【KAC20202】お祭りの主役になりたい

牧野 麻也

お祭りの主役になりたい

 日本人は祭りが大好きだ。


 元旦、餅つき、新年会、成人の日、節分、バレンタイン、ひなまつり、ホワイトデー、お花見、年度末の慰労会にエイプリルフール。


 年初めから春まででコレかよ。


 年度始めの決起集会に、子供の日、母の日、父の日、七夕、花火大会、お盆とついでに盆踊り。


 夏にかけても結構多いなぁ。


 十五夜やって町内会の運動会、敬老の日、ハロウィン、イースター、紅葉見に行って、酉の市もある。


 秋すら落ちつかない。


 そして挙句、クリスマスに忘年会ときたもんだ。


 年の瀬まで何かやってないと気が済まないのか全く。


 祭、イベント、祭、イベント、イベント、祭、祭、祭!!


 ここでふと気が付いたぞ。


「ただの男を慰労する祭りがない……」


 俺は、『クエスト失敗』の文字を見ながら、ゲーム機を取り落としてコタツテーブルに突っ伏した。


「集中力が足りない」

 俺の向かい側からコタツに足を突っ込んだ彼女──ミカサが鋭い声で責めてきた。

 そりゃそうだ。

 このゲームのクエストに失敗したのは、俺が三回死んだからだ。

 もう、踏んだり蹴ったり……嫌になる。


 顔をゆっくり上げると、ゲーム機をテーブルに置き、かたわらに置いていた湯飲みからお茶をズズッと啜ったミカサが目に入った。

 彼女はコトリと湯呑みを置き、人差し指をフワリと立てると──ズビシッと俺のデコを一突きしてきた。

 予想だにしてなかった為、首が後ろにグンッてなった! グンッて!!


「いったぁ!!」

 俺は、きっとミカサの指がメリ込んで凹んだであろうデコを抑えて後ろへともんどり打つ。

 コタツの中で足をバタつかせると、コタツの中に潜んでいた愛猫──タンゴのシッポを踏んでしまい、思いっきり噛みつかれた!

「ぎゃあああ! 痛い痛いごめんなさいゴメンナサイ御免なさい!!」

 コタツから足を急いで抜くと、俺の足に思いっきり噛み付いていたタンゴもコタツから転がり出てくる。

 シッポと背中の毛を思いっ切り逆立てたタンゴは、床に四肢をしっかり突っ張りシャーと俺を叱りつけてきた。


「ヤマトはウルサイねー。ね、ムサシ? ムサシの方がよっぽど大人しいね」

 ミカサが、俺の大騒ぎを呆れた顔して横目で見てため息一つ。そして、自分の膝の上で寝ていた豆柴のムサシを抱き上げて話しかけていた。

 ヤマトは俺。ムサシは豆柴。


 この家でのヒエラルキーは、ミカサ > タンゴ ≧ ムサシ > 超えられない壁 >>>> 俺、である。


「なんで俺ばっか……」

 タンゴに噛み付かれて足に小さな穴が二つ開いたであろう足をさすりつつ、俺は床に転がって小さくなる。


 そんな俺の上に、タンゴが飛び乗ってきて香箱座りした。

 ……ええ、俺、座布団扱い??


「もう、俺は底辺を這いずるしかないのか……」

 心をボッキリ折られた俺は、そうポツリと漏らす。


 すると、俺にワザと聞こえるかのような盛大なため息をもう一つついたミカサが、改めてゲーム機を持ってポチポチしながらも口を開いた。

「今度は何?」

 そう、俺の愚痴は今に始まった事ではない。

 ミカサは嫁さんだから、こんな俺の愚痴を毎回毎回聞くことになるのだ。

 そりゃウンザリもさせるわな……


 でも、こうしてちゃんと聞いてくれるのだ。

 なんて出来た嫁。流石、俺の嫁。最高の嫁。物凄くイイ女。


 俺の上にはタンゴが座ってるので体を起こせない。(起こしたらまた怒られる)

