25 訪れる修羅場

 後輩女子との不毛な(?)デートは続いていた。


「ちょっと、先輩。女の子とデート中にそんなニンニクたっぷりのステーキを食べて……神経を疑いますよ?」


「ん? でも、桜子とデートする時は普通だぞ。そのまま、キスもするし」


「はっ? マジですか? 最悪です、麗しい桜子さまのお口が、ニンニク臭い男に犯されるなんて……」


 美波は頭を抱えて唸る。


「おい、早く食べないと冷めるぞ」


「余計なお世話です」


 ぷい、とそっぽを向かれてしまった。


 昼食後、俺たちは適当に街をブラついていた。


「で、次はどこに行くんだ?」


「先輩が男らしくエスコートして下さいよ」


「って、言われてもなぁ……あ、ゲーセン入るか」


「まあ、良いですけど」


 俺たちはゲーセンに入ると、クレーンゲームの前に立った。


「あ、あのワンちゃんのぬいぐるみ、可愛い」


「そういえば、お前は犬派って言っていたな」


「あ、覚えていたんですね」


「さっき聞いたばかりだし」


「私のことなんて興味ないと思っていましたから」


「そんな風にふて腐れるなよ。女の子は笑った方が可愛いぞ」


「なっ……う、うるさいです」


 ポカポカと背中を叩いて来る南を無視して、俺は100円玉を入れた。


「あれ、取ってやるよ」


「え? でも、難易度高めですよ?」


「まあ、見てなって」


 俺はアームを操作する。


「え、ウソ、そんな風に攻めるんですか……」


「そして、ここで……」


「あっ、やだ、先輩すごい……」


 ガコン。


「ほれ」


 俺は無事にゲットした犬のぬいぐるみを美波に渡す。


「あ、ありがとうございます」


 美波はそれを両手で抱き締めた。


「そういえばさ、お前は何で桜子の親衛隊に入っているんだ?」


「えっ? それは、憧れているからです。桜子さまは、美人で頭もよくてスポーツも万能で、全校生徒の憧れなんです」


「けど、お前らが思っているよりもダメな女だぞ」


「う、うるさいです。彼氏面しないで下さい」


「だって、彼氏だし」


「うぅ~……」


 美波は少し悔しそうに唸る。


「けどさ、もったいないな」


「何がですか?」


 美波はまたふて腐れたように聞き返す。


「だって、お前も十分に可愛いらしいのに。桜子ばかり見ていないで、もっと自分のことを見ろよ」


「へっ……?」


 美波の目が丸くなった。


 しばし、口を半開きにしてパクパクしていた。


「……そ、そうやって、桜子さまも落としたんですか?」


「いや、何かあいつの方から勝手に惚れて来た」


「本当にムカつく人ですね」


 美波はまたぷいとそっぽを向く。


 けれども、その頬が少しだけ赤らんでいるように見えた。


「――全く、その通りね」


 その声に、俺たちはハッと振り向く。


「さ、桜子さま……」


 美波は声と体を震わせる。


 桜子は澄ました顔で近付いて来た。


「よう、奇遇だな」


「あなた他の女と浮気しておいて、よくも抜け抜けとそんなことが言えるなわね」


「ていうか、何で気付いたの?」


「あなたの彼女ですから。それくらい分かります」


「本当に、怖い女だねぇ」


 俺が肩をすくめると、桜子は鋭く睨む。


「で、どうやって殺されたい?」


「あ、あの、桜子さま……」


 美波がおそるおそる声を出す。


「こ、今回の件は、私が先輩をそそのかしたんです。桜子さまにふさわしい男かどうか、確かめるために……」


「あら、そう。けど、この男は途中から完全に楽しんでいたわよね、後輩女子とのデートを」


「まあ、それなりにな」


「へっ?」


 美波がまた目を丸くする。


「じゃあ、光一。覚悟は……」


「俺さ、今日は美波とデートが出来て本当に良かったよ」


 目を丸くしたままの美波に言う。


