30 桜子の心持ち

 学校帰り。


 俺はいつものように、桜子の部屋に来て一緒に勉強していた。


「それで、この問題はこの公式を応用するの」


 いつも通り、淡々と丁寧に桜子は教えてくれる。


「ちょっと、光一? ちゃんと聞いているの?」


「え、あ、ごめん」


 俺口ごもって言う。


「何か今日は様子が変だけど、どうかしたの?」


「そ、そうかな?」


「ええ、トイレに行った辺りから。というか、だいぶ長いトイレだったけど。もしかして……ゲリなの?」


「ゲ、ゲリじゃないっす」


「そう。けど、様子がおかしいのは本当だわ。正直に話して」


 桜子の目が真っ直ぐに俺を捉える。


 これは逃げられないなと、俺は口を割った。


「要石萌葱……って知っている?」


「ええ、もちろん。男女総合して学年でもトップの身体能力を持つ女子ね」


「ああ。トイレに行った時、そいつに声を掛けられたんだ」


「何て?」


「いや、その……桜子を落とした俺のテクを味わいたいって」


 あぁ、殺される。


 絶対に殺される。


 決して浮気じゃないけど。


 これで女絡みのトラブルは2度目だから。


 テーブルの上には鉛筆やコンパスやらと武器が用意されているし。


 この直後、俺が体中から血を噴き出して死んでいてもおかしくない。


「……そうなの」


 しかし、桜子は思いのほか冷静な返事をした。


「あれ、怒らないの?」


「ええ、ある意味では誇らしいことだから。自分の彼氏がそれだけ、魅力的に見られているってことでしょ?」


「浮気とか言わないの?」


「浮気なの?」


「いや、決してそんなことは……」


 静かに何も言わないその感じが逆に怖くて、俺は久しぶりにこいつに対してブルッてしまう。


 そんな様子を見かねたのか、桜子は小さくため息を漏らす。


 ギシ、と音を立ててベッドに乗って正座をした。


「いらっしゃい」


「え? でも……」


「いらっしゃい」


 桜子が手招きをするので、俺はあまり気乗りしないまでもベッドに上がった。


 やっぱり、内心では怒っていて、これからお仕置きをされるか。


 あるいは、肉奴隷のごとくこいつの性欲を満たすために……


「はい、どうぞ」


 桜子はポンポン、と自分の膝の上を叩く。


「え?」


「膝枕してあげる。早く寝なさい」


「あ、はい」


 俺は半ば頭が混乱しつつも、言われた通りに桜子の膝を枕代わりに寝ころんだ。


「どうかしら?」


「えっと……柔らかいです」


「良かった。自分で言うのもなんだけど、私は細いから骨ばって痛いとか言われたらどうしようかと思ったわ」


「大丈夫だよ、お前はグラドル並みにムチムチだから」


「それは太っているってこと?」


「おっぱいがな」


「……変態ね」


 そう言いつつも、桜子はくすりと笑う。


 こいつのこんな穏やかな笑みは久しぶりに見た気がする。


「私ね、思ったの。あなたを押さえつけても仕方がないって」


「え?」


「男というのは本能的に自分の種を残そうとする種族だから。浮気するのは仕方のないことだって言う話を聞くし」


「ま、まあ、だからって浮気はダメだけど」


「それでもね、最後には私を選んで、私の下に帰ってくれば良いかなって、気が付いたの。そう思うようになってから、少しだけ心に余裕ができたわ」


「そっか。成長しているんだな、おっぱい以外も」


 ヤバッ、ちょっと調子に乗り過ぎたか。


「ふふ、変態」


 桜子は微笑み、


「そんなにおっぱいが好きなら、あげようか?」


 桜子は制服をはだけて胸を出そうとする。


「いやいや、良いから」


「そうね。このプレイをするのはまだ早いわ」


「プレイって……」


「そうだ、光一。万が一、他の女としたとしても、必ずアレは着けてよね?」


「いや、だからしないって」


「その代わり、私はそのままでも……やだ、もう恥ずかしい~!」


 俺は桜子にベシッと叩かれる。


「桜子さん、落ち着いて」


「ねぇ、光一。今日は安全な日だから、ちょっと試してみる?」


「えっ?」


「今ここで1回でも直接あなたと繋がれば、もし他の女に寝取られたとしてもある程度は心に余裕が持てるわ」


「桜子さん、マジで落ち着こう」


「何よ、私と直接したくないの?」


「したいよ。けど、今はしない」


「何で?」


「万が一、デキちゃったら、俺とお前の関係が壊れるかもしれない」


「親のこと? 駆け落ちでも何でもすれば良いじゃない」


「それは嫌だ。俺はお前と明るい未来を進みたいんだ。ちょっと情けないかもしれないけどさ」


「光一……」


「男らしくないかな?」


「ううん、誠実なあなたも好き」


 そう言って、桜子は俺にキスをした。


「……あぁ、早く光一の子種が欲しいな」


 桜子は自分のお腹を撫でながら言う。


「お前に似ると良いな」


「女の子ならね。男の子なら、あなたに似て欲しいわ」


「マジで?」


「そうしたら、二人揃っていじめ……可愛がってあげるもの♡」


「今いじめるって言いかけたよな?」


「ふっ」


「おわっ! おい、耳ふっをするな!」


「あ、耳クソがあるから、そうじしてあげるわ」


「あ、はい」


 今日は久しぶりに彼女にペースを握られっぱなしだった。







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