42 危険なゲーム

 待ちに待った修学旅行当日。


「おはニャ~ン♡」


 のっけから要石の笑顔を見て、桜子が心底嫌そうな顔をしていた。


「ちょいちょい、さくらニャン。あたしが朝のごあいさつをしているんだから、無視しないでよ~?」


「……ごめんなさい、少し意識を失っていたわ」


「ニャハハ! どんな状態ニャ!」


 要石は腹を抱えて笑う。


「要石、この前は衣装を貸してくれてサンキューな」


「ううん、良いよ。きちんと見返りはもらったから……ニャフフ♡」


「ちょっと、マジで何をしたのよ。教えなさい」


 桜子が俺と要石に詰め寄る。


「いや、それはちょっと……」


「内緒だニャン。ねえ、こーニャン?」


 要石がむぎゅっと俺に抱き付く。


「ちょっと、離れなさい! この泥棒猫が!」


 桜子が喚く。


「おーい、お前ら、静かにしろ」


 俺は暴れる二人を止めようとする。


「ぢくじょう、東条さんだけでなく、要石さんまで……」


「何で春日だけ……」


「もげろ……」


 そんな男子たちの涙にまみれた嫉妬の目を向けられて、俺は心底辟易としていた。




      ◇




 新幹線に乗って移動する。


「なあ、桜子。いつまで不機嫌モードでいるんだよ。せっかくの修学旅行なんだぞ?」


 俺は隣の席でツンとそっぽを向いたままの彼女に言う。


「ほら、ポッキー食えよ」


 俺が差し出すも、尚も桜子は無視を決め込んでいる。


 窓ガラスにその表情が映っているのが見えた。


「……おい、桜子」


 俺が少し低い声で言うと、彼女がビクっとする。


 ツンと澄ましていた顔色も少し変わった。


「な、何かしら?」


「ちょっとゲームをしないか?」


「ゲ、ゲームって?」


「こいつを見て分からないか?」


 俺はポッキーをぷらん、ぷらんと揺らして言う。


「光一、まさか……」


 桜子は目を丸くしていた。


「ダ、ダメよ。周りに他のみんなもいるんだし」


「大丈夫だよ、俺らの席は隅っこだから。ほら、委員の特権でそうしただろ?」


「べ、別に、職権乱用なんてしてないんだからね」


「誰もそんなこと言ってねえよ。ほら、さっさとこっちを向けよ」


「でも……」


 焦らす桜子に少し苛立った俺は、


「良いから、こっちを向けよ」


 その顎を掴んでクイと振り向かせる。


「あっ……」


 桜子は目を丸くして俺を見つめた。


「入れるぞ?」


 そう言って、俺は桜子のおちょぼ口にポッキーを差し込む。


「んっ……」


「きついな、上の口も」


「ひょ、ひょっろ、あなは……(ちょ、ちょっと、あなた……)」


「もう、お喋りタイムは終了な」


 そう言って、俺もポッキーの端を咥える。


「じゃあ、スタートだ」


 俺はニヤリと笑って言う。


「ひょ、ひょっろまひらはい。ふーふは……(ちょ、ちょっと待ちなさい。ルールは……)」


 桜子の声を無視して俺はポッキーをかじる。


 そんな俺を見て桜子は動揺しつつも、渋々ポッキーをかじり出す。


 カリッ、カリッ、とお互いにジワジワと距離を詰めて行く。


「こ、こういひ……(こ、光一……)」


 桜子が呼びかけるも、俺は無視をしてジワリ、またジワリと桜子に迫って行く。


「でさ~、あいつがさ~」


 近くで他の生徒の声がして、桜子が目に見えてビクリとする。


 アタフタとする桜子を俺は軽く押して窓際に押し付けた。


 そして、身を屈める。


 幸い、彼らは気付くことなく、他の奴らと交じって騒ぎ始めた。


「……ひ、ひんほうはほはふはほほほっは(し、心臓が止まるかと思った)」


 桜子は軽く涙目になって言う。


「ほ、ほうはめひひまほう?(も、もうやめにしましょう?)」


 だが、俺は構うことなくゲームを続ける。


 カリ、カリ、と桜子に顔を寄せて行く。


 もう彼女はすっかりパニック状態だった。


「ほ、ほういひ……らめ……らめらろ(こ、光一……ダメ……ダメなの)」


 尚も涙目で訴えて来る桜子に対して、俺は軽く微笑んだ。


 そして、俺と桜子の唇が間近に迫った。


 すると、桜子は頬を赤らめつつも、覚悟を決めたように目を閉じた。


 俺はそんな彼女の顔を見つつ、


「……ふぎゃッ!?」


 デコピンをかます。


 そして、桜子はポッキーから口を離した。


「はい、お前の負け」


「ちょ、ちょっと、どういうこと!? 先にポッキーを離した方が負けってルール!? 最後のは反則じゃないの!?」


「いやいや、違うよ」


「何が違うのよ?」


「先にキスをしたくなった方が負けってルールなんだけど」


 俺がまたニヤリと笑って言うと、桜子の顔がみるみる内に赤く染まって行く。


「バッ……バッ……」


「じゃあ、罰ゲームは……」


 俺はポッキーを口元に添えて軽く唸る。


「……この修学旅行の間、お前はずっと俺に服従な」


 俺が言い放つと、桜子は激しく目を見開く。


「そ、そんなの認めないわよ。勝手にこんなゲームを仕掛けて……」


「へぇ、逃げるんだ? 学園の星とまで言われる優等生様が」


「あなた、こんな時にそんな……」


「もし今ここで逃げたら……後でもっとひどいお仕置きをするぞ」


 俺が耳元で囁くと、桜子が目に見えてゾクゾクとしていた。


「ハァ、ハァ……」


「ほら、返事はどうした?」


 俺は言う。


「……は、はい。光一さま」


 桜子の目はすっかりとろけていた。







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