「あなた、この期に及んで……」


「確かに楽しかったけど、やっぱり何か物足りないから。再認識したよ」


 そして、目の前の女を真っ直ぐに見つめる。


「桜子、俺はお前じゃないとダメみたいだ」


「なっ……」


 それまでずっと鋭かった桜子の目元が揺らぐ。


「あ、あなた、今さらそんなこと言ったって……浮気は浮気なんだから」


「良いじゃんか、ちょっとくらい。浮気も男の甲斐性だろ?」


「光一……ぶっ殺す」


 桜子がゆらりとして俺に近寄る。


「せ、先輩!」


「大丈夫だ」


 俺はぎらつく目をした桜子を真っ向から迎え撃つ。


「この、バカ男……!」


 鋭く平手打ちが放たれる。


 けど、俺はそれを受け止めた。


 そして、桜子の華奢な腕を引く。


 そのまま、キスをした。


「んっ……」


 桜子は俺の腕の中で小さく暴れた。


「……ぷはっ。な、何をするの?」


「何だ、まだ騒がしいな」


 俺はまたキスをする。


「……ぷはっ。こ、光一ぃ……」


「うん、少しは大人しくなったな」


 傍から見ている美波が激しく赤面していたが、放っておく。


「そうだ、桜子」


「な、何よ?」


「お前は浮気をするなよ。お前は俺だけのモノだからな?」


「は、はぁ? 何て自分勝手な男なの? 自分は浮気するくせに、私はダメだって言うの? ぶっ殺す! あなたなんて冴えないダメ男のくせに、イケメンでもないくせに、オレ様みたいなこと言わないでちょうだい!」


「おい、桜子」


 俺が少し強めに言うと、桜子が小さくビクっとした。


「頼むからこれ以上、俺を困らせないでくれ」


 そして、優しい声のトーンで言う。


「こ、光一さま……」


「あ、本当に言った……」


 美波が目をパチクリさせる。


「そうだ、こいつはお前のファンみたいなんだ。サインでも書いてやれよ」


 俺が言うと、


「へっ? いや、そんな良いですよ!」


 美波が慌てて言う。


「遠慮しなくて良いわ」


 桜子はスッと俺から離れ、いつもの凛とした口調に戻る。


 軽くビクつく美波に対して微笑みながら、


「ちょうど、メモ帳を持っていたから。あと、鉛筆も」


「さ、さすが、桜子さま。勉強熱心なんですね」


「本当は、これで浮気男をぶすっと刺すつもりだったんだけどね」


 桜子はメモ用紙にサラサラと鉛筆を走らせながら言う。


 美波の顔から血の気が引いていた。


「おい、可愛い後輩をドン引きさせるなよ」


「あら、ごめんなさい。そういえば、お名前は?」


「あ、美波雫です」


「分かったわ」


 桜子はサインを書き終える。


 俺が背後からチラっと覗くと、いつ考えたのか知らないけど、こなれた芸能人っぽいサインが書かれている。


 さらにメッセージまで書いてあり、『人の物を取っちゃダメだぞ、泥棒ネコちゃん♡』とあった。


「おい、桜子。こいつは猫より犬派なんだぞ」


「あら、そうなの? 書き直そうかしら? 『しつけの必要なワンちゃんね♡』って」


「お前な……美波、大丈夫か?」


「あ、はい」


「まあ、何だ。今日は楽しかったよ。ありがとう」


「い、いえ、こちらこそ……」


 美波はぺこりと頭を下げる。


 それから、桜子にも頭を下げて、


「で、では。私はこれで失礼します」


 タタタッ、と犬のぬいぐるみを抱えながら去って行った。


「うふ、可愛い後輩だったわね」


「よく言うよ。散々おどしておいて」


「あら、誰のせい?」


「分かったよ、俺が悪かった」


「じゃあ、この後スイーツをおごりなさい」


「良いよ。けど、キスの味が甘くなりすぎるけど、大丈夫か?」


「ズキュン」


 やっぱり、桜子が一番だ。







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