57 可愛い猫もきちんと躾けるべきだろう

 3年生ともなると、教室の空気感が少し違う。


 決して沈んだり、ピリピリしたりしている訳じゃないけど。


 自分たちの将来に目を向けて頑張らなければならないし。


 楽しい高校生活とのお別れも徐々に噛み締めなければならない。


「桜子は、予備校とか通うのか?」


「いえ、自分で勉強するわ。外部を利用するのは、模試の時だけね」


「さすがだな。じゃあ、俺は寝るか」


「バカじゃないの?」


「お前とベッドで」


「バカじゃないの……」


 桜子は頬を赤らめる。


「おうおう、今日もバカ夫婦がイチャついているのニャ~」


「ちょっと、要石さん? あたしと光一のイチャラブタイムを邪魔しないでくれる?」


 ニコニコと寄って来た要石に、桜子が睨みを向ける。


「そういえば、要石は進路とかどうすんだ? やっぱり、持ち前の運動神経を活かして体育系の大学とか? あるいはスポーツ推薦とか?」


「いや、あたしは普通の大学に入るよ」


「え、そうなのか? もったいないな」


「だって、普通に大学生活を楽しんで、普通に就職して、普通に人生を楽しみたいのニャ」


「まあ、それが一番だな」


「こーニャンも一緒にどうかニャ?」


「黙りなさい、メス猫」


 桜子が速攻で釘を刺す。


他人ひとの彼氏を奪おうとしないでちょうだい」


「大丈夫だよ、桜子」


 俺は言う。


「お前以外の女に興味はないから」


「ドズキュン」


 桜子はクラっとして机に倒れる。


「はぁ、はぁ……今の一言だけでご飯を何杯でも食べられちゃう」


「太るぞ」


「安心して。全ての栄養をおっぱいに行かせるから」


「今くらいの大きさがちょうど良いけどなぁ」


「もう、ワガママなんだから♡」


 桜子はツンツン♡と俺のほっぺを突いて来る。


「おげろぉ~! ゲロ甘すぎて吐き気を催したのニャ」


「ふふ、あなたもまだまだね、メス猫さん。これに懲りたら、二度と私たち夫婦に近寄らないでちょうだい」


「まだ夫婦じゃないけどな」


「もう、光一は余計なこと言わないでよぅ」


「けど、進路か~。マジでどうするかな~」


「光一は私と一緒の大学に行くのよ」


「う~ん……それはとても魅力的かもしれないけど……あまりベタベタくっつき過ぎるのは、お互いのためによくないかもな」


「ガーン!」


「ニャハハ! こーニャン、良いこと言うのニャ~」


 桜子が白く固まっている間に、要石がスルリと俺に抱き付く。


「だから、たまにはあたしと浮気をするのニャン♡」


 要石は俺の耳に生温かい吐息を吹きかける。


 桜子には少し劣るけど、豊かな胸を押し付けて来た。


「離れなさい、メス猫が!」


 桜子が久しぶりに鉛筆と言う名の凶器を持って振り払うが、要石は持ち前の運動神経でサッとかわす。


「ニャフフ~。こうやって、少しずつ二人の間に亀裂を入れて行くのニャ。そして、高校を卒業する頃にはもう、こーニャンは……ニャフフ」


「くっ、このクソメス猫め……」


「ニャフフ~ン♪」


 ギリリと歯噛みする桜子。


 一方、要石は得意げに笑っている。


「……全く、仕方ないな」


 俺はスッと立ち上がり、要石のそばに寄る。


「こ、光一?」


「やったニャ~ン♪ こーニャンの方からもえニャンの所に来てくれたのニャ♡」


 嬉々として言う要石の前に俺は立った。


「おい、要石」


「何かニャ?」


「許せ」


「へっ?」


 俺は片手をポッケに突っ込んだまま、もう片方の手だけで要石の体を指先でなぞった。


「ニャアアアアアア~ン♡」


 すると、要石は大きくエロチックな声を上げる。


 それまでは、他のクラスメイトは俺たちに呆れて軽く無視をしていたが、さすがに振り向いた。


「ハァ、ハァ……こ、こーニャン……さすがなのニャ」


「おい、要石」


 俺は床に女座りしている彼女を見下ろして言う。


「気持ち良かったか?」


「も、もちろんニャ。すごく……良かったのニャ」


「そうか。ちなみに、俺は静かな方が好きなんだ」


「ニャ?」


「だから、あまり桜子とケンカをするな。もし、良い子にしていたら……またしてやるよ」


「ほ、本当ニャ?」


 要石は目をキラキラとさせる。


「ちょっと、光一!? どういことなの!?」


「落ち着け、桜子」


 俺は彼女に肩に触れて言う。


「どうせ、あの女はまともに怒っても止まらないし、言うことも聞かない。だったら……手懐ければ良いだけのことだ」


 俺は少しだけニヤリと笑う。


「こ、光一、あなた……」


「もちろん、軽くだよ。キスとか乳揉みとか、ましてや、本番エッチなんてしないから。それを味わえるのは、俺の彼女であるお前だけの特権だ」


「ドズキュン……って、また俺サマな光一さまになっているわよ?」


「嫌いかな?」


「愛しています」


「重いな~」


「ぶっころ」


 桜子は小さく頬を膨らませてそう言った。


「ねえねえ、こーニャン、ごろニャ~ン♡ もっともえニャンを可愛がって欲しいのニャ~ン♡」


「甘えるな。俺はペットをきちんと躾けるタチなんだ。まあ、飼ったことないけど」


「ニャッ……ニャフゥ~ン♡」


 要石はまたエロい声を出してグッタリした。


「よし、要石。自分の席に戻れ。ここは俺と桜子だけの空間だ」


「こ、光一……♡」


「お、お願しますニャン、こーニャン様。あたしも一緒に居させて欲しいのニャ~。二人の邪魔はしないようにするのニャ~」


「本当か?」


「本当ニャ~」


「だったら、良いだろう。端の方に控えていろよ」


「うぅ、寂しいのニャ」


「安心しろ。たまに可愛がってやるよ、こんな風に」


 スッ、と。


「ニャハアアアアアアアアアァン!」


 要石はまた大きな声を出した。


「はぁ、はぁ……もう、これだからこーニャンは病みつきなのニャ♡」


「ほら、桜子。厄介なメス猫を調教してやったぞ」


「ちょ、調教って……あなたは本当に」


 桜子は半ば呆れるようにため息を漏らす。


「ちくしょう、何で春日だけ……」


「あんなクズにもえニャンまで……」


「俺もあのテクが欲しいぜ……」


 何だかんだ、3年生になっても俺の生活に変わりはない。


 いや、むしろ、もっとひどくなっているかもしれない。







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