31 危険接触

 秋の学園はイベントが目白押しだ。


 9月には体育祭。


 10月には文化祭。


 11月には修学旅行。


 そして、目下間近に迫っているのは体育祭だった。


「……マジか」


 俺は体操着姿でグラウンドに立ち、軽く呆然としていた。


「さあ、光一。やるわよ」


 頭にハチマキを巻いた気合十分の桜子が言う。


「なあ、今からでも辞退できないか? 絶対にみんなからネタにされるだろ」


「上等じゃない」


「うわぁ、かっこいい~……」


 俺の懸念事項。


 それは体育祭において、桜子と二人三脚をすることだ。


 ちなみに、体育祭の出場種目は夏休みの前に決定していた。


 その時は、俺と桜子の関係はまだ明るみに出ていなかった。


 だから、種目はクラスの連中にイジられて決めた訳ではない。


 と言うか、桜子が決めた。


 学級委員長と副委員長の絆を深めることでクラスの雰囲気がどうたらこうたらと……


 適当に上手い理由を述べて、クラスのみんなもさして触れずに決まったのだが。


 今となっては、エラいネタにされている。


 そして、体育祭の本番では全校生徒からネタにされるだろう。


『ぷぷぷ、バカップル』


 みたいな感じで……


「……死にたい」


「なら、殺してやろうか、ホトトギス」


「信長様ですか……」


「桜子様ですが、何か?」


 自分で言っちゃうとは、さすがです。


「良いからつべこべ言わずに練習するわよ。絶対に二人で優勝するんだからね」


「分かったよ」


 俺は仕方なく、桜子と足を結んだ。


「良い、光一? イチ・ニ、イチ・ニのリズムよ?」


「せーの……イチ・ニ!」


「イチ・ニ」


「声が小さいわ」


「え~……お前ってそんなに体育会系だっけ?」


「女王様系よ」


「どちらにせよ、怖いな~」


「光一も、エッチばかりじゃなくて、他のことも頑張りなさい」


「何でそんな説教されるんだよ……いつも、お前の方から求めて来るくせに」


「なっ……う、うるさいわよ!」


 喚く桜子さんをどうどうといさめる。


「コホン……じゃあ、気を取り直して行くよ」


「はいはい」


「イチ・ニ」


「イチ・ニ」


 嫌々ながらも、俺と桜子の息はまあまあ合っていた。


 まあ、一応はカップルですから。


「何か楽しいことをしているのニャ~」


 その声に俺はビクっと反応した。


「ちょっと、光一。いきなり止まったら危ないでしょ……」


 桜子もその存在に気が付く。


「あら、あなたは……」


「どうも~、要石萌葱こともえニャンで~す。さくらニャン、ご機嫌うるわしゅう」


「さくらニャン……」


 桜子が掠れた声で復唱するのが怖かった。


「そして……こーニャ~ン!」


 要石は俺に抱き付いて来た。


「おい、おまっ……馴れ馴れしいぞ!」


 俺は久しぶりに声を荒げて引き剥がそうとするが、猫のようにスルリと絡まれてしまう。


「……なるほど、これが噂の泥棒猫ね」


「ニャン♡ ねえねえ、さくらニャン。一度でいいから、こーニャンとエッチさせて欲しいのニャン♡」


 桜子は無言のまま要石を見据えている。


 俺は冷や汗が止まらない。


「……光一」


「あ、はい」


「去勢しても良い?」


「こわっ! え、何でいきなり?」


「いや、この女にあなたを寝取られたくないから」


「お前……けどこの前、仮に俺が他の女と浮気したとしても、最終的にはお前の下に帰ってくれば良いって言ったじゃないか」


「けど、やっぱりムカつくから。甘えないでちょうだい」


「え~……」


「ニャハハ! やっぱり、さくらニャンはおっかないのニャ~」


「だったら、お前はちょっかいを出すな」


「けど、好奇心も刺激されるからニャ~。この手のヤンデレちゃんがもし、愛しい男を寝取られたら……どんなことになるのやら?」


「たぶん、俺とお前が殺される」


「安心しなさい。あなた達を殺して私も死ぬから」


「全くもって安心できないから」


 俺と桜子が言い合っていると、


「……ぷふ、ニャハハ。やっぱり、このカップルは面白いのニャ~」


 要石は言う。


「さくらニャン、一つ提案があるのニャ」


「何かしら?」


「あたしと勝負しない?」


「勝負?」


「そう。今度の体育祭で学年ごとにクラス対抗リレーがあるでしょ? 確か、さくらニャンはA組のアンカーだニャ?」


「ええ」


「そして、あたしはF組のアンカーだニャ。その結果で勝負をするのニャ」


「おい、待て。桜子とお前が最後にイーブンで勝負を始められる保証なんてないだろ? それまでのメンバー次第で差が付いているだろうし」


「それもこれも含めて勝負だニャン♡」


 要石は相変わらず人を食ったような笑顔で言う。


「あたしが勝ったら、こーニャンとエッチさせてもらうのニャ」


「おい、そんな勝負に乗る訳……」


「もし、私が勝ったらどうするの?」


 桜子が言う。


「その時は、あたしを煮るなり焼くなり好きにすると良いのニャ」


「言ったわね?」


 桜子は口元で小さく笑う。


「おい、桜子。まさか、受けるつもりか?」


「いずれにせよ、この泥棒猫は排除しておくべきでしょうから。早いに越したことはないわ」


「ニャハハ! さくらニャンは面白いのニャ~♪」


 要石は軽やかにステップを踏みながら笑う。


「じゃあ、体育祭本番を楽しみにしているのニャ~!」


 そう言って、要石は去って行った。


「桜子、お前……」


「光一、悪いけど二人きりのイチャラブ特訓は終了よ」


「え?」


 桜子は足を結んでいたヒモをほどく。


「さてと、今からリレーのメンバーを調きょ……特訓しないと」


「いま絶対に調教するって言おうとしたよな?」


「うふふ」


「うふふ、じゃねえよ」


 桜子はどこまでも不敵に微笑んでいる。


 体育祭で血の雨が降り注がないことを切に願うばかりだ。







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