32 体育祭、始まる

 いっそのこと、雨でも降って体育祭が中止になれば良いと思ったけど。


 幸か不幸か、とても快晴だった。


『では諸君、ケガのないように正々堂々と競技に挑んでくれたまえ』


 校長のハゲ頭も秋の眩い太陽でキランと輝いている。


 ちなみにチームは赤、青、黄の3組に分かれている。


 各学年のクラスはA~Fの6クラス。


 ランダムで2クラスずつがそれぞれの組に編成される。


 ちなみに、俺たちのクラスは黄色組。


 そして、件の要石が所属するF組は青組となっている。


「ぶっ殺しがいがあるわね」


 のっけから、桜子さんは不吉なことを言う。


「桜子、楽しんでやろうぜ」


 俺は気休め程度に言うが。


「ふふふ」


 桜子は不敵な笑みだけを返す。


 怖いなぁ。


「さてと、最初は50m走ね。肩慣らしにはちょうど良いわ」


「がんば」


 桜子はトラックに向って行く。


 その後姿を見送っていると、


「こ~ニャン♡」


 後ろからムニュッとした感触を得る。


「……要石か」


「ニャン♡ どう? あたしのおっぱいを押し付けられて」


「桜子の方がデカいから、別に」


「もう、ツレないんだから~。けど、そっか」


「何だよ?」


「おっぱいが大きいと、走るのには不利だよね~」


 要石は俺の前に回ってニコリと笑う。


「こーニャン、あたしの乳揺れに見惚れるなよ?」


 要石はウィンクをしながらそう言って、軽快な足取りでトラックに向って行く。


 ちなみに、桜子はスポブラをしている。


 理由は単純。俺以外の男におっぱいを見せたくないんだとか。


 全く、彼氏冥利に尽きると言うか。


 可愛い奴だ。


「位置について……」


 ピストルの空砲が鳴り響く。


 桜子が颯爽と駆け抜ける姿は美しくて。


 男女問わずに歓声を浴びていた。


「……さすがだな」


 その後に、要石がスタートラインに立つ。


 スタートの合図が鳴った直後、他を圧倒するスピードで駆け抜けた。


 周りの生徒たちはどよめく。


「……あいつ、マジですごい奴だったのか」


 ちなみに、要石はあの身体能力で帰宅部らしい。


 その代わり、運動部からしょっちゅう助っ人を頼まれているという話だ。


 そして、50m走の決勝戦が行われる。


 桜子と要石が早くも相対する。


 これは後に控えたクラス対抗リレーのアンカー対決、その前哨戦とでも言うべきだろうか。


 隣のレーン同士だが、二人が会話を交わしている様子はない。


 いや、要石は終始ニヤついているから、何かしら桜子に囁いているのかもしれないが。


 ピストルの音が鳴り響く。


 スタートダッシュは要石に軍配が上がった。


 けれども、桜子は引き離されることなく、中盤から追い上げる。


 他の生徒たちは決勝まで残った強者にも関わらず、二人のスピードに全く付いて行けない。


 終盤、桜子は要石とほぼ並びかけるが……


 先にテープラインを割ったのは要石だった。


 本当にわずかな差だった。


 二人はまた特に会話を交わすことはしない。


 ただ、要石は不敵な笑みを浮かべつつも、桜子を警戒しているようにも見えた。




      ◇




 お弁当タイム。


 俺は桜子と二人で食べていた。


 ちなみに、気合の入った重箱のそれを作ったのは桜子さんだ。


「惜しかったな、50m走は」


 俺はからあげを食いながら言う。


「ええ、そうね。けど、ちょっと後悔しているわ」


「何が?」


「おっぱいは私の方が大きいから。スポブラを着けていなければ、最後に胸を張って勝っていたわ」


「けど、その途中が走りづらいんじゃないの? それに、お前の乳揺れが全校生徒に見られるのは嫌だなぁ」


「何よ、独占したいの?」


「うん」


 俺が素直に頷くと、桜子は軽くたじろぐ。


「へ、変態ね」


「ていうか、今ってどれくらいのサイズなの?」


「えっと……」


 桜子は少しモジモジして、それから俺にこそっと耳打ちをする。


「……デカ」


「う、うるさい」


「腰とか細いままなのに、何で乳だけそんなに成長してんの?」


「あ、あなたのせいよ……バカ」


「すまん。じゃあ、今度から乳を吸ったり揉んだりするのはやめるよ」


「そ、それは……やめないで」


「お前……やっぱり、エロい女だな」


「こ、殺すわよ?」


 そう言いながら、桜子は自分の箸で卵焼きを掴んで俺に差し出す。


 俺はそれをパクリとした。


「……やわらけ~。桜子のおっぱい並だな」


「……もうやだ、この男」


 桜子は両手で赤く染まった顔を押さえて言う。


「ていうか、今くらいスポブラ取ったら?」


「結構よ」


「何で?」


「変態の前でみすみす隙をさらすつもりは無いから」


「まあ、良いや。後でたっぷり可愛がってやるから」


「ドズキュン!」


 桜子は顔を押さえていた両手で今度は胸を押さえる。


「ハァ、ハァ……あなた、私を殺すつもりなの?」


「大好きな彼女を殺す訳ないだろ?」


「ドズキュンキュン!……も、もうダメ……死ぬ……呼吸が苦しい」


「じゃあ、人工呼吸してやろうか」


「い、いい加減にしてちょうだい……」


 こうして、束の間の休息は過ぎて行った。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る