26 お仕置きマッサージ

 俺はベッドの上で正座をしていた。


「じゃあこれから、イケない浮気彼氏くんをお仕置きしまーす」


 ベッドの脇に立って俺を悠然と見下ろしながら桜子は言う。


「なあ、桜子。その件は水に流してくれたんじゃなかったのか?」


「でも、やっぱりムカつくから」


「言っておくけど、浮気じゃないぞ? やむを得ない事情があってだな……」


「つべこべ言わないで、寝ころびなさい。うつ伏せの姿勢でね」


「えー、敵に背を向けるなんて」


「誰が敵よ。愛する彼女じゃない」


「自分で言っちゃうんだ」


 文句を垂れつつ、俺は言うことを聞いた。


「さてと……」


 ギシ、と音が鳴る。


 桜子もベッドに乗った。


 そして、俺に跨る。


「ああ、これからムチで叩かれるのか」


「言っておくけど、私にそんなドS趣味はないから」


「けど、いつも俺を刺すじゃん、鉛筆とかで」


「それはライフワークよ」


「怖すぎ」


「良いから黙りなさい」


 俺は仕方なく押し黙る。


 すると、ふいに桜子が俺の首筋に触れた。


「ふぁッ!?」


「ちょっと、黙りなさいって言ったでしょ?」


「お前、俺の首を締めて殺す算段か?」


「いい加減にしなさい」


 桜子は少し怒った口調ながらも、その手付きは優しい。


「え、もしかして、マッサージ?」


「そうよ」


「お仕置きは?」


 桜子はグッ、グッ、と俺の首を揉みながら、


「私のあなたに対するお仕置きは、あなたを征服することだから」


「征服?」


「思い知るが良いわ。あなたの体が気持ち良くなるのも、苦痛を感じるのも、全ては私の手に委ねられているってこと」


「相変わらず、ヤンデレっぽいこと言うな」


「はぁ?」


「……イテテテテ。爪を食いこませるな」


「頸動脈を掻っ切るわよ?」


「マジで怖すぎる」


「冗談よ。大好きな彼氏を殺す訳ないでしょ? もしうっかり殺しちゃったら、その時は私も死ぬから安心して」


「愛が重いなぁ。ついでに、思いのほか体重も……アイテテテテ!」


「女子に体重の話は禁句よ」


「落ち着け、話は最後まで聞くもんだ」


「何よ?」


「お前の体重が思ったよりも重いのは、おっぱいが成長したからだろ?」


「いやん♡」


 むにゅっ、と柔らかい感触が全面的に背中に押し付けられた。


「あの、もしかしなくても、おっぱい押し付けてます?」


「はぁ、はぁ……ダーリン、発情しちゃった♡」


「気持ち悪いなぁ」


「きもっ……ぶっ殺すわよ!」


「ウソ、世界で一番可愛いよ」


「ドズキュン!」


 俺の背中で桜子が悶える。


「なあ、どうせなら最後までちゃんとマッサージしろよ」


「わ、分かっているわよ」


 桜子は軽く息を切らせながらマッサージを再開する。


「あ~、上手いな~。お前、マッサージ師になれるんじゃないか?」


「嫌よ。他の男の体になんて触れたくないわ、汚らわしい。私が触れるのは愛しいあ・な・た・だけなの♡」


「へぇ」


「ちょっと、さっきから私が愛を込めているのにそっけない返事をして刺すわよ?」


「ごめん、寝ても良い?」


「もぅ~! ちゃんと起きてなさいよ~!」


「けど、俺が寝た方が俺の体を好き勝手に出来るだろ?」


「あ、そっか。光一、寝なさい」


「お前って、俺といると急にポンコツになるよな」


「だって、だって~! 愛しいあなたといると、脳みそが甘々にとろけちゃんだも~ん!」


「こんな姿はみんなに見せられないな」


「ええ、きっと死ぬわ」


「死ぬな」


 桜子のマッサージは続く。


「ねえ、お尻もして欲しい?」


「ん? どっちでも良いよ」


「じゃあ、揉んじゃお」


 桜子はグッ、グッと俺の尻を揉む。


「あぁ~……何か変な気持ちになって来るな~」


「エッチしたい? ねえ、エッチしたい?」


「いや、眠い」


「くッ……何なのよ、この男は」


 桜子は怨念を込めて力を強めるが、お尻は肉厚で柔らかいのでノーダメージです。


「なあ、桜子」


「何よ?」


「こんなに気持ちの良いマッサージをしてくれたんだから、お礼をしないとな」


「ついにエッチをしてくれるのね?」


 俺が起き上がると、桜子が目をキラキラと輝かせている。


「いや、今度は俺がマッサージをしてやるよ」


「え?」


「ほら、いきなり運動するとケガをするかもだろ? 俺の方はもう準備完了だから、次はお前の番な」


「いや、その必要はないでしょ」


 桜子は軽くたじろぐ。


「まあまあ、遠慮するなって」




 そして……




「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……し、死ぬ……こっちのテクも……あり得ない……」


「よし、準備完了だな。ん、どうした? そんなに息を切らして。軽くマッサージをしただけだろ?」


「……ぶ、ぶっ殺すわよ?」


「そんなにバテていたら、もうエッチは出来そうにないな」


「だ、大丈夫だから……エッチしなさい」


「え? そんな上から目線は可愛くないな~」


「……お、お願いします……ダメな彼女とエッチをして下さい」


「ダメな彼女じゃないよ」


 最後に俺が優しい声で言うと、桜子は嬉しそうに笑った。







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