あの日あの時君たちと

若槻 風亜

第1話


 その日、私は何ともなしに目についた棚の整理をしていた。ちょうど何もやることがなかった休日の午後、差し込む日差しが暖かい。

「何か懐かしいものばっかり出てくる……」

 棚に収めるボックスをひっくり返せば、次々に出てくるのは小学生の頃に大事にしていただろう可愛い消しゴムやシール、手帳、押し花のしおり、少女漫画誌の付録、プリクラ等々。そういえば、何年か前にも掃除した時、「思い出だから」と捨てられずにしまい入れたのだったか。思い出し、私は苦笑する。

「年取ったかなー。迷うどころか『まあいいや捨てちゃえ』としか思えないや」

 口先だけで嘆きながら、私はどんどんと出てくるものを分別しながらゴミ袋に入れていった。思い出であることは確かだが、取っておいたところで場所を圧迫するばかり。どうしても、というもの以外は捨ててしまうべきだろう。年、ということだけは頭に引っ掛かるが、これは清掃意識が芽生えたゆえだ。

 自分に言い訳しながら、私は所々汚れてしまっている封筒を何の気なしにひっくり返した。手触りで「紙類だろう」としていた予測は当たる。中からは何枚かの写真が出てきた。これは流石に捨てるのはまずいだろうか。私は裏返しに出してしまった写真をひっくり返す。

「――あ、これ……」

 一番上になっている写真を視界に入れ、私は急激に懐かしい気持ちに囚われた。

 そこに写っているのは、小学生の少年少女。あるいは私服、あるいは浴衣の彼ら彼女らは、手に手に祭りの出店で買っただろう玩具や食べ物を掲げている。これは、小学三年生の夏休みに撮ったもので、写っているのは私と、男子が六人、女子が四人の、計十一人。これは、当時の学年全員の人数でもあった。

 私が生まれたのは、過疎化が加速し始めたとある村だった。その総人口は六百人。半数近くが五十代以上で、該当者がいない学年があるほど子供は少なかった。

 そのため、子供たちが遊ぶ時は必然的に学年ごと・あるいは学年合同で集まることが多く、自然と皆が親しくなっていた。もちろん、私も友人たちが大好きだったし、友人たちも私を大事にしてくれた。都会に出たい、と言っている友人たちもいたが、私は村が好きだったし、そこを離れるつもりなど微塵もなかった。

 しかし、ある時子供にはどうしようもない難事が訪れる。そう、親の引っ越しである。天地がひっくり返るような出来事だった。自分はずっとこの村にいるはずだったのに、と、そう思っていたのに、そんなにあっさりと村を捨てることになるなんて、と。

 当時はそれがとてもとても悪いことのように思えて、私は夏休みが終わったら転校になる、ということを親友にしか伝えられなかった。お別れ会を開こう、と言ってくれたが、悲しくて悲しくて、とてもじゃないが楽しい気持ちで参加なんて出来ないと断った。

 そうするうちに夏休みは目前。私たちはみんなで夏祭りに行こうと計画を立てていた。だが、予期せぬことが起こる。男女が真っ二つになるくらいの、大きな喧嘩が起こってしまったのだ。よりにもよって、終業式の日に。

 始まりは些細なことだった。よくある通り、男子が掃除中にふざけ始め、それに女子が怒って止めた。ここまではこれまでもある光景だったのだが、問題はこの後。男子の一人がふざけて振り下ろしたモップがタイミング悪く前に出た女子の眉の上に当たり、流血騒動になってしまったのだ。

 こういう事態で結束するのが女子である。女子たちは一斉にその男子を責め立てた。それに男子がしどろもどろになると、今度は他の男子たちが加勢してきて、そのまま大騒ぎの口喧嘩と殴り合いに発展してしまったのだ。

 結局、その日は男女で完全に分かれて誰も口を利かないまま夏休みに入ってしまった。ああ、その時の絶望感ときたら。私、転校するんだよ。と、どれだけ叫びたかったか。だが出来なかった。もしそう言って、「だから?」と無視されでもしたら、立ち直れる気がしなかったから。最後の最後に「お前は無価値だ」と突き付けられるなんていう恐ろしいことを、避けたかったから。

