お祭りは日常の中に。

ほねうまココノ

ふるさとの空気はおいしいなー(棒)

「この村のお祭りはおもしろくなーい!」

 幼なじみのサーニャが駄々をこねた。

 森と湖がきれいな地元へ、久しぶりに帰郷したところだ。

 この時期にはいつも、よくわからない粉を広場にふりまくだけの、つまらないお祭りが行われていた。

 ちょうど広場で粉をふりまいた長老さまが、サーニャのごきげんを取りにやってきた。

「ほっほ、元気じゃのう。わしらがサーニャちゃんくらいの歳んころは、お祭りもエキサイティングしとってのう。ほれ、あそこに五階建ての宿屋がみえるじゃろ」

「うんっ」

「あれよりずーっと大きい神輿みこしをみんなで担いで、それも二台あってじゃな、そんで、山の向こうまでどっちが先にたどり着けるか競い合っておったんじゃわ」

「おぉ~、それやってみたい!」

 ターニャの食いつきはよかった。

 ところが、もち屋のラミザばあが水をぶっかけた。

「転げ落ちたんじゃよ」

 その五階建てオーバーな神輿は、人を乗せたまま崖から落ちたらしい。

「いんや、人は乗せておらなんだよ。骨を折ってしもうたのは、鍛冶屋のザラディンとこの、ミャー助だわ」

 たとえ猫でも、ケガをしたなら切ない。

 ミャー助くんには、猫らしく着地してもらいたかった。

 ところで、この村の近くには山なんて一つもなかったはずだけど、いったいどこまで神輿を担いで競い合ったのか。

 その答えは、釣りから帰ってきたサマンおじさんが語ってくれた。

「あー、たしかその転落した翌年からだっけさなあ。うちのじじいが空に火の玉をあげるとか騒ぎだしよって、ありゃ三年くらいは続いたんだっけぇ? んでも、あれも最後は、山が消し飛ぶくらい爆発がやばぁなっちまって、街から兵隊さんがくるわ、森から獣が逃げてくるわで、火の玉づくりを手伝っとったオイラまでド叱られるし、まあ散々だったわいなあ」

 かつて山だったその湖は、サマンおじさんの釣りスポットとなっていた。

 団子屋のかんばん娘、ミツナ姉さんが、もち屋のラミザばあから仕入れにきたついでに、まだまだあるわよ? と、過去の奇祭きさいについて教えてくれた。

「お飾りになった神輿めがけてトマトを投げつけるお祭りが生まれたのだけど、街に出荷するトマトまでぜーんぶ駄目にしちゃって、トムおじさんが村中に詫びてまわったのよ。でも、そのときに配られた『つまらぬ種』が、ものすごーく成長のはやいトマト魔神まじんの種で、村の羊をぜんぶ食べちゃって、ああでもね? トマト魔神は村のみんなでおいしくいただいたのよ? ただ、そこで味をしめたトムおじさんが、翌年もトマト魔神を植えちゃったもんだから、んもー激怒した羊飼いのゴーヌさんが、毒をそこら中にまいて、だから三年目はトマト魔神が生えないどころか、裏の墓地からご先祖様たちがうぞろうぞろ。神父さんは村から逃げちゃうし。で、そのときの毒を清めるために、いまもこうして、よくわからない粉をまいているのよ。あ、よくわからないなりに効果はあるのよ?」

 この村が故郷でちょっと恥ずかしい。

 すると、酒場の常連客にして冒険者でもあるバルゴーヌさんが、

「そんな危ない祭りじゃなく、もっと今風で楽しめるやつを若い衆でおっぱじめればいいじゃねぇか」

 と、路上でビールを飲みながら、おねーちゃん二人はべらせて歩み寄ってきた。

「くっさっ!」

 サーニャは、酔っぱらいが苦手だった。

 すると、酒造しゆぞうの五代目であるウェッディさんが、

「いいかい君たち、これまでこの村で行われてきたお祭りは、すべて野蛮な男たちが騒ぐだけのバカ祭りだったわけさ。しかしね、僕らはちがうだろう? ほら、知的で紳士的でスマートな僕らは、そうっ! 男女の親交を深めるための、ダンスがメインなお祭りをつくるべきなのさっ!」

 お酒を売る側のウェッディさんに対して、買う側のバルゴーヌさんがノッてきた。

「おぉう、そりゃいいや。じゃあおめーの相手はラミザばあな」

「はっ!? 冗談はよしてくれよ。僕の相手はミツナさんに決まっているじゃないか」

「ミツナちゃんはおめー、オレの相手をするに決まってんだろうがよ」

「ばかだな君は、美人を二人もはべらせておいて、ミツナさんまで毒牙にかけようとは、ずうずうしい」

 しかしこれには、右手のおねーちゃんが。

「あら? あたいはお金と情熱さえあれば、他のが何人いたって構わないわよ?」

 お酒つながりのグループは、どちらがミツナ姉さんと踊るかを、勝負で決めようと騒ぎはじめた。

「オレとおめーでフェアな勝負ができるやつにしねーとな」

「ふふーん、ならば、おたがいこれと決めたお酒で、野生のテラテリウムを酔わせた方が勝ちとしようじゃないか」

「おぉぅ、あのでかくて、すばしっこくて、なまけねぇナマケモノのことだな? いいぜ? おめーは酒造家らしく酒をつくるんだろうがよっ、オレは冒険者らしくダンジョンにもぐって酒の調達からやってやんぜっ!」

