10 エッチな読書

 季節は梅雨を迎えた。


 まだ本格的にザーザーと雨は降っていないけど。


「憂鬱な季節だよなぁ」


 今日は適当に空いている教室を見つけて、東条と弁当を食べていた。


 俺は別に教室で食べても良いんだけど、東条は周りがうるさいし、二人きりになりたんだとか。


「そうかしら? 私は梅雨って好きよ。雨を見たり音を聞いていたりすると、落ち着くわ。読書の秋なんて言うけど、私的には『読書の梅雨』かしら」


「へえ。やっぱり、頭の良いやつっていっぱい本を読むんだな。俺も見習って、本でも読んで見ようかな」


「それは良い考えね。じゃあ、今度のお休みに二人で図書館に行きましょう」


「え、学校の図書室で良いじゃん」


「は? 何よ、文句でもあるの? 私とデートしたくないの?」


「……したいです」


「ありがとう、ダーリン♡」


 こいつの情緒を安定させる術を学びたい。




      ◇




 ちょうどその日は、雨が降っていた。


「まさに絶好の読書日和ね」


 図書館の前でカサを閉じながら東条は言う。


「お前は変わり者だな」


「うるさいわよ。良いから、付いて来なさい」


「へいへい」


 俺は東条と一緒に図書館の中に入る。


 もっと人がまばらだと思ったけど、結構利用者がいて驚いた。


 おじいちゃんは新聞を広げているし、学生は勉強をしているし、子供はきゃっきゃとハシャいでいるし。


 図書館って、もっと静かなイメージだったけど。


 意外と、賑やかだな。


「ごめんなさい。休日は子供達が多いから、少し賑やかだけど」


「ああ、良いよ。お前が謝ることじゃないし」


「けど、賑やかな方が、エッチな会話も聞かれなくて良いしね」


「ああ、そうだな」


 俺がそう返すと、東条は頬を赤らめながら、


「……今のはボケたのだけれど」


「そうなのか? 本当に俺とエッチな会話をしたいのかと思ったよ」


「バ、バカ」


 そんな風にやり取りをしていると、


「ママ、このお兄ちゃんとお姉ちゃん、ケンカしているよ?」


 小さな男の子が言った。


「なっ……」


 東条は赤面したまま固まるが、俺は身を屈めて冷静に、


「大丈夫だよ、ケンカはしていない。このお姉ちゃんはちょっとツンデレなんだよ」


「ツンデレってなーに?」


「君も将来、大人になれば分かるよ」


「うん」


 男の子は笑顔で頷く。


 お母さんがペコペコしながら連れて行った。


「……春日くん?」


「ん……って、何でそんな怖い顔をしているんだ?」


「誰がツンデレですって?」


「お前が」


「勝手に決めないでちょうだい。私のどこがツンデレだって言うの?」


「良いじゃん、ヤンデレよりも可愛いぞ?」


「殺されたいの?」


 東条は懐から鉛筆を取り出す。


「何で常に凶器を持ち歩いているんだよ」


「これはメモするためのモノよ」


 そう言って、メモ紙も出す。


「さすが優等生だな」


「お黙りなさい」


 東条はツンとそっぽを向いて適当な席に腰を下ろす。


「落ち着いて読書したいだろうから、少し離れた場所に座ろうか?」


 俺なりに気を遣ったつもりだったけど、


「はぁ? 何でデートに来たカップルが別行動を取るのよ? バカなの? アホなの? 一度死んでホルマリン漬けになって出直して来なさい」


「メチャクチャ怒るなぁ」


 俺は苦笑しながら適当に本を選び、東条の隣に腰を下ろす。


 けど、東条はまだ睨んだままだ。


「え、どうした?」


「向かい側に座りなさい」


「え、何で?」


「読書するあなたを見ていたいから」


「……はぁ」


 俺は気の抜けた返事をして席を移動する。


「これで満足か?」


「ええ。ちなみに、何を読むつもりかしら?」


「何か昆虫の図鑑が面白そうだったから」


「ふん、子供ね」


「バカにすんな。お前は何を読むんだよ」


「古典文学史よ」


「いかにも難しそうだな。そんなの読んで楽しいか?」


「ええ、楽しいわ」


「ふぅん?」


「春日くん、あまり喋ってばかりいると他の人に迷惑だから、読書に集中しましょう」


「分かったよ」


 それからしばらく、俺たちはそれぞれの読書に没頭した。




      ◇




 読書タイムを始めてから一時間ほど経過した。

 俺は既に読書を放棄してスマホをいじっていた。


「……春日くん、別にそれはマナー違反じゃないけど、図書館を愛する者としては見過ごせない光景だわ」


「あ、うん。ちょっと気になったから調べていたんだよ」


「何を?」


「お前が読んでいる本について」


「えっ?」


「古典文学って、『源氏物語』とか『枕草子』とかだろ? 教科書によく載っている」


「そ、そうね」


「前にテレビで見たのを思い出したんだけどさ……それって、実はめちゃエロいんだよな」


「…………」


「もちろん、教科書にはそんな場面は載せていないけど……」


「…………」


「つまり、お前はさっきからエロ本を読んでいたってことだな」


「…………殺しなさい」


「え、俺のことを殺すんじゃなくて?」


「もうダメ、恥ずかしくて生きていけない……死にたい」


「思い詰め過ぎだろ」


「だって、彼氏にこんなエッチな子だと思われて……」


 東条はいつになくシュンと落ち込んでいる。


「東条、耳かして」


「え?」


 東条はシュンとした顔のまま顔を上げる。


 俺はそんなかの女の耳にそっと囁く。


「……男は、彼女がエッチな方が嬉しいぞ」


 顔を話して見ると、東条はポカンとしつつも、顔がみるみる内に赤く染まって行く。


「あと、今日の服めちゃ可愛いな」


「バ、バカ……死になさい」


 照れる東条を見て俺がニヤけていると、


「……春日くん、後で罰を与えるわ」


「え、何か怖いな。何を要求するつもりだ?」


「それは……わ、私にベロチューをしなさい」


 東条は頬を赤らめたまま言う。


「……好きだなぁ」


「べ、別に、私は……」


「お前のことが」


「ひゃんっ」


 東条は可愛らしい声を出した。







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