39 とにかく照れまくる桜子さん
占いの館を後にした俺たちは、テクテクと文化祭の活気ある廊下を歩いて行く。
「あ、ここ要石のクラスじゃん。ちょっと覗くか」
「あなた、あの女のネコ耳メイドに惚れたんじゃないでしょうね?」
「あはは、そんなことないよ」
「その爽やかな笑顔がムカツク……」
桜子は口の先を尖らせて言う。
そして、チラッと2年F組の喫茶店を覗いた。
「お帰りなさいませニャン♡」
要石の萌え萌えキュン♡な接客にアホな男子どもはすっかり骨抜きにされていた。
「へぇ~、あいつもモテるんだな~」
「ちっ」
「おい、桜子さん。ナチュラルに舌打ちをするな」
「あの泥棒猫め……私なんて光一に一途なのに、他の男をたぶらかしつつ、私の光一に手を出そうとしていたなんて……」
メラメラと桜子さんがまた静かに怒りの炎を燃やしている。
このまま、要石のクラスに入るのはまずいなぁ、と思っていた時。
「あっ」
その声に振り向くと、見知った女子がいた。
「おお、美波じゃないか」
そこにはエプロン姿の美波雫がいた。
「ど、どうも」
「あら、あなたは……いつぞや、人の彼氏を奪おうとした可愛い子じゃない」
桜子が軽く微笑んで言うと、美波はひどく怯えた。
「も、申し訳ありません! 『桜子さま親衛隊』のくせに、桜子さまに不快な思いをさせてしまって!」
美波はペコペコと頭を下げる。
おさげ髪も必死にブンブンと揺れている。
「良いわよ、過ぎたことだから。ところで、あなたのクラスは何をしているのかしら?」
「あ、喫茶店です。メイドとかはいないですけど」
「へぇ、良いじゃない。決めたわ、この子のクラスにお邪魔しましょう」
「えっ」
一瞬、美波が硬直する。
「あら、嫌なのかしら?」
「め、滅相もございません! ぜひ、お越しください」
「おい、桜子。いちいち後輩を威圧するな。パワハラ上司みたいだぞ」
「誰がパワハラ上司よ。あなたなんてセクハラ上司じゃない」
「そうですよ!」
「え~、何でフォローしたのに俺が攻められているの?」
トホホ、と思いつつ、
「では、ご案内します!」
元気になった美波を先頭に廊下を歩いて行く。
「けど、顔を出さなかったら、後で要石に何か言われそうだなぁ」
「あんなクソ猫野郎何て放って置けば良いのよ」
「え、春日先輩。もしかして、また別の女に手を出そうとしているんですか? 桜子さまという最高の彼女がいながら、最低です」
「いや、違うから。俺は割といつだって、被害者なんですけど」
「何を言うんですか。そのエロさでいつも桜子さまを困らせているクズヒモ野郎のくせに」
「改めて言われると傷付くな」
そうこう言っている内に、美波が所属する1年C組のクラスにやって来た。
「へぇ、可愛いらしいお店じゃない」
「ちょっと地味ですけどね」
「良いじゃない。クソ猫メイドがいるようなキャピキャピしたお店よりもずっと好感度が高いわ」
「あ、ありがとうございます!」
すると、桜子の姿を見つけた他の生徒たちが、
「えっ、嘘!? 桜子さまが来たわよ!」
「ほ、本当だわ!」
「な、何で何で!?」
女子たちが黄色い声を上げる。
男子たちも女子たちの背後で明らかに興奮していた。
「あ、ちなみにウチのクラスは『桜子さま親衛隊』のメンバーが多いんです」
「「「きゃ~、桜子さま~!」」」
これは、どうなんだろう。
桜子はうるさい要石の店が嫌だから大人しそうなこの店に来たのに。
もし、これで機嫌を悪くしたら……
「……え、えっと」
すると、思いのほか、桜子が戸惑っていた。
「どうぞ、こちらのお席へ」
「あ、はい」
桜子は先ほどまでの堂々とした佇まいが若干崩れて、大人しく案内された席に座る。
俺もテーブルを挟んで向かい側に座った。
「どうぞ、メニューです」
「あ、ありがとう」
「どうぞ、ごゆっくり」
美波はニコリと笑って騒ぐ女子たちの下に向かい、
「ちょっと、静かにしなさい!」
と注意をしていた。
「へぇ~、意外とちゃんとしているな。俺はとりあえず、コーヒーとショートケーキにするわ」
「あ、じゃあ、私も」
「おーい、美波。注文頼むわ~」
「もう、先輩。気安く呼ばないで下さい」
「良いじゃんか」
美波はぷりぷりと頬を膨らませながらやって来る。
「コーヒーとショートケーキ2つずつな」
「はい、かしこまりました」
美波は俺に対しては澄ました顔で、桜子には笑顔を向けて去って行く。
「あーあ、何か俺ばっかアウェーじゃん。桜子は良いよなぁ、歓迎ムードで」
「べ、別に嬉しくなんて……」
桜子はすっかり顔を俯けてしまっている。
「きゃ~、桜子さま。何を考えているのかしら?」
「きっと、この学園の未来のことを考えているんだわ」
「さすが学園の星ね」
女子たちが好き勝手に言って盛り上がっている。
そんな彼女たちに対して、
「いや、こいつの頭の中はエッチなことばかりだから。主に俺との」
って、言ってやりたいなぁ。
まあ、そうしたら色々な意味で終わるから言わないけど。
「お待たせしました」
注文の品が来た。
「じゃあ、食うか」
「ええ」
俺と桜子はショートケーキにフォークを入れ、口に運んだ。
「うん、美味いな」
「そうね」
俺たちは頷き合う。
「きゃ~、桜子さまが食べてる~!」
「信じられない~」
「素敵すぎる~」
いちいち、外野がうるさいなぁ。
すると、桜子が彼女達の方に目を向けた。
「ちょっと、あなた達」
まずい、とうとうキレるか。
呼ばれた女子たちはビクリとする。
「ちょっと、みんな。騒ぎ過ぎだよ。桜子さまに迷惑をかけたらダメだよ。桜子さま、申し訳ありません!」
美波を筆頭に女子たちが頭を下げる。
「いえ、そんな怒っている訳じゃないから。その……」
桜子は小さく目を逸らしながら、
「……あ、ありがとう」
すると、女子たちは一瞬だけ目を丸くして、
「「「か、可愛いいいいいいいいいいいいいいいいぃ!」」」
それから悶絶した。
「ヤバイ、桜子さまマジ天使!」
「いや、もはや女神!」
「死ぬ、もう死ぬ!」
女子たちがより一層、騒がしくなった。
「桜子さま、ありがとうございます。みんなもここで死んだら本望です」
「お、大げさね」
桜子は相変わらず照れまくって顔が真っ赤だ。
「良かったじゃん、みんなから愛されていて」
「う、うるさいわね」
「さすがは、俺の彼女だな」
「ズキュン!」
俺の何気ない一言で桜子がノックダウンされる。
「きゃあ~、桜子さま~!」
「あのゲス彼氏、最初はふざけんなって思ったけど。おかげで可愛い桜子さまがいっぱい見られて幸せだわ~!」
「体育祭のアレとか、最高だったよね~!」
過去の恥ずかしい事実を掘り返され、桜子は完全にケーオー寸前だった。
「……し、死にたい」
「じゃあ、ケーキもらって良い?」
「ぶっ殺すわよ……」
毒舌にもいつもの鋭さが無かった。
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