電車に揺れは
阿尾鈴悟
電車の揺れは
──帰るのは何年ぶりだろう。
電車に揺れは、どうでもいいことを考えさせる。
──中学進学からだから、もう、六年になるのか……。
鈍行しかない路線、田んぼしか移さない窓、人の居ない車内。
小学校の頃、毎日見ていた景色と変わらない。違うのは広告だけ。
『次はァ──』
間延びした車掌の声が聞こえる。
それなのに、脳が理解をしようとしない。
きっと、僕は、未だに現実を受け入れられていない。
だから、進んでいる先も受け入れようとしていない。
*
数か月前、僕は受験に失敗した。
……いや、正確に言うと、受験に成功し、進学に失敗した。
自分で決め受かった大学を、父は土壇場になって否定したのだ。
何でも父の要求していた偏差値の大学じゃなかったから、らしい。
嘘のような、本当の話。信じられない、信じたくない話。
試験が巧く行こうと、お金を出す予定だった父が否定したんじゃ意味が無い。
てっきり応援してくれていると思っていたから、二重でショックだった。
訂正。それに、父が大学を『やりたいことを学ぶ場所』ではなく、『偏差値』でしか考えていないこともあるから、三重だ。
これは、父との会話不足が招いた悲劇だろう。
会話していても、この結果になったと思うけど。
立ち上がるには時間が掛かった。
重要なのは、立ち直るじゃないこと。
とりあえず、これからどうしよう……、と考えるまで、一か月掛かった。
僕の目の前にあった選択肢は、概ね三つ。
一つ。父を説得し、来年、同じ大学を受験する。
二つ。父と話し合い、折り合いの付いた大学を受験する。
三つ。働く。
奨学金は取れそうになかったから、この三つ。
結局、選んだのは、地元の小さな会社にUターン就職することだった。
*
『次はァ──』
今はどのあたりまで来たのだろう。
風景が変わらな過ぎて、分からなくなっている。
連絡を取った小学校の友人は、ずいぶん開発が進んだ、と言っていたが、すっかりコンクリートの色に染まった街に慣れてしまった僕には、同じ景色としか感じられなかった。
──そういえば、六年前は、向こうに対して、同じことを思ったんだよな……。
懐かしい、こんな様になるなんて、微塵も想像していなかった頃の記憶。
あの頃の僕は何になりたかったんだろう。
本当にあの大学に入りたかったのかな。
いや……、大学じゃなくて、何に……。
『次はァ──』
立ち上がり、ドア上の路線図をぼうと眺める。
Yの字を横にしたみたいな線と、その上を並ぶ駅名の羅列。
今はまだ幹の部分だった。枝の部分──それも、枝の先まで行かなければならないから、まだまだ時間が掛かりそうだ。
再びソファに沈む。
電車に揺れは、どうでもいいことを考えさせる。
だから、何も考えないように、考えないように、考えないように──
*
『次はァ、終点──』
車掌の声で目を覚ます。
慌てて降りる。
直後、電車のドアが閉まり、何処かへ消えて行った。
──アレ……? ここって……。
降りたのは、田んぼの真ん中もいいところの駅だった。
人の気配はなく、風と土と草の匂いしかしない。
駅名看板には、『
僕が向かっていたはずの『
──もしかして……。
ホームを歩き回り、路線図を確認する。
と。
「あっ」
簡単な話。
ここはもう一つの終点。
俯いていたがために起きた、あまりに単純なミスだった。
ふっ、と声が漏れる。
あまりにくだらない。
けれど、そのくだらなさも久しぶりだった。
『まもなくホームに──』
列車が来る。
何にしろ、一度、乗換駅に向かわなければいけない。
確認する必要もなく、ドアをくぐる。
ソファに座り、息を吐く。
しばらくして、列車が動き出す。
路線図を眺める。さっきまでいた『杵月』と、これから行く『日花』の間の駅名に目を滑らせる。
──こっちの方が、Uターンっぽいな。
やはり電車に揺れは、どうでもいいことを考えさせる。
電車に揺れは 阿尾鈴悟 @hideephemera
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