5 俺の彼女は変態だろうか
朝から俺は少し異様な光景を目の当たりにしていた。
「うふふ」
隣の席で東条が笑っている。
それは大いに結構なことなのだが。
「うふふ、春日くんに買ってもらっちゃった」
彼女が愛おしそうに眺めているのは、俺が買ってあげた消しゴムだった。
昨日の放課後、デートした時に買ったのだ。
「おはよう、桜子ちゃん。あれ、どうしたの? そんな風に消しゴムを眺めちゃって」
「あ、ううん。何でもないの」
「そっか。じゃあ、またね」
「うん、またね」
手を振って去って行くクラスの女子を見送ってから、東条は再び消しゴムを机においてじっくりと鑑賞している。
何だか、俺もじっと見つめられているような気がして、ちょっとムズムズするな。
「……あの、東条」
「何かしら? 芸術を鑑賞している人に話しかけるなんてマナー違反よ?」
「げ、芸術って……ただの消しゴムだろ?」
「違うわよ。最愛の彼がプレゼントしてくれた特別な消しゴムよ」
「よくある普通の消しゴムなんですが……」
「何よ、もう。そんな生半可な気持ちで私にプレゼントをしたの?」
「あ、はい。軽い気持ちで買ってあげました」
「軽い気持ち……ですって?」
あれ、何か地雷を踏んじゃった気配?
「あなたはそうやって、軽い気持ちで浮気もしそうね」
「いやいや、何でそうなるの?」
「そうよね。私みたいに面倒くさい女より、もっと軽く楽しめる女の方が良いわよね」
「誰もそんなこと言ってないよ」
「もう話しかけないでちょうだい」
ぷい、とそっぽを向かれてしまう。
「えぇ~……」
俺はひどく困惑した。
◇
東条とケンカをしたから、今日は久しぶりにボッチ飯かなと思ったのだけど……
「…………」
彼女は普通に俺の隣に座って弁当を食べていた。
相変わらず、ムスっとした顔のままだけど。
「……なあ、東条」
「話しかけないでちょうだいって言ったでしょ? あなたの脳みそはミジンコ並みなのかしら、春日くん?」
「いや、それは分かっているけど。じゃあ、何でわざわざ一緒に居るんだよ?」
「彼女が彼氏と一緒に居るのは当然のことでしょう?」
俺は言葉に詰まった。
東条はまたぷいとそっぽを向く。
「……なあ、東条」
俺が呼びかけても彼女は無視をして箸を進める。
「どうせ一緒にいるなら、もっと楽しくいたいな」
ピタリ、と彼女の箸が止まった。
「……具体的には、どうすれば楽しくなると思うかしら?」
「え? ああ、そうだな……手でも繋ぐか?」
「今、お箸とお弁当箱で手が塞がっているのだけれど」
「一旦、置いてくれるか?」
俺が言うと、東条は意外にも素直に言うことを聞いてくれた。
「繋ぐなら、早く繋ぎなさい」
「分かったよ」
俺がそっと手に触れると、東条はピクリとした。
「……東条の手、冷たいな」
「……余計なお世話よ」
「……もしかして、緊張している?」
「……誰があなたごときに」
「……そんな風に意固地になってばかりいると損するぞ?」
「……緊張しています。すごく」
「……お前、やっぱり可愛いな」
俺が言うと、東条は目を丸くして見つめて来た。
「どうした?」
「……あなたを刺し殺したい」
「ちょっと意味が分からないんですけど」
「だって、好き過ぎて辛いから……いっそのこと、殺して……」
「じゃあ、お前がそんな悪さをしないように、ずっと手を握っていてやるよ」
俺が言うと、東条はまた更に目を見開く。
「……やば、かっこよすぎ」
「いやいや、ただの自己防衛ですよ」
「ちょっと鼻血が出て死にそうなのだけど」
「落ち着こうか」
それから昼休みが終わるまで、東条はずっと俺に寄り添っていた。
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