28 彼女のご機嫌を取る

 今日は学校終わり、桜子の部屋に来て勉強をしていた。


「そこの問題はこの公式を使うのよ」


「お、なるほど。さすがだな、桜子さん」


「ふん、これくらい大したことないわよ」


 そう言いつつも、桜子は照れたようにそっぽを向く。


「よーし、今日は久しぶりに勉強をがんばるか~」


「そういえば、光一」


「ん、何だ?」


「最近、ちょっと気になることがあるの」


「気になることって?」


 俺はサラサラとノートにシャーペンを走らせながら言う。


「何か、クラスの男子がニヤニヤしながら私を見て来るんだけど……どうしてかしら?」


 俺はピタリ、とペンを止めた。


「……きっと、お前が魅力的だからだよ」


「本当にそれだけかしら?」


「そ、そうなんじゃないか?」


 ぎこちなく返事をする俺に桜子が詰め寄る。


「ねえ、本当のことを言ってちょうだい」


「な、何がでしょうか?」


「言わないと刺すわよ?」


 桜子は右手にペンを持って脅す。


「わ、分かったよ。言うから」


 俺は慌てながら両手を振った。


「実は、その……クラスの男子たちに『お前のテクを教えてくれ』って言われたんだ」


「ふむふむ」


「それで、お前とのエッチの内容を話したんだ」


「ふむふむ」


「……だからだと思います」


「よし、殺そう」


 桜子はペン以外にもありとあらゆる武器を両手に構えた。


「ま、待ってくれ」


「問答無用よ」


「せ、せめて、死ぬ前にもう1回だけお前とエッチさせてくれ!」


 我ながら、アホな発言だなと思う。


「バカじゃないの?」


「ですよね~……」


「ど、どうせなら、1回と言わずに2回でも3回でも……」


 いつの間にか桜子さんがデレていた。


「も、もう、光一のバカぁ! クラスの男子にエロい目で見られて私はとても恥ずかしかったんだからね!」


「す、すまん」


「そんなに自分のテクを自慢したかったの? いつもそれで私を何度も何度も……うぅ」


 桜子はその場にへたり込んでうなだれる。


「そうだな、自慢したかったんだよ」


「ほらみろ」


「俺の彼女は、死ぬほど可愛いって」


「えっ……」


 桜子は目を見開く。


「おい、いつもの可愛いアレはどうした? 『ズキュン』って言わないのか?」


「ず、ずきゅ~……」


「クソほど可愛いな」


 俺はつい本音が漏れてしまう。


「本当に? 私って可愛い? いつも怖いとか言うくせに」


「冗談だよ、半分は」


「あとの半分は本気じゃない、バカ」


「泣くなよ」


「別に泣いてないもん……」


 そう言いつつ、桜子は指先で目元を拭う。


「悔しい。結局いつもそうやって、あなたにペースを握られるんだもん」


「だって、桜子さんがチョロすぎるから」


「ぶっ殺すわよ?」


「ごめんって」


「ふん、だ」


 桜子はぷいとそっぽを向いてしまう。


「どうやったら機嫌が直る?」


「……キスして」


「分かったよ」


 俺は桜子のアゴをくいと向かせる。


「あっ……」


 小さく吐息を漏らす桜子の唇に重ねた。


 彼女の中の毒素が、甘いキスで浄化されるようにと思いながら。


「……ぷはっ」


 桜子は頬を上気させてボーッとしている。


「機嫌は直ったか?」


「こ、これくらいじゃ足りない」


「じゃあ、次はちょっと本気出すわ」


「へっ? そ、そんな、待って……」


 それから、俺がちょっと本気を出したキスをすると……


「……はぁ、はぁ」


 桜子さんはベッドで横になってしまう。


「ごめん、やり過ぎた」


「バカ……キスで彼女を殺すとか、どこまで変態なの?」


「まだ生きてるじゃん」


「軽く死にかけたのよ!」


 桜子はキッと俺を睨む。


「何だよ、機嫌が悪いままじゃんか。キス損だな」


「キス損って何よ。ムカつく男ね」


「嫌いになった?」


 俺が聞くと、桜子はますます怒った顔になる。


「大好きよ、バーカ!」


 赤面しながら大声で叫んだ。


「よしよし」


「な、撫でないで」


「髪、ちょっと伸びたな」


「……また切った方が良いかな?」


「いや、ロングヘアーの方が良いかな」


「そっか……じゃあ、そうする」


 ようやく機嫌が戻ったようだ。







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