54 別れの春……

 寒く辛かった冬が終わり、春を迎えた。


「春休み……か」


 俺は桜子と少し遠出をして、広い公園を散歩していた。


「そうね」


「あ、桜」


「えっ?」


 俺が指差す先に、わずかに芽吹いた桜の木があった。


「本格的に咲くのは4月、まだ少し先だな」


「そうね」


「きれいだな……桜」


「そうね」


「お前はもっときれいだ、桜子」


「ど、どうしたの?」


 俺は桜の木の下で、桜子と向き合う。


「好きだよ、桜子」


「なっ……何よ、突然」


「どうしても、伝えたかった」


「そ、そんなの……分かっているわよ」


「自惚れか?」


「バ、バカ!」


「冗談だよ」


 俺はくすっと笑って肩をすくめる。


「別れよう、桜子」


 ひらり、と桜の花びらが散った。


「…………え?」


「今度は3年生、受験シーズンだ。お前はきっと一流の大学に受かる。受からなくちゃいけない。だから、俺は重荷にならないように、立ち去るよ」


「な、何でそんなこと言うの!? 何も別れなくても、受験の間だけでも少し距離を置けば……」


「そんな中途半端じゃダメだ」


「光一……どうして? 将来、私と結婚してくれるんじゃなかったの?」


 桜子が、うっすらと涙を浮かべる。


 そして、つつ、ときれいな頬を濡らした。


「……勘弁してくれ」


「……ひどい」


「そんなに可愛い顔を見たら……手放したくなくなっちまう」


「えっ?」


 目を丸くする桜子を抱き締めた。


「やっぱり、無理だ。お前を離したくない。誰にも渡したくない」


「光一……」


「俺、ずっと不安だったんだ。お前と付き合っている間も。俺なんかじゃ、桜子に釣り合わないんじゃないかって。いや、現に釣り合っていない訳だけど」


「そんなことないわ! 光一はいつも、いっぱい私に与えてくれるもの!」


「けど、俺が居なければ、お前はもっと上の世界に行ける。クズな俺と一緒に居たらダメなんだ……」


 俺も自然と、頬を涙が伝っていた。


「別れよう、桜子……愛してる」


「やだ……絶対に別れない」


「別れる」


「別れない」


「別れる」


「別れない」


「別れ……たくない」


「別れましょう……えっ?」


「ひどい女だ」


「ちょっ、何よ今の交差トリックは!?」


「こんなにお前を愛している俺と別れようなんて……」


「あ、あなたが先に別れようって言ったんでしょうが!」


「桜子、鼓膜が破れる」


「くっ……」


 俺と桜子は少し距離を置いて、改めて見つめ合う。


「で、あなたは結局、私とどうなりたい訳?」


「とりあえず……死ぬほど犯したいです」


「最低の言い方ね。泣きながら言う事じゃないし」


「それくらい、お前のことが好きなんだよ、桜子」


「……私だって。光一に死ぬほど犯されたい」


「良い大学に行けなくなるぞ?」


「あなたに犯された上で、良い大学にも行く。ついでに、あなたも一緒に連れて行ってあげる」


「いや、俺は良いわ。勉強とかしんどいし」


「ちょっ、あなた、そこは……『じゃあ、俺も一緒にがんばるぞ!』……って、熱く青春する所でしょうが」


「悪いな、俺はそういった青臭いノリが嫌いなんだ」


「本当にクズね、死ねば良いのに……」


 桜子はまた俺に近寄って、両腕をきゅっと握って来た。


「……ここでしたいな」


「いや、無理だ」


「ビ、ビニールシートならあるわよ!」


「いや、無理だろ」


「うぅ~……」


「まだ肌寒いし、お前が風邪を引いたら大変だ。やるなら、夏にしよう」


「夏だと桜は咲いていないでしょ?」


「別にこだわることはないだろ。お前が桜なんだから」


「光一……上手いこと言ったつもり?」


「いや、全然。俺が上手いのはエッチだけだ」


「自分で言っちゃうの?」


「じゃあ、お前はどう思っているんだ?」


「メチャクチャ上手い」


「エロい女だな」


「うるさい、バカ」


 桜子は目元を拭った。


「……キスして」


「良いよ」


 ちゅっ、と。


「ちょっと、そんなにあっさりしないで」


「はいはい」


 ぶちゅ~。


「ぷはっ……もっとロマンチックにして!」


「ったく、ワガママな女だなぁ。やっぱり、別れるか」


「何で何で~! そんなこと言わないでよ~!」


「冗談だよ。こんな良い女を簡単に手放す訳ないだろうが。まだまだ、俺の好みに調教したいしな」


「ちょ、調教って……結局、あなたは最低のクズ野郎ね」


「嫌いか?」


「…………愛しているわ」


「重いな~」


「もう、バカぁ!」


 それからエッチはしないけど、俺と桜子は手を繋いで、桜の木の下で踊った。


 もちろん、家に帰ってからは、しこたましたけど。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る