29 ふざけた女

「だから、ここの問題はこう解くのよ」


「あ、そうか」


「全くもう、飲み込みの悪い男ね」


「すまん」


 俺と桜子は教室で勉強をしていたのだが、


「きゃ~、仲良しカップさんが勉強してる~」


「本当ね~」


「羨ましい~」


 女子たちが茶化す。


「な、仲良しカップルって……べ、別に、この男がダメだから教えてあげているだけなんだからね!」


 桜子は赤面しながら早口で言う。


 女子たちはますます盛り上がった。


 一方……


「ぢくじょう……」


「俺も美人で巨乳の彼女が欲しい人生だった……」


「それな……」


 男子たちは涙を流してこちらを睨んでいた。


「悪い、俺ちょっとトイレ」


「ちょっと、逃げるつもり?」


 桜子が軽く睨む。


「すぐに戻るから」


「本当に? 絶対だからね?」


「何でたかだかトイレに行くだけでそんなに大げさなんだよ」


 案の定、女子たちがまたニヤつき、男子たちがギラついていた。


 俺は非常に居心地の悪い思いをしながら教室を出た。


「ふぅ……桜子と付き合ってから学園生活が楽しくなったけど……正直、前のボッチだった頃みたいに、静かな日々も恋しいなぁ」


 軽くため息を漏らすと、


「何か悩みごと?」


 ふいに背後から声がした。


 軽く振り向くと、見知らぬ女子生徒がニコニコ立っていた。


 スラっとスレンダーでショートヘア。


 胸は……結構大きいけど、桜子には少し劣るかな?


「えっと……」


「2年A組の春日光一くん……だよね?」


「え、俺のこと知っているの?」


「もちろん。だって、有名人でしょ? 東条桜子ちゃんを落とした男ってね」


「まあ、落としたと言うか、俺が脅されたんだけどね」


「ニャハハ! 君はひどい男だねぇ~」


 人懐っこい笑みを浮かべながら、


「あたしは要石萌葱かなめいしもえぎって言うの。よろしくニャン♡」


 猫の手を連想させるようなしぐさでそう言った。


「はぁ……」


「ちょっと、コーにゃん? ノリが悪いよ」


「コーにゃんって……」


「あたしのことも『もえニャン♡』って呼んで良いよ♡」


「いや、遠慮しておきます」


「ツレない男だニャ~。自分で言うのもなんだけど、あたしって結構可愛いでしょ? スタイルも良いし」


「確かにな」


「でしょ~?」


「ただ、申し訳ないけど、俺の彼女の方が上だ」


「そりゃまあね~。さくらニャンと比べるのはひどいよ~」


「お前、その呼び方をしたら殺されるぞ? ていうか、俺にこんなちょっかいを出している時点で危険だからやめろ」


 何より、俺の命が危ない。


「ねえねえ、こーニャン」


 そんな俺の忠告を無視して、要石はむしろまとわりついて来た。


 正に猫のようにしなやかな身のこなしと言うか……


「噂で聞いているよ」


「何を?」


 すると、要石は俺の耳元に口を寄せ、


「すごいテク持っているんだってね」


 顔を離すと、要石はにひっ、と笑った。


「まあ、どうだろうな」


「そのテクでさくらニャンを落としたの?」


「知らん」


 俺は軽く押して要石を離す。


「ねえねえ、そのご自慢のテクをあたしにも味わわせてよ」


「は?」


 要石は舌なめずりをする。


「嫌だよ。浮気をしたら殺されるから」


「大丈夫、あたしが守ってあげる♡」


「お前も殺されるぞ。知っているだろ? あいつのハイスペックさは」


「確かに賢いし、運動もできるねぇ」


 要石は不敵に笑う。


「けど、いざとなれば、あたしだって負けないよ?」


 それまでおどけた雰囲気だった要石はふいに凄みを滲ませた。


 俺は軽く背筋がゾクリとする。


「……あ、そういえば。何か俺らの学年ですげー運動神経が良い女がいるって聞いたことがあるな。確か変わった名前で……もしかして、お前か?」


「ニャン♡」


 要石はニコリと笑う。


「だから、いざとなったら……君の彼女とバトって逆にこっちが殺しちゃうかもしれないよ?」


 本気とも冗談とも取れない口調で要石は言った。


「あれ? ちょっと怒った?」


 押し黙る俺を見て要石は問いかける。


「いや、ちょっとどころじゃないかな」


「やだもう、こーニャンってば怖い~!」


 要石はどこまでも人を食ったような態度を崩さない。


「ねえねえ、一回だけで良いから。こーニャンのテクを体感させて?」


「お断りだ。こう見えて、一途なんだよ」


「ふ~ん?」


 要石は下から舐めるように俺を見上げる。


 ふと、その視線が俺の下の方に向けられて。


 そして、舌なめずりをした。


「……美味しそう」


「お前が言うと別の意味でシャレにならないからやめてくれ」


「やだもう、そんな食べたりしないニャ~ン♡」


「ていうか、そのニャンニャン口調はウザいからやめろ」


「これがあたしのアインデンティティだニャン」


「先生に対してもその口調なのか? おっかない体育教師とか怒らないのか?」


「ニャン♡ むしろ、気に入られているのニャン」


「ああ、そうか。運動できるもんな」


「そういうこと♡ ちなみに、アッチの運動も得意だよ?」


「お前ってもしかしてビッチ?」


「ノンノン、処女です♡」


「ウソくさいなぁ」


「だったら、確かめてみる?」


「興味がないな」


「ニャ~ン、いけずぅ~」


 要石は身をくねらせる。


 そして、授業の予鈴が鳴った。


「あ、お前のせいでトレイに行きそびれたじゃないか」


「ニャハハ~、お漏らしする?」


「こいつ殴りてぇ~」


「ニャンニャン♡」


 どこまでもふざける要石を見て、俺は額に手を置きため息を漏らす。


 何か桜子のことが無性に恋しくなった。







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