと、別れるか?」


 来た、と心の中で思った。


 この言葉を、待っていた。


「……そうね、別れようかしら」


 少し間を置いて重くしてから、私はそう言った。


 顔だけ振り向くと、光一はわずかに目を丸くしている。


「……冗談だよな?」


 私は首を横に振る。


「もう、何だか疲れちゃったわ」


「そう、なのか……」


 私は立ち上がり、光一と向き合う。


「光一、別れましょう」


 私はそう言った。


 もちろん、これは本心ではない。


 実は今日、光一にドッキリを仕掛けようと思っていたのだ。


 いつも、私ばかり良いようにやられているから。


 彼に仕返しをしてあげたくなったのだ。


 だから、私たちの定番のやり取りになっている、


『じゃあ、別れるか?』


『別れない!』


 の時。


 もし、私が本当に別れると言ったらどうなるのか、ドッキリ。


 はてさて、どうなることやら……


 まあ、適当なタイミングでネタバラしをすれば良いでしょう。


「桜子、もう一度だけ聞くけど……本当に、俺と別れたいのか?」


「だから、そう言っているでしょう? あなた、オレ様な感じがカッコイイと思っているのかもしれないけど。昨今の女子ってそういうの、嫌いな子が多いのよ? かくいう私もそうなのだけど」


 私はつらつらと言う。


 本当は、オレさま、光一さまな彼のことが大好きだけど。


 ぶっちゃけ、私はドMだから、いつも死ぬほど興奮しているし。


 さあ、光一。ここで食い下がりなさい。


 そして、私に対する愛を示すのよ!


「……そうか、分かった」


「えっ?」


「ごめんな、桜子。今まで、いっぱい辛い思いをさせたよな」


「こ、光一? 本当に、このまま私と別れちゃっても良いの?」


「もちろん、嫌だけど……仕方ないよ。だって、俺のせいで桜子が辛い思いをするのは嫌だし」


「そんな、私は……」


「桜子は頭も良くて、美人で、巨乳で、ハイスペックだからさ。俺よりも、もっと良い男と巡りあって、結婚できるよ」


「こ、光一……」


 彼は私のそばに寄って来る。


「今までありがとう、桜子」


 彼の少し寂しそうな微笑みを見ると、胸がズキリと痛んだ。


「……幸せになれよ」


 そう言って、彼は部屋から出て行く。


 バタン、とドアが閉じた。


「えっ、嘘……これでもう、終わり?」


 私はその場で愕然としてしまう。


 今まで二人で積み上げて来た時間が、こんな下らないドッキリの真似事のせいで……


 終わりなの?


 私はすっかり力を失い、その場にへたり込む。


 それから、涙が溢れて来た。


「うっ……光一のバカ……何であんなすぐに諦めるのよ……もっと、食い下がりなさいよ……」


 自分で勝手なドッキリを仕掛けておきながら、何を言っているのかって話だけど。


 それでも、彼が強く私を求めてくれないことが、とても悲しかった。


 所詮、彼にとって、私はその程度の存在だったのだと……


「……光一のバカ……戻って来てよ……もう、何でもさせてあげるから。一日中、私のおっぱいをこねくり回しても、もう文句を言わないから……だから、戻って来てよ~!」


 私は恥も外聞もなく、喚くように叫んだ。


 ガチャリ。


「え、マジで?」


「へっ?」


 あっさりと帰って来た光一を前に、私は目をパチクリとさせる。


「なーんか、初めからちょっと様子がおかしいと思っていたけど、桜子さん。もしかして、ドッキリでも仕掛けていた?」


「ギクリ……」


「やっぱりな。さしずめ、『別れるか?』『別れない!』のやり取りの時、本当に別れると言ったらどうなるのかドッキリだろ?」


「ギクギクリ……そ、そんなことは」


「もう隠さなくて良いよ」


 光一は私のそばにやって来ると、片手で両胸の先の方をぎゅーっと掴む。


「んっ……あああああああああああぁ!」


「ひどいな~、桜子。一瞬、マジで勘違いしちゃったじゃんか」


「だ、だって、いつも光一が私のことを苛めるから……」


「だからって、物事には限度があるだろ? 俺はな、お前を失ったら、もう生きて行けねえんだよ」


「そ、そうなの? だったら、何ですぐにあきらめるのよ?」


「それは……お前に、幸せになってもらいたいから」


「えっ?」


「俺はクズな男だからさ。本当は、もっとまともな男と結ばれた方が、桜子の将来のためになるんじゃないかって、いつも思っているんだ」


「……バカ、そんなことあるはずがない。だって、私はずっと、ずっと、将来はあなたのお嫁になるんだって決めていたんだから! そう言ったでしょ!」


「ごめん、桜子」


「謝るくらいなら……キスしてよ」


「桜子……」


 彼は切なくも優しい微笑みを浮かべて、私の頬に触れる。


 それから、そっと優しくキスをしてくれた。


「……んっ。もっと、激しくしても良いよ?」


「いや、またやり過ぎて、桜子に嫌われたらと思って……」


「大丈夫だから……確かにムカつくけど、私はあなたにいじめられるのが好きなの」


「じゃあ……もっと苛めても良い?」


「うん、良いよ」


 私が頷くと、彼は先ほどよりも激しく、キスをしてきた。


 いつも、彼はその見事なテクニックで私をトロけさせるけど。


 今日は何だか荒々しくて。


 そんな彼に対しても、ドキドキしちゃう。


「はっ、はっ……桜子……お前は俺だけのモノだ……絶対、他の誰にも渡さない」


「あっ、はっ……じゃ、じゃあ……もっと苛めて……私を、あなたナシじゃ生きられない体にして……」


「してやるよ……体中に俺とまじりあった証を、お前に刻んでやる……」


「な、何それ、すごくゾクゾクしちゃう……んあッ、はッ!」


 そして、私は。


 大好きな彼に、いっぱい傷モノにされた。


 でも、幸せだった。







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