22 記者会見

 その部屋の前で、俺は辟易としていた。


「なあ、本当にやるのか?」


「当然よ。逃げていたって仕方ないんだから。ここでビシッと決めてやるのよ」


「さすがですね、桜子さん。じゃあ、俺はずっと黙っておくね」


「はぁ? ぶっ殺すわよ」


「怖いなぁ」


 すると、部屋の扉が開く。


 ひょこっと顔を覗かせたのはクラスメイトで新聞部の麦畑さんだ。


「春日くん、東条さん、どうぞお入り下さい」


「行きましょう」


「はいはい」


 背筋を伸ばして堂々と中に入る桜子の後ろを、俺は気だるく猫背になって付いて行く。


 その部屋には多くの生徒が詰めかけていた。


「どうぞ、こちらに」


 俺たちは壇上のパイプ椅子に着席した。


 目の前には長いテーブルとマイクが用意されている。


 何か一般の生徒以外にも、カメラを構えたプロい新聞部の連中とかいるし。


 麦畑さんが壇上の端っこでマイクを握った。


「みなさん、お待たせいたしました。これより『まさかの熱愛!? 学園のマドンナと冴えない男子カップルの記者会見!!』を行います。ちなみに、今日この場にいらっしゃる観覧の生徒さんは厳正なる抽選で決めさせていただきました。本当は体育館を貸し切りたい所でしたが、さすがに先生の許可が下りませんでした」


 麦畑さんは言う。


「では、早速お二人にお聞きします。夏休みの最終日に今回のスキャンダルが発覚した訳ですが。お二人が付き合った経緯を教えて下さい」


 俺はマイクを握った。


「桜子さんに脅されました」


「ぶっ殺すわよ」


 強烈なその一言がマイクに乗って響くと、会場にいた生徒たちは軽く戦慄した。


「ま、まさか、あのいつも笑顔が素敵な東条さんがこんなに怖い一面を持っていたなんて……それもまた衝撃ですね」


 麦畑さんは言う。


「まあ、普段は猫を被っていたので」


「あっさり言っちゃうんですね……それで、結局はどういう経緯で付き合うことになったんですか?」


「ほら、光一。言いなさい」


「はいはい……えっと、まあ、2年生に進級したクラス替えで、俺はこいつの隣になったんです。最初は学園のマドンナの隣でラッキーって思ったんだけど、何か俺にだけメチャクチャ厳しい毒舌だったから。一ヶ月くらい経った時、『何で俺にだけ毒舌なんだよ?』って言ったら、『将来、あなたと結婚したいから』と言われました」


 俺はありのままの事実を語る。


「えっと……ちょっと意味が分かりませんね」


「ああ、俺も意味が分からなかった」


「何でよ? 純然たる私の愛の言葉でしょうが」


「いや、ぶっちゃけいきなり重いだろ」


「ズーン……」


 桜子がへこんだ。


「ど、どうしました?」


「あ、すまん。こいつ実は豆腐メンタルなんだ。おまけにヤンデレでメンヘラの気質もあるから」


「光一、余計なことは言わなくて良いの」


 桜子はキッと俺を睨む。


「こほん……とにかく、私は彼に惚れたので告白したんです」


「なるほど。ちなみに、春日くんのどんな所に惚れたんですか?」


「ダメ男な所です」


「おい」


「具体的にお願いします」


「いつも一人な所とか、きちんと自分を持っているのが良いなと思ったんです」


「ただ、ボッチなだけだよ」


「私はありのままの彼が好きですが、将来的に結婚するためには、そのままだとダメなので。私の夫になるべく鍛えてあげようと思って、色々と厳しく指摘したんです」


「そうなんだよ。だから、俺も心を入れ替えてちゃんとネクタイを整えて行ったら、『何でちゃんとしちゃうの?』とか言われて……面倒くさい女なんです」


「ちょっと、何よその言い草は」


「だって、本当のことだろ?」


「刺すわよ?」


「おい、公衆の面前で殺人を犯す気か」


「あの、すみません……イチャつくのは後にしてもらえます?」


「いや、イチャつくって言うか、軽く殺されかけているんですけど」


「黙りなさい、光一。キスするわよ」


「いい加減にして下さい、桜子さん」


「何よ、私のことが嫌いなの?」


「いや、好きだけど。面倒くさい所も含めて全部な」


「ズキュン」


 閑話休題。


「それで夏休みも当然カップルで過ごされた訳ですよね? どのように過ごされましたか?」


「7月の内に夏休みの宿題を全て終わらせて、8月は毎日エッチをしていました」


 淡々と彼女が述べると、その場が一瞬だけシンとなる。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!?」」」


 そして、男子たちが歓喜と悲哀の入り混じった雄叫びを上げる。


「そういえば、春日くんは勉強も運動もダメだけど、その……エッチは上手とおっしゃっていましたね」


「ええ、そうよ。もうすごいんだから」


「桜子さん、自重してくれ」


「嫌よ、もっと語らせて。あなたの素敵な所を♡」


「その度に、俺のライフゲージが削られているんですが」


「わぁ~、ゾッコンですね」


「ええ。しかも、彼は普段はダメ男だけど、たまに凄くかっこ良い『光一さま』になるの」


「光一さま……ですか?」


「ええ。その時、私はもうビショ濡れ……むぐぐ!」


 俺はとっさに桜子の口を押える。


「おい。いい加減にしないと……後でお仕置きするぞ?」


 俺が囁くように言って口から手を離すと、


「……こ、光一さま」


 桜子は恍惚とした目で俺を見つめた。


「「「おおおおおおぉ~!」」」


 今度は純粋に感心したような歓声が上がった。


「なるほど、わたし達が思っていた以上に、春日くんはヤリ手のようですね」


 麦畑さんが言うと、みんなが頷く。


「もし、そのテクを求めて他の女子が言い寄って来たらどうしますか?」


「もちろん、ぶっ殺します……彼を」


「いや、何でお前が答えるんだよ」


「私のモノにならないなら、いっそ……フフフ」


「ちょっと、ヤンデレ臭を出さないでもらえる?」


「わ、わぁ~、お二人は本当にラブラブなんですねぇ~」


 麦畑さんが苦笑すると同時に、チャイムが鳴った。


「あ、じゃあ記者会見はここまでにしまーす。皆さん、ありがとうございました~!」


 ちゃんちゃん、と。


「ねえ、ちょっと光一。そういえば、あなたのテクの話を聞いてからクラスの女どもがあなたを嫌らしい目で見つめているんだけど? 殺しても良いかしら? 殺しても良いわよね? ウフフフフ」


「良くないです、桜子さん」


 当分、まだ騒がしくなりそうだ。







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