 なので床の上に丸まった状態のまま、俺は腹の中にモンモンと淀んでいた気持ちをミカサに吐き出した。

「俺に関わる祭りがない」

「は? 意味が分からない」

 早いよ、ツッコミ。


「日本人はイベント大好き、お祭り大好き人種なのに! 俺を祀る祭りがない!!」

「そりゃあるワケないでしょうが」

 ミカサは話をしながらも、一人でゲームの続きを始めてしまったようだ。

 カチャカチャという素早い指さばきの音が聞こえる。

「……祀らなくてもいいからさ。俺が主役になる祭りやイベントが欲しい……」

「そんなん、私だってないよ」

「そんな事ないよ! 雛祭りあるじゃん!」

「……あれは子供のイベントだよ。結婚前からずっと祝ってないよ」

「でもさ。形式は『女の子の祭』だろ? やっても問題ないじゃん」


 そう、三月三日になれば、世間は女性の為のイベント等で埋め尽くされる。それ一色になる。

 子供じゃなくても『女性』というだけでその対象になれる。

 その浮かれた空気に浸れるじゃないか。


「男にも『端午の節句』が一応あるじゃん」

「アレは子供のイベント! 祝日の名前だって『子供の日』だし! 大人用で『端午の節句イベント』って聞いた事ないだろ?!」

「……まぁないねぇ」

「ほら……俺が主役になれる祭りやイベントなんて存在しないんだ……俺は主役になれないんだ……」

 俺がモゾモゾ動くからか、タンゴが俺から降りてコタツの中へと戻って行った。

 それを機に身体を起こして、タンゴを蹴り飛ばさないように慎重にコタツへと足を突っ込む。

 ふと視線を上げると、ジッとこっちを見ていたミカサと目が合った。

 なんか……笑われてる?


「相変わらずだね、ヤマトは」

 苦笑された。いや、嘲笑か?

 ……確かに。こんなのに似たやり取りを、過去したような気がする。

「何、ヤマトはイベントとか祭で主役になりたいの?」

 ミカサはそう首を傾げ、ゲーム機をまたテーブルに置いて膝の上にいる豆柴のムサシを優しく撫でた。


 俺は、ガックリ肩を落としてミカサの言葉を肯定する。

「そう。なりたい。主役」

 すると、ミカサはポリポリと頭を掻いて視線を空中へと泳がせる。

「なれるよ。そのうち」

「えっ?! どの祭?!」

「年度末の慰労会の一発芸で」

「嬉しくない!」

「敬老の日」

「待てない!!」

「お盆」

「ソレ死んだ後!!!」

「我儘だなぁ……」


 俺が全部否定すると、ミカサがうーんと首をひねる。

 そして、あっ、という顔をした。

「あ、あるじゃん。誕生日」

「それはみんなにあるじゃん。タンゴやムサシにも! とかそういうのはノーカン!!」

「どういうルールよそれ……」

「全員にあるものじゃなくて、ある特定の人だけが主役になれるイベント!」

「そんなの……」

 ミカサがとうとう口をつぐんでしまった。

 流石のミカサでも、今回は俺を励ましきる事は出来ないようだ。


 もう、俺は……ダメなのかな。

 俺はコタツテーブルに突っ伏す。

 立ち直れない。

 もう、俺は主役になれないという事実が俺を打ちのめした。


「あるよ」

 ふと、そんなミカサの声が脳天に降ってくる。

 でも、俺は知ってるんだ。

 ミカサは優しいから、無理矢理にでも何かを言ってくれるんだ。

 どんなに変なイベントでも作ってくれる。


 例えば、足が臭い人記念日とか、ヘタレ男を祀る日とか、最近髪が減ってきてるかもしれない男を慰める会、とか……


「来年の、父の日」


 ミカサのそんな言葉に、俺の思考が一瞬止まる。


 ……チチノヒ??


「今年の秋には、生まれるよ」


 何が?


 ゆるゆると、顔を上げると、膝の上のムサシをゆっくり撫でるミカサが見えた──あ、違う。よく見ると、撫でてるのはお腹だ。


「盛大に祝って、一年のうち一番のお祭り騒ぎにしてあげるよ」


 もしかして……


「だから、来年の父の日まで、頑張れ、お父さん」

 ミカサが、酷く優しい顔で微笑んでいた。


 ……父の日どころか、毎イベントが最高の祭りになる予感しかないじゃないか。



 了

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