 その日は結局、女子の組はもちろん男子の組にも混じることも出来ず、親友と二人だけで帰った。道中ずっと泣いていた私を、彼女はずっと慰めてくれていた。その優しさが嬉しく、また離れなくてはいけない事実をより強く感じさせられて、余計に泣き止むことが出来なかった。

 引っ越し準備を進める内に、日一日と夏休みは過ぎていき、やがて夏祭り当日となる。私は重い気持ちで、待ち合わせをしていた親友と合流した。まだ胸には重い気持ちが残っていたが、彼女と遊べるのはあと数回。その中でも一番大きなイベントなのだから、楽しく過ごしたい。そんな気持ちで、私は懸命に笑顔を浮かべ続けていた。

「ねえ、こっち寄って行こう」

 親友が口元を緩めながら指さしたのは、元々みんなで待ち合わせしていた大きな空き地。土管やドラム缶が多く放置されているので、私たちの格好の遊び場だった場所だ。

「……行っても誰もいないよ」

 やさぐれてそう言う私を、親友は「いいからいいから」と手を取り引っ張っていった。どうせ誰もいないのに。笑顔を作っていた努力も忘れて私は渋い顔をしていたはずだ。しかし、斜め前を行く親友は気にもしないで元気よく歩いていく。私はそこで諦めた。誰もいない空き地を見れば諦めもつくだろう、と。

 しかし、考えを改めたのは親友ではなく、私だった。

 空き地の近くまで来ると、そこから賑やかな、温かい、楽し気な声がいくつも聞こえてきた。振り向いた親友は「ほらね」ととても嬉しそうに微笑み、私の手を引いて軽い足取りで駆け出す。驚きすぎて軽く固まっていた私は、親友に引かれるがまま空き地に入った。

「お待たせー!」

 親友が大きな声で声をかけると、集まっていた面々――同じ学年の友人たちは、一斉に私たちの方に顔を向ける。

「へいへーい、お前らおせーぞー」

「焦らせんなよ、集合十分前だって」

「つーかみんなほとんどさっきじゃん。気にしなくていいよ」

 あるいはからかいで、あるいは気遣いで、男子たちが笑顔で話しかけてきた。終業式の喧嘩以降、一切見ていなかった笑顔だ。

「ねーーもーーっ、転校しちゃうなら言ってよー!」

「お別れ会したかったのに!」

「どこ行っちゃうの? また会える?」

 一方の女子たちは飛び込むように私を取り囲んでハグしてきた。何故転校のことがばれたのか、そもそもどうしてみんな集まれたのか。疑問に思って硬直してしまった私に、男子の一人が頭を掻きながらばつが悪そうな顔をした。

「そいつがさ、家まで来て、お前夏休み明けには転校しちゃうからこれが最後なのに、喧嘩したまま終わらせないで! って。泣きながら怒られてさ。ちょっと意地になりすぎたかな、ってみんなで話して」

 そんなことが。私は「そいつ」こと親友に視線を向ける。親友は照れた笑みを浮かべて肩を竦めた。どうやら事実らしい。

「……あ、ありが、とう。黙っててごめん。私、あの――」

 言いたい言葉はいっぱいあったはずなのに、いざその時となると言葉はひとつも出なくて。私が言葉に迷っていると、男子が二人歩き出し、すれ違いざまに肩を左右から叩かれた。

「辛気くせーのは後々。とりあえずほら、遊び行こうぜ」

「最後なんだから、ぱーっとね」

 行くぞー! と先頭の男子が拳を振り上げて音頭を取れば、元々の仲の良さが溢れるように、男女関係なく、「おーっ!」と元気な声が上がった。あの時は、とても嬉しくて、嬉しくて、思わず泣いてしまったんだった。

「――その後に撮ったんだよね、これ」

 懐かしさに、私は微笑む。

 もう、今ではこまめに連絡するのは親友ばかりで、他の面々はせいぜい年賀状のやり取りをする程度になってしまった。だが、今でも、彼らは私の大事な友人だったし、この時のお祭りは、私の人生最高のお祭りだった。



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