無意味な爆破は美しい

針音水 るい

無意味な爆破は美しい

 富士山が消えたのは、何の変哲もない日が始まろうとしていた早朝のことだった。


 いや、削れたと言った方が適切かもしれない。


 綺麗に上の方だけ、まるでかき氷を食べようとスプーンで崩したかのようにえぐられたその地表は、異常なほどに滑らかで、大自然と人工物のコントラストが、見る人にさらなる恐怖心や不気味さなるものを感じさせた。

「えー、国民の皆さん。大変申し訳ありませんでした。今回の事故は、私が所属する国立宇宙機関研究所で個人的に開発していた新型ミサイル、ダイボ1号機の暴走、誤発射によって招かれた事態でございます。このような大惨事が起こってしまい誠に申し訳ございませんでした」

 聞いたこともないような研究所の若い博士が即座に記者会見で謝罪する。

 今までに無い前代未聞の事件だったが故に、おびただしい数のフラッシュが会場全体を白くする。


 その光は当事者である博士を非難しているというよりかは、称えているようにさえ見えなくもないくらい神々しいものだった。


「破壊された部分の修繕は可能なんでしょうか」

 記者から質問が飛ぶ。

「富士山のえぐれた箇所は埋め立てなどを行えば元の姿に戻せないこともないのですが、かかる時間や費用を考えれば現実的ではありません。よって完治させることは不可能でしょう」

 会場が騒つく。

 次から次へと野次が飛ぶ。

 完治って…。

 人じゃあるまいし、変な表現を使う博士だ。


「なんか信じられねーよな。日本の象徴が一瞬にして壊されちまうなんて」

 富士山、と今はもう呼んでいいのかすら分からない山の斜面を登りながら健二が言う。

「だって日本で一番高い山なんだろ?なんなら人類よりもよっぽど年上だろ?もっと粘ってもらいたかったもんだよなー」

 そんな無茶な。

 富士山が抵抗する術を持っているわけがないだろう。

 健二は時折ふざけているのか本気なのか分からないことをよく言う。

「やっぱり健二君は面白いことを言うね」

 横で美咲さんが笑う。

 艶のある長い黒髪が、風で美しくなびいている。

 美咲さんは俺や健二よりも2歳年上で、会社の頼れる先輩だ。失敗ばかりしていた新人の頃は、よく手伝ってもらってたっけ。

「美咲さん、健二を甘やかさないでくださいよ。すぐまた調子に乗って変なことを言い始めるから」

 俺は急いで釘を刺す。ただでさえきつい山登りを健二の意味不明な発言のせいで、余計にややこしくなるのは御免だ。

「あらそう?でも意外と健二君みたいな人が記者の業界では重宝されたりするのよ?ほら、にはできないような行動をしてくれる時もあるから」

 そーですよねー!と美咲さんからの意外なフォローにはしゃぐ健二。

 

 いやいやお前。

 今の発言はディスられてるぞ…。


「そんなことより、頂上まだなんですかね?早く着かないと記者会見が始まっちゃうんですけど」

 時計を確認しながら言う。

 今回の事件で頂上の面積がかなり削れ、標高が低くなってしまった富士山だが、さすがは日本一高い山だ。

 

 ダメージを受けても、未だにその貫禄を保っている。


「もうすぐなはずなんだけどねー。たぶんあそこじゃない?あのプレハブみたいなやつ」

 少し上の方に大きめのテントのような物が建っており、人だかりが見える。

 いつの間にこんな立派なものができたんだ、というのが率直な感想だった。


「皆様、わざわざ来て頂きありがとうございます。長旅でお疲れでしょう」

 ほんとだよ。

 大変な長旅で疲れました。

 予定では都内の会場で会見が全て終わるはずだったのに、この博士が現場で続きをするだなんて言ったもんだからわざわざ山を登る羽目になったのだ。

 確かにここの方がより現状が伝わりやすく、記者にとっては好都合な場所ではあるが、不祥事を起こした本人には一体どんなメリットがあると言うのだろう?

 むしろ悲惨さがより伝わり、さらなる反感を買う可能性の方が高い気がするのだが。 


 博士の意図が全く読めない。


「唐突ながらお聞きしたいのですが、皆様はこの新しい富士山を見てどう思われましたか?」

 都内の会場では神妙な面持ちを崩さなかった博士だったが、ここに来ていくらか表情が和らいだように見える。

「私は不謹慎ながらも、新しくできた滑らかな窪みに壮大な自然のエネルギーが溜まっているように感じて、以前よりさらに美しくなったと思いました」


 こいつ、何を言ってるんだ。

 