 おねーちゃん二人が審判となり、男たち二人は戦場へと駆けていった。

 ミツナ姉さんも楽しそうだし、まあ、いっか。

 村役場のほうから、長老さまの呼び声がかかった。

「おおい、トマスや、ちょっとこっちへ来てくれんかね」

 ぼくらは、この村で一番おおきな建物の、入り口まで移動した。

 サーニャもいっしょだ。

「ちぃと、役場の建物にへんなロープみたいなもんが巻かれておってのう、ぐるっとまわって見てきてもらえんかね」

 はい、べつに構いませんよ。

 村役場の裏手にまわると、ロープはぐいぐいと引っぱられていた。

 その先では、謎の動物が土煙をまきあげて。

「ヒヒィィィ――ンンッ!!」

 なんだあれ。やたら筋肉質で、体格はクマのようだけど、大きさはゾウに近い。

 いや、あれはウマだ。

 この村の御者ぎよしやのなかでも変わり者で有名な、ロディーオさんが、ブリーダー生命をかけて育てたウマの末路だ。

 もはや魔獣といえなくもない。が、生物学的には、ただのウマだ。

「いぃいやっほーっい!! 若い連中がみんなお祭りつまんねーってよ、やってらんねーってよ、しょぼくれてっから、おじさんが、マンドラゴラを、このシルバーに食べさせちまったぜぇーぃい!! 御神輿わっしょーい!!」

 いやいやいや、やばいでしょ。

 ブリーダー生命をかけて育てた愛馬に、マンドラゴラを食べさせるとか、あなた正気ですか。しかも村役場が御神輿あつかいだし。

「ロディーオさん、かっこいいーっ!!」

 サーニャには受けた。

 いやしかし村役場が、だんだん傾いている。これは危ない。

「サーニャちゃーん、おじさんのシルバーに、ノッテッちゃう?」

「のりたーいっ!」

「おにいさんも一緒に、ノッテッちゃう?」

 いや、遠慮しときます。

 サーニャもやめておきなさい。ぜったいケガするよあれ。

 と、村役場が今にも動きそうなので、長老さまに報告しておこうと戻りかけた、そのとき、

「オラぁ、危ねぇーぞガキどもぉー!! ソーマ飲んで酔っぱらったテラテリウムが、オレの足くわえて走りはじめやがった、ぐ、うぇぐぇぇ~~」

 あれは、冒険者のバルゴーヌさんだ。

 どうやら目的は果たしたみたいだけど、巨大なナマケモノに足をくわえられて、空中でぶんぶん振り回されている。見た目からは想像しがたい俊敏しゆんびんな動きだ。

 あ、酒造家のウェッディさんもこっちにきた。

「うわああああ、先に酔わせたのは僕ですからねええええ――!!」

 バルゴーヌさんとはまた別の、超巨大テラテリウムだ。ウェッディさんのお尻をくわえたまま、なんとトリプルループを決めている。

「先に飲ませたのはオレの方だろうがよぉぉああぁぁぁああぁん?」

「の、のの飲ませ、はじめたのは、僕のほうが遅かった、のは認めます、ががっ! 酒瓶さかびんランチャーでいっきにぐいっと、いかせて、よよ、よっぱらわせたのは、僕が、先だったでしょう! ダンスの相手は、ぼ、僕でひゃぇギャ!!」

 三匹の巨大生物が、スモッグを増長させながら右へ左へ。

 ついに村役場は、みしみしと音をたてて動き始めた。

 ここにいたら、死ぬ。

 ぼくとサーニャがそう察したとき、五階建ての宿屋の屋根から、釣り好きなサマンおじさんが、でかいつつを持って叫んだ。

「んおぉ~~ぃい、ガぁキどもぉ~~っ!! そぉ~こにおったら、あっぶねぇどぉ~~っ!!」

 ちょっと意味がわからない。

 あの大きな筒は上に向けられているし、大砲で危険生物をたおすわけではなさそう。

 けど、筒から伸びたロープには火が付けられていて、長さがどんどん短くなっている。危なさのリミットが近づいている。

「おじさぁぁ~~ん! それは、なんなのおぉぉ~~!!」

 叫んだサーニャに、サマンおじさんが答える。

「こいつぁなぁ~~、うちのじじいが昔つくった自信作より、もっとすんげぇ火の玉を上げてやろうって思ってぇ、オイラが三十年かけてつくった、ライトシャワーっつう最高傑作っなんさわぁ。はよぅそこをどかんと、ドカァ――ンって火の雨ふらすかんなぁ~~っ!!」

 ドカァ――ンではなくて、シュバババーンとか響きそうな印象だけど、危ないことだけは理解した。

「こっちに来てっ!!」

 地面が、ぱかっと開いた。

 地下のひみつ基地っぽいところから、飛行機乗りみたいなゴーグルをつけたミツナ姉さんが、油まみれの顔でにょっきり現れた。

 いつのまに、こんな地下施設をこの村につくってたの。

 ぼくとサーニャは、暴走馬とテラテリウムの地獄絵図から救い出され、地下施設の鉄板が閉じられると同時に、ドッシャシャ――ン、ライトシャワーなる火の玉の雨が、村一面に降り注いだ。

 地下では、ミツナ姉さんから、団子屋仕込みのお茶とお菓子がふるまわれた。

 明日は、大工屋ジョニーさんと一緒に、大破した建造物を修理する約束をとりつけた。

 この村の日常は、最高のお祭りなのだ。

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お祭りは日常の中に。 ほねうまココノ @cocono

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