69 プロの女

 誰かと電話をする彼の横顔を見つめていた。


 カッコイイけど……


「じゃあ、アユミさん。よろしくお願いします」


 そう言って、彼は電話を切った。


「……ねえ、アユミって誰?」


 私は努めてヤンデレ風にならないように言った。


「ん? セクシー女優だよ」


「へえ、セクシー女優……えっ?」


 私は目を丸くした。


 それって、つまりは……


「……そう。あなたのテクは、とうとうプロの女を落としてしまったのね。この浮気者」


「バカ、勘違いすんな」


 私は軽く頭をチョップされる。


「痛い……」


「彼女も俺のブログの読者らしくてな。彼女自身も、ただセクシー女優をするだけじゃなくて、若い子たちに正しい性知識を教える活動をしているらしいんだ。だから、俺もブログでそういった記事を書こうと思って。そのために、取材をするんだ」


「じゃあ、その女とエッチはしないのね?」


 私が言うと、彼は少し間を置いてから、


「それは分からないな」


「は? ぶっ殺すわよ」


「嘘だよ。ほれ」


 ツン、とされる。


「あッ……」


 それだけで、私はクラっとした。


「お前も大人しく、俺に記事のネタを提供しろよ」


「バ、バカ……あんッ♡」




      ◇




 そして、インタビュー当日がやって来た。


「桜子、何でついて来るんだ?」


「当然でしょ? 浮気防止よ」


「全く、俺ってそんなに信用がないかね~?」


 光一は呆れたようにため息を漏らす。


「だって、心配なんだもん……」


 私が口を尖らせて言うと、


「分かったよ」


 仕方なさそうに言いつつも、優しく頭を撫でてくれた。


 私はつい口元をほころばせる。


「ここだ」


 やって来たのはファミレスだ。


「お、いたいた」


 光一がそう言って、席に向かう。


「アユミさん、どうも」


 そこに居たのは、金髪のスレンダーの女性だった。


 正直、すごくきれいだと思う。


 何より、纏っているオーラが……どうしよう、怖気づいてしまう。


「あら、光一くん。どうも~」


 彼女はそう言って、


「もしかして、隣の子は彼女かな?」


「はい。東条桜子です」


 光一に言われたので、私は慌てて頭を下げる。


「初めまして、前園歩美まえぞのあゆみです」


 ニコっとそう言われて、私は会釈をする。


「何か飲んでます?」


「コーヒーよ」


「じゃあ、俺もそれで。桜子はどうする?」


「わ、私もそれで良いわ」


「分かった。お前は砂糖とミルクを多めにな」


「ちょ、ちょっと、バカにしないで」


 つい、声を上げてしまう。


 すると、


「くすくす……仲が良いわね」


「あ、ごめんなさい」


「良いのよ、桜子ちゃん。光一くんのことが大好きなんだね?」


「いえ、その……はい」


「ていうかさ、そのおっぱいって天然? まだ高校生だし、何もイジってないよね?」


「は?」


「こいつ、Jカップです」


「ちょっ、光一!」


「デカ~い。ねえ、高校卒業したら、AV女優にならない? あたしから監督に紹介するよ?」


「は、はぁ?」


「おい、歩美さん。勘弁してくれよ。こいつは俺だけのモノだから。そうだろ、桜子?」


「は、はい……」


「うわぁ、マジでラブいね~」


 歩美さんはまた笑ってくれる。


「じゃあ、早速インタビューを始めましょうか」


 注文の品が届いた所で、光一の仕事が始まる。


 正直、私は隣に座っているだけ。


 彼のことをじっと見つめている。


 やっぱり、カッコイイ。


 元からカッコイイけど、仕事をしている姿が……ヤバい、キュン死しちゃう。


「ねえ、桜子ちゃん」


「はい?」


 いきなり呼ばれて、声が裏返ってしまう。


「光一くんとする時、ちゃんと着けている?」


「へっ?」


「ゴム」


「あ、はい」


「ていうか、初めてする時、こいつが自分で用意したんで。一箱30枚入りだから、夏休みの間、毎日しようねって」


「ちょ、ちょっと!」


「何それ、超かわいいんだけど」


 あぁ、また歩美さんに笑われてしまう。


 プロの方だから、きっとそんな私のことなんて、バカにしているに違いない。


「羨ましいな。あたし、初体験は仕事でだったから」


「えっ? その、お仕事をする前に、たくさん経験していたんじゃ……」


「ううん。最近は、処女のままデビューする子も多いよ。あたしもそうだったの」


「そ、そうなんですか。歩美さん、綺麗だし、すごくモテそうだけど……」


「ああ、私はイジっているから」


「へっ?」


「ちなみに、これが昔のあたし」


 歩美さんはスマホで写真を見せてくれる。


「な、何でそこまでして……」


「単純に、自分を変えたかったから。けど、このお仕事をして行く内に、自分なりに思う所があってね。もっとちゃんと、性に対する知識を広めないとって」


 私は黙って彼女の話に耳を傾ける。


「こういう世界にいると、そういったトラブルも身近だからね」


「そ、そうなんですか……大変なお仕事ですね」


 私が言うと、歩美さんは微笑む。


「けど、やりがいあるわよ」


 その笑顔が、眩しいと思った。


「桜子ちゃんも女優やる?」


「え、遠慮しておきます」


「あら、残念」


「何、歩美さん。スカウトマンにでも転向したの?」


「まあ、いつまでも女優は出来ないから、今の内に仕事の幅を広げておかないと」


「ちゃんと考えているんですね。尊敬します」


「ありがとう、桜子ちゃん」




      ◇




 二人で並んで街を歩ていた。


「ねぇ、光一」


「ん?」


「私、今までああいった女優さんのお仕事に偏見を持っていたの」


「そうか」


「けど、立派なお仕事だって分かったわ」


「歩美さんに伝えておくよ」


「やだ、恥ずかしい……」


 私が顔を俯けると、光一はそっと手を握ってくれる。


「じゃあ、行こうか」


「え、どこに?」


「ここ」


 やって来たのは、レンタルビデオ屋だった。


「何か借りるの?」


「ああ。歩美さんのビデオをな」


「へぇ、そうなんだ……はッ?」


「言っておくけど、浮気じゃないぞ? これも記事を書くためだから」


「あなた……私がいない内に、変なことしないでしょうね?」


「変なことって?」


「そ、それは……もう、バカ!」


 やっぱり、腹立たしい男だった。







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