 周囲から怒号が飛ぶ。


 ペットボトルやメモ帳、更には先の尖ったペンなんかも、博士目がけて飛んでいく。

 こんな高いところまで遥々登って来たのに、開始わずか30秒で会見終了の危機を迎えた。


「そーいえば、あなたはどうしてミサイルなんか作っていたんですか?」


 聞き馴染みのある声と共に、会場が一気に静まり返る。


「戦争でもする気だったんですか?」


 健二がゆっくりと、しかし堂々とした姿勢で博士を見つめる。

 あー、なるほど。

 これが美咲さんが言ってたことか。

 確かに。

 こんなカオスな状況の中で悠々と質問できるのは、きっと空気が読めない健二くらいだろう。


 いや、あえて読んでいないのかもしれない。


「そんな大層な理由じゃないですよ」

 博士が微笑む。

「皆さんはダイダラボッチって聞いたことあります?日本に古くから伝わっている伝説の巨人で各地に山や湖を作っていたのですが、ある文献には彼が富士山を作ったと記されています。そこで皆さん考えてみてください。何故彼は、わざわざ日本一高い山を作ろうと思ったのでしょうか」

 先ほどの乱闘が嘘のように会場が静かだ。

 皆、この話が一体どこに連れてってくれるのだろうかと首を傾げながら聞いている。


「答えは簡単です。きっとそのダイダラボッチ君はただ作りたかっただけなんですよ。誰かのためとか、自分のためとか以前に、ただ作りたかったから作った。私もそんな感じです」


 へぇー。ただ作りたかっただけねー。

 それがこんな事態を巻き起こしたのだとしたら、とんだ迷惑な博士だな。

「皆さんもありません?幼い頃に何かやらかして怒られる。でも、やった理由を聞かれると、自分でも分からないみたいな経験。」

 

 テントの隙間から外を見る。

 やはり、何度見てもミサイルが激突したとは思えないくらい側面が滑らかで美しい。


 俺はふと昔のことを思い出した。

 幼稚園の頃に同じクラスの友達のクレヨンを盗んでしまった時のこと。

 園児全員が同じクレヨンを持っているのに何故か、しかも赤色だけを取っていって我が物顔で使っていた。もちろんその後怒られて、素直に謝罪したのだが、何故そんなことをしたのかと聞かれても一向に答えられ無かった気がする。


「理由もないのにそんな無意味な事やるわけないでしょ?大丈夫。みんなには言わないから、先生だけには教えてよ。ね?」


 園長先生が優しい顔でなだめるように言う。

 いやいや。

 教えるも何も、別に理由なんて無いんだから答えられるわけがない。

 それでも何回も聞いてくる園長先生に嫌気がさして、「欲しかったから」なんていう適当な理由で事を収めた。

 当然園長先生は親切心からいろいろ聞いてくれたんだと思うのだが、当時の俺はこの出来事のせいで、幼いながらも落胆してしまった。


 あーあ、理由が無い行動って価値が無いんだな。


 って。

 遠くの方で博士の声が再び聞こえる。


「世の中の人はというものを求めすぎているんですよ。たまには理由も無く大事件が起こってもいいじゃないですか」


 なるほどな。いい事言うじゃんか。


 博士の我々を嘲笑っているかのような微笑みが、一瞬にして脳裏に焼き付いた。


 翌日の紙面は、一面博士の会見の報道で埋め尽くされていた。

 健二が質問を大量に投げかけてくれたおかげで、俺達の発行部数はどの社よりも多く、売れ行きも好調だ。

 会見を終えた博士は警察に連行されて、ニュースなどでは「令和最大の大罪人」なんてレッテルを貼られている。

 令和なんて始まったばかりで、今後何が起きるかなんか分かりっこないのに。


「でも不思議だよなー。あれだけの大事件を起こしたのに、世間では彼を英雄視する人がいるだなんて」

 健二がコーヒーをすすりながら言う。

 確かに。

 ネット上では意外にも彼を賛美する声が多い。

「あの博士さんイケメンだからねー。最近の人はイケメンに弱いんだよ、きっと」

 美咲さんが笑う。

「今度、会見での台詞を集めた名言集が出るらしいよ。博士の言葉に感化された人が大量発生で、もう予約もたくさん入ってるみたい」

 やはり世の中、容姿端麗ようしたんれい頭脳明晰ずのうめいせきな人であればどんな奴でも注目されるもんなんだな。

「でもさー、俺一つだけ気に食わないことがあるんだよ」

 健二が移動式の椅子をクルクル回転させながら言う。

「あのミサイルの名前どうにかならなかったのかな?ダイダラボッチを略してダイボって。絶対ダサすぎだろー」

 ネーミングセンスっていうものが欠落してるな、とぶつぶつ言いながら健二はパソコンに目線を戻した。


 博士のあの言葉を再び思い出す。


「世の中の人はというものを求めすぎているんですよ。たまには理由も無く大事件が起こってもいいじゃないですか」


 もしかすると彼はわざとこんな事件を起こしたのではないか、なんて考えが頭をよぎるが真相は分からない。


 テレビでは新しい姿になった富士山が何度も放送され続けていた。


 今日もまた何の変哲もない日が

 普通に始まろうとしている。

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