58 全力少女には優しく応えよう

「え~、皆さま~。この度、わたくしこと要石萌葱かなめいしもえぎは、春日光一のペットになりました。


 皆さんご存知、学園の星たる東条桜子を落とした真正のクズ男の魔の手が、とうとうこのもえニャンにもおよび、このように相成った次第でございます。


 つきましては、日頃よりわたくしを脳内でペットにしていた男子諸君には大変申し訳ないのですが、今度から専属のご主人様がいらっしゃいますので。


 どうか、ご了承のほど、よろしくお願い申し上げます!」


 彼女は声高々に演説をする。


「何してんだお前は」


 俺はその頭に容赦なくチョップを食らわせた。


「へぶし!」


 要石は面白い声を出してうずくまる。


「あ、ご主人様♡」


「黙れ、クソ猫が。お前のせいで、ただでさえ汚れている俺の名前が、更に汚れたんだけど」


「ニャハハ! けど、事実だから仕方がないのニャ~」


 ちっ。


 この面倒な猫女を調教さえすれば大人しく出来ると思ったのに。


 何か余計に面倒なことになったな。


「お前は大したタマだよ」


「大したタマなんて、それはこーニャンの方だニャン♡」


「お前ウザいなー、やっと桜子の気持ちが分かったよ」


「そうでしょ、光一?」


 いつの間にか、桜子が背後にいた。


「おまっ、こわっ。俺の背後に立たないでくれ」


「もう、何でそんなひどいこと言うのよぉ~?」


「おい、あまり廊下で甘えるなって」


「スリスリ♡」


 こいつはこいつで、何かますますひどくなっているな。


「おい、3年生なんだから、もっと気を引き締めろよ。受験だって控えているだろ」


「そんなの余裕のよっちゃん」


「古いな」


「あたしも、こーニャンにスリスリする~♡」


 要石が反対の腕に抱き付いて言う。


「ちょっと、メス猫さん。私の夫に触れないでくれる?」


「何を言うのニャ。まだ高校生の身分、正式な夫婦じゃないでしょうが。だから、いくらでもあたしの付け入る隙はあるのニャン」


「本当にウザいクソ猫ね」


 桜子が毒づく。


「おい、お前らいい加減に……」


 パシャッと音がして、フラッシュがかれる。


「あ、ごめんなさい、つい」


「お前は……麦畑むぎばたけか」


 そういえば、新聞部に所属しているこの女ともまた同じクラスだった。


「けど、おかげで良い記事が書けそうです」


「ちなみに、見出しのタイトルは?」


「そうですね……『学園一のクズ男、とうとうペットを飼い出すゲスっぷり!?』……なんてどうでしょうか!?」


「目をキラキラさせて言うな、鬱陶しい」


 俺は軽くチョップをした。


「あいたっ」


「そうだ、こーニャン。むぎニャンもご自慢のテクでモノにしちゃうのニャ。そうすれば、変な記事を書かれなくても済むニャ」


「へっ?」


「ちょっと、メス猫。余計なことを言わないでちょうだい。これ以上、愛しのダーリンが他の女と浮気するなんて許さないんだからね!」


「落ち着け、桜子」


 俺はたしなめる。


「まあ、でもそうだな……」


 麦畑の方に目を向ける。


「な、何ですか?」


 俺は黙って、じーっと彼女を見つめる。


「へっ、ちょ、ちょっと……」


 麦畑は動揺して、顔が赤らんで来る。


「お前さ」


「は、はい?」


「肌きれいだな」


「あ、ありがとうございます」


「ちょっとだけ触らせてくれ」


「へっ?」


 俺は彼女持ち、並びにペット持ちなので、少し遠慮して指先でちょんとだけ触れた。


 すると、麦畑は目を見開く。


 そして……


「ふああああぁん!」


 なぜか大きな声を出す。


「ん、どうした? ちょっと頬をツンってしただけだろ?」


「そ、そうですけど……」


 息を切らせながら麦畑は言う。


「こ、これがクズ男のテクってやつですか……実に恐ろしいです」


「それがこーニャンだニャ♡」


「メス猫、あなたが言わないでちょうだい」


「うぅ、私ごときが対処できる相手じゃありません……けど、やっぱり取材はしたいし」


「良いぜ、取材しても」


「ほ、本当ですか?」


「何度も何度も、俺にぶつかって来いよ。その度に、俺は……お前を負かしてやるよ」


「うっ!」


 瞬間、麦畑は目を見開く。


「……ダメ、もう立てない」


 その場にへたれ込んでしまう。


「大丈夫か?」


 俺はスッと手を差し伸べる。


 麦畑は俺を赤面しながら見つめて、


「け、結構ですから!」


 早口でそう言って、立ち上がる。


「良かった、元気だな」


「くっ……」


 麦畑は少し悔しそうな顔で俺を見つめて、


「つ、次こそはちゃんと最後まで取材しますからね!」


「そうだな。同じクラスだし」


「うっ……バ、バカ~!」


 そして、麦畑は去って行った。


「あいつ元気が良いな~」


 すると、軽く肩をつねられた。


「んだよ?」


「浮気者」


「違うよ。ちょっとしたエールを送っただけだろ」


「3年生になって鬱陶しいメス猫も付きまとうようになったし……あなた、この私だけじゃ飽き足らず、ハーレムを築くつもりなの?」


「ハーレムか……ダルいな。俺は桜子だけで十分だ」


「何よ、その言い方は……嬉しいけど」


「こーニャン、あたしも可愛がってニャン♡」


「ああ。お前はペットだからな」


 ナデナデ。


「ふにゃ~ん♡」


「ちょっと、メス猫ばかりズルいわ。私も撫でて」


「はいはい」


 ナデナデ。


「きゅうぅ~ん!」


 桜子も悶えた。


「お前ら、ちょっと静かにしてくれ」


「光一のせいだもん……」


「ニャン……」


「全く……」


 俺は仕方なく、グッタリする二人を抱えて教室に戻った。







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