61 ペットな彼女

「ねえ、こーニャン」


「何だ?」


「今さらだけど、白昼堂々とこんな変態の所業を晒しながら歩いてまずくないかな?」


「大丈夫だよ。周りはみんな大人だから。若気の至りと笑い飛ばしてくれるさ」


「けど、さっきから周りの人たちがドン引きしているように見えるんだけど、気のせいかな?」


 俺はピタリと立ち止まる。


「おい、要石」


「ニャ?」


「お前はそんな半端な覚悟で俺にリードを渡したのか?」


「こ、こーニャン……」


「そもそも、お前が欲しがったんだろ?」


「け、けどこーニャンだってノリノリだニャン!」


「黙れ、主に口答えをするつもりか?」


 俺はリードを軽くグイと引っ張る。


「ニャッ!?」


 要石は少し喉が苦しそうに声を漏らす。


「お前の飼い主は誰だ?」


「こ、こーニャン様です……」


「よし、良い子だ。ご褒美に、名前で呼んでやろう……萌葱もえぎ


「ニャッ……」


 途端に、彼女は目を丸くして軽く身震いした。


「どうした?」


「う、嬉し過ぎて……軽く昇っていたのニャ」


「たかだか名前で呼ばれたくらいで、どうしようもない変態だな」


「あぁ~、こーニャン様ぁ~、もっとあたしのことを苛めてくださいニャ~!」


「黙れ、寄るな、鬱陶しい」


「ニャハ~ン!」


 確かに、周りの人たちは軽くドン引きしていた。


「おい、要石。あまり悶えるな、気持ち悪いから」


「だ、だって、こーニャンが……ハァハァ」


「全く、仕方のない女……いや、メス猫だ」


「ニャフゥ~ン!」


「やはり、こんな風にリードを繋いで道路を歩くのは変態すぎるからな。とりあえず、さっきの公園に戻ろう」


「けど、公園に戻った所でニャン。むしろ、そっちの方が親子連れとかが居て苦情を受けるのニャン」


「いや、むしろ教育だろ」


「何の教育ニャ」


 俺たちはお互いにゴタゴタ言いつつ、先ほどの公園に戻った。


「ふぅ、けどまあ、良い運動になったな」


「ニャン♡ 大好きなご主人様と一緒に散歩ができて幸せなのニャン♡」


「お前もドMだなぁ」


「その方が可愛いでしょ?」


「けど、まあ、桜子に比べたら……」


 ポン、と肩を叩かれる。


 振り向くと、微笑を浮かべる美女が居た。


「……おや、桜子さん」


「こんにちは、クソ浮気彼氏くん」


「またまたぁ、人聞きの悪いことを言うなぁ」


 俺は軽く笑って言う。


「うふふ……じゃあ、今から殺しても良いかしら? その泥棒猫と一緒にね」


「怖いのニャ~!」


「いや、萌葱は悪くないから、殺すなら俺だけにしてくれ」


「こ、こーニャン♡」


「は? 今、そのメス猫のことを名前で呼んだ?」


「ああ、可愛い俺のペットだからな。名前で呼んでやらないと失礼だ」


 俺が言うと、桜子は歯噛みをする。


「……もう、絶対に許さないんだから」


 拳を握り締めて、俺に殴りかかろうとする。


「待て」


 俺が一声発すると、桜子はピタリと止まる。


 その間に、俺は萌葱に歩み寄り、リードを付けたまま首輪を外す。


「あっ……こーニャン?」


 俺は要石から離れると、再び桜子の前に立つ。


「お、おのれ、光一め……」


 再び俺に襲いかかろうとする桜子の隙をついて、


「えいっ」


 俺は首輪を装着した。


「なっ!?」


 桜子は激しく動揺する。


「よし、次はお前の番だよ、桜子。萌葱のことが羨ましかったんだろ?」


「そ、そんなことは……」


「ほら、歩けよ」


「じょ、冗談でしょ?」


「良いから、歩けよ」


 俺が少し強めに言うと、桜子はブルっと震える。


 それから、しずしずと歩き出した。


「良い子だな、桜子」


「うぅ~! 何度も言っているけど、どうしてこんなクズ男に惚れちゃったのかしら!」


「こら、桜子、うるさいぞ。周りの人の迷惑だ」


「今この状態が迷惑よ! 公衆の面前でこんな……わいせつ罪よ?」


「それはさておき、桜子」


「さておくな」


「お前は犬のくせに、なぜ立っているんだ?


「え、私は犬なの!?」


「そうだ。萌葱が猫なら、お前は犬だろ」


「な、何てこと……」


「ほら、お前は犬なんだから、ちゃんと四つん這いで歩けよ」


「ほ、本気で言っているの?」


「当たり前だろ?」


 俺が言うと、桜子はひどくうろたえた。


 そして、また身を震わせる。


「……わ、分かったわよ」


 桜子はゆっくりと、膝を曲げて腰を落とす。


 その様を、俺は静かに見守っていた。


「うっ……くっ……こ、こんなの、あんまりだわ……」


 桜子は目をきゅっと閉じて言った。


「――泣くな、桜子」


 俺は背後から彼女を抱きとめた。


「……えっ?」


「冗談だよ。可愛い彼女にそんなひどいことさせる訳ないだろうが」


 俺は桜子を起こしてやると、そのままキスをした。


「んっ……あっ……ちゅっ……あっ……」


 軽く舌で桜子の口内を掻き回した。


「はぁ、はぁ……こ、光一」


「ごめん、桜子。お前が可愛いすぎるから、俺はいつもついやり過ぎてしまうんだ」


「か、可愛い……ズキュン」


「けど、これ以上はお前を傷付けたくないから、別れよう」


「死んでも別れないから」


「別れよう」


「別れない」


「別れ……たくない」


「別れま……せん!」


 桜子は強く言い切った。


「お、今回は引っかからなかったな」


「お黙りなさい、変態浮気彼氏」


「最低の野郎だな」


「あなたのことよ、おバカ」


 桜子はぷくっと頬を膨らませて言う。


「やれやれ、結局はバカップルの所業を見せつけられたのニャン」


「まあ、そう言うなよ、萌葱」


「ねえ、ちょっと、光一。何でこの女を名前で呼ぶの? やめてちょうだい」


「良いじゃんか。こいつとも長い付き合いなんだし」


「そうだよ、さくらニャン。胸は大きいくせに、器は小さいのニャン」


「ぶっ殺すわよ」


 この後、3人でラーメンを食べに行った。







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