手紙
ひとり娘の春子が事故にあったと聞いて、父と母が病院に駆けつけたとき、春子は集中治療室で手術中だった。
登校中、信号無視の車にはねられた。運転手は、深夜から朝まで酒を飲みつづけた飲酒運転だった。
手術は無事終わったが、春子は集中治療室で眠ったままだった。意識のない春子の手をにぎり、父と母は必死に声をかけた。助かってほしい。目を覚ましてほしい。
1週間後、意識がもどらないまま、春子は集中治療室から個室にうつった。父と母は毎日春子を見守りつづけた。
最初に手紙を見つけたのは母だった。事故の日に春子の持っていたカバンの中に入っていた。それは学校で出された宿題のようで、父と母は、病室で手紙を読んだ。
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お父さん、お母さんへ 六年三組 西田春子
宿題で、親ごさんに手紙を書きましょうと言われました。
わたしは今まで、お父さんとお母さんに手紙を書いたことがないので、なにを書いていいのかとてもなやみました。でも先生が「最近思ったことでもいいから書いたら」と言ってくれたので書こうと思います。
最近、わたしはニュースを見ていると不安になります。朝、交通事故のニュースがやっていて、お母さんがわたしに「春子も気をつけてね」と言ってくれました。わたしもお母さんに「お母さんも気をつけてね」と言いました。
つぎの日のニュースでは、外国の地震でたくさんの人が亡くなったと言ってました。お父さんとお母さんはニュースを見ていませんでしたが、わたしはニュースを見ながら心の中で、「お父さんとお母さんも気をつけてね」と思いました。
テレビや新聞を見ていると、毎日たくさんの人が亡くなっています。それを見るたびに、わたしは悲しくなります。わたしはお父さんとお母さんには、いつまでもずっと生きていてほしいです。ケガも病気もなく、ずっと元気でいてほしい。毎日みんなでご飯を食べて、たくさん話して、ときどきケンカもするかもしれないけど、ずっといっしょにいたい。
お父さん、お母さん、わたしは生まれたときからお父さんとお母さんといっしょで、これからもずっと、はなればなれにならないよね?
でもこのあいだ、友達のちいちゃんが飼っている犬が、死んでしまいました。ちいちゃんはすごく悲しんでて、わたしも泣きました。
わかれはある日とつぜんやって来て、わたしたちは、はなればなれになってしまうの? 人間には寿命があって、動物にも植物にもあって、命があるものは、いつか死んでしまうの? いつか、お父さんやお母さんとも、会えなくなっちゃうの?
どうしてそんな悲しいことがおこるのか、わたしにはわかりません。生きているものはぜったい死ぬなんて、だれが決めたの?
そんなのはいや。お父さん、お母さん、いつまでもずっと生きていてね。わたしはそのためなら、なんでもする。いつもお手伝いをあまりしないけど、これからはちゃんとやる。勉強もがんばるし、いい子にする。悲しいわかれなんていや。だからお願い、これからもずっとずっと元気でいてね。
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手紙を読んで、ふたりは泣いた。
この子のためならなんでもしよう、たとえ自分の命がどうなってもいい。
「春子……」
泣きながら、母が春子の手をにぎった。
「お父さんとお母さんが、必ず助けてやるからな」
父も、涙を流しながら春子に言った。
「ちょっと、顔洗ってくる」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった父は、そう言って立ちあがった。
「私も……」
母も立ちあがって、ふたりは病室をあとにしようとした。
病室のドアを開けようと手をかけたとき、ふたりの背後から声がした。
「お父さん、お母さん」
ふたりは、ふり返った。
『せつなモノガタリ』(学校の七不思議・妖怪……) 島崎町 @freebooks
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