『ウィッチ・ナイト〈前夜祭〉』

かきはらともえ

『前夜祭』


     ★


『ウィッチ・ナイト』。

 そのまま『魔女の夜』という意味で受け取ってもらって構わない――それは毎年十月三十一日に行われる一年に一度のお祭りである。

 魔法使いたちが行うお祭り――厄払いと収穫しゅうかくを祝うそんなお祭りである。

 歴史をひもけば『フィンブル』という魔獣まじゅうによって引き起こされた大災害から、新たな生命が産声うぶごえをあげた――その『フィンブル』という大厄災を打ち払うための、厄払い的な意味を込めたお祭りである。

 しかしながら、そんな『ウィッチ・ナイト』も時代が変わるにつれて変化が生じていた。

 このお祭りの祝い方は文化圏で異なるが――この僕が通っている魔法学校としてはどうにも競技的なものとして扱われている。

 祭壇さいだんの上にある』を振るって、学校中にある灯篭とうろうに火をともす。

 その魔法の杖を誰が振るうのか。

 それを決めるのがこの『ウィッチ・ナイト』である。


     ★


 魔法学校には魔法科なんてものがある。

 魔法学校であるにも関わらず、魔法科なんてものが存在するのか――それは科学科が存在するからである。

 この科を好き好んで選ぶものは少ない。

 なんたって、誰もがに見られてしまうからである。

 魔法使い。

 誰もが憧れる職種であるが、誰も彼もがなれるわけではない。

 才能がない者も――いる。

 当然のことながら、この学科を選んだ上で、ちゃんと邁進まいしんしているスクラップ=アンド=ビルドさんみたいな人もいる。

 しかし、僕のように挫折ざせつした者も多く、この学科には所属している。

 そんな挫折組をお高くとまった魔法科の連中は総じて『ドロップアウト』と呼んでいる。

 旧校舎四階はそんな『ドロップアウト』の溜まり場になっている。

 今日もいつも通りに授業を終えて、僕は溜まり場の旧校舎四階に向かった。普段は集まる者もいれば、そうでないものもいる。

 しかし、今日は――教室中が人でごった返していた。


「わたしたちが『ヴァルプルギス』を手に入れる!」


 かすみおかゆかりさん。

 彼女の言葉で教室内がざわつく。

 僕ら『ドロップアウト』を仕切るリーダーである。

 彼女は普段、ぼろぼろになっている椅子に座っているのだが――今日はその椅子の上に立っていた。

「お高くとまったエリート連中を押しのけて、わたしたちが『ヴァルプルギス』を手に入れる! 今年はわたしたち『落ちこぼれ』が魔法を打ち上げるのよ!」


     ★


 そんな霞ヶ丘ゆかりの宣言はあっという間に広まった。

 翌日、魔法学校内では大騒ぎになっていた。

 この『ウィッチ・ナイト』は誰でも参加できるが――事前に参加表明を行わなければならない。

『ウィッチ・ナイト』は魔法使いのお祭りである。

 使――そんなお祭りに魔法使いではない者たちが参加表明をあげた。

 これによって今まで参加してこなかったひかえめな魔法使いたちも参加表明をするようになり、参加人数は例年より倍近くにふくれ上がった。

 元々意識の高い連中ばかりが参加する傾向が強かった『ウィッチ・ナイト』だったが――『ドロップアウト』の参加を見て、『野放しにできない』と思った連中や、このお祭りを運営する学校側にも動きがあった。

「……いいんですか、ゆかりさん」

「いいのいいの。この辺りまで予想の範囲内よ」

 あの日の大人数とは打って変わって、この日――旧校舎四階には僕こと鳩原はとはら那覇なはと霞ヶ丘ゆかり。そしてあと数十名の『ドロップアウト』しかいなかった。

 旧校舎四階の教室から体育館前の騒ぎの様子を観察していた。

「むしろ、これも狙いのひとつよ。意識の高い連中――エリート共が参加すると、どうしても魔法使いとは呼べないわたしたちが太刀打ちできない。だけど、ほかの派閥から魔法使いを多く参加させることで、エリート共の消耗しょうもうにも繋がるし、『ウィッチ・ナイト』が内包していたを崩すことができるのよ」

「……出来レース、ですか」

「あら? 言い方が気に入らない? なら、八百長やおちょうっていうのはどうかしら?」

「どっちも同じような意味ですよ」

 出来レースにしたって八百長にしたって随分な言い草ではあるが、霞ヶ丘ゆかりの言う通りである。

 名誉めいよある祭事さいじなだけに、けがされるようなことがあってはならない。

 この『ウィッチ・ナイト』がどこか茶番染みているのは、それが理由である。

 学校側――あるいは魔法使い連中の間で今年の代表を誰にするのかを

 相応の実力者が『ウィッチ・ナイト』の優勝になるのだけど、それは決まって名家や成績優秀者である。

 いやまあ、実力があるから名家や成績優秀者になるのだけど、ここ百年間の優勝者の系列を見たところどうにもがある。

 なので、この『ウィッチ・ナイト』というお祭りは、その祭りの日が『消化試合』である。

 派閥争いが事前に行われて優勝者が決められる。

 それは派閥同士だったり学校側だったりと――僕たち『ドロップアウト』では関わる機会のなさそうな次元で戦いが行われている。

 そんな戦いを――ひょっとすると、『ウィッチ・ナイト』に参加して勝ち上がるよりも大変な闘いを終えたところに、そこへ僕たち『ドロップアウト』の参入。

 これが口火となって、今まで派閥間の争いによってなりを潜めていた連中が参加する大義名分が与えられた。

 実力はあるが一匹狼だったプレザンス=リデルなんていい例だろう。

『ウィッチ・ナイト』の過去百年近く続いた在り方を、霞ヶ丘ゆかりの声明が崩させた。


「これで計画はひとつ成功したと言える。従来の魔法祭の在り方を崩せたのだから――どんなに頑丈でも、小さな綻びから崩壊に繋がることだってある――」

 これはその第一歩よ。


     ★


『ウィッチ・ナイト』に参加する顔ぶれ。

 そのひとりには『ドロップアウト』のリーダーであるところの霞ヶ丘ゆかりも含まれている。

 一方で僕は『裏方』のほうに回ることになった。

 霞ヶ丘ゆかりによって引っ掻き回されることになった今年の『ウィッチ・ナイト』――ゆかりさんは『計画通りよ』と言っているが、一概にそうとも言えない要素もあった。

 問題もあった。

 僕たちは間違いなく『ドロップアウト』であるが、これはあくまで科学科という意味合いのほうが強い。

 も――いる。魔法科にはある。

 通称『落第生』。

『落第生』も『ドロップアウト』も、どちらも最悪な呼称ではある――そんな僕ら『ドロップアウト』の動きを受けて、『落第生』のほうも動きを見せた。


 かつてなく混沌こんとんとした状態で迎えることになる『ウィッチ・ナイト』。

 学校側も、魔法科側も、『落第生』も、『ドロップアウト』も――多種多様な思惑があった。


 しかし、時間は平等に訪れる。

 いよいよ明日、『ウィッチ・ナイト』が開幕する。




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『ウィッチ・ナイト〈前夜祭〉』 かきはらともえ @rakud

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