食レポ
タレントの洋子に食レポの仕事が舞い込んできた。マネージャーの話によると、芸人が司会をする生放送の情報番組のワンコーナーだという。
デビュー当時は、十年に一人の逸材だともてはやされ、毎日のようにテレビ番組の収録やグラビアの撮影がスケジュールに組み込まれていた。しかし、悲しいかな。彼女より若い新人が出てくると、洋子の仕事は次第に減っていき、気づいたらスケジュールは真っ白になっていた。だからこそ、今回の食レポの仕事に対しての、洋子の意気込みは並々ならぬものであった。この仕事を機に、再起を図ろうとしていたのだった。
ただ問題が一つあり、洋子は食レポの仕事が初めてで、どのようにコメントを言えばいのかがよく分かっていなかった。そこで、彼女は同期デビューのスミレに相談をすることにした。
洋子がスミレの楽屋を訪れると、彼女は忙しそうにメイクをしていた。デビュー当時は洋子と比べ、パッとしなかったスミレであったが、コメントの的確さが世間に受けて、ワイドショーのコメンテーターとして呼ばれるようになっていた。彼女のアドバイス通りに、食レポを行えば問題がないと洋子は考えていたのだった。
スミレは言った。
「食レポねえ。そうだな、とにかく表情が大切だよ。少しぐらいオーバーにしてもいいね」
「オーバーにするのね。他に何かコツあるかな」
洋子は、メモを取りながら質問をした。
「とにかく料理を褒めるの。『可愛らしい見た目だわ』とか、『今までに食べたことがない味だ』というようにね」
「なるほど、ためになったわ。今日はありがとう。また一緒に女子会をしましょう」
満面の笑顔で洋子は、スミレの部屋を出て行った。
さて、洋子の食レポの日がやってきた。
彼女は、スミレのアドバイスを反芻しながら、楽屋で出番が来るまで待っていた。どんな料理を食べるのか、各国の名物料理だと聞かされているだけで、詳しくは知らされていない。事前情報がありすぎると、コメントが平凡になってしまいがちになるから、それを防ぐためだという。事前に渡された台本でも、司会の指示に従うように書いてあるだけだった。
ノックの音がした。
「洋子さん、そろそろいいですか」
廊下からADの声が聞こえた。
「いつでもいいですよ」
洋子がドアを開けると、ADは黒いアイマスクを持って立っていた。番組を盛り上げるために、一口食べるまで料理を見ないで欲しいとアイマスクを洋子に渡した。なるほど芸人が司会をする番組だったな。笑いをとることが、大切だと思いながら、洋子はアイマスクを受け取った。
スタジオ内は、アイマスク越しでも明るさを感じた。久しぶりのテレビ収録だと思うと、胸が高鳴り、司会の芸人の声もあまり耳に入ってこなかった。洋子は目隠しされたまま、何かモノを持たされた。軽いどよめきが聞こえた。
なんだ。もしかして、ゲテモノなのか。
洋子は不安になったが、普段食しないだけで、食べられないものではないはずだ。
触った感触はどうですか。司会の声が聞こえた。
ここは、オーバーな位なリアクションだ。やってみよう。
「って、何をもたされているんですか。なんかベタベタしているんですけどー」
スタジオの観覧席から笑いが起きた。よし。次はどうする。とりあえず落としてみよう。
洋子はおもむろに、手にしていたモノから手を離した。もちろん、滑ったかのように見せかけてだ。
「ひゃっ、ホントなにー?怖い、怖い」
さらに大きな笑いが起きた。よし、この調子だ。
司会の声が聞こえた。大丈夫ですって。もう一同つかんで、一口食べてみてください。洋子は、勧められるまま、一口齧ってみる。鶏肉に似た味がした。ここでどんなコメントを発するのが、正解だろうか。蛙の肉は、鶏肉と似ていると聞いたことがある。周りの衣と肉の味、そして、先程のどよめきと笑い、そこから分析して、これは蛙、もしくはそれに近い生き物の唐揚げだろう。
洋子は、驚いた表情をつくった。
「なんだろう。鶏肉に似ている気もするんだけど、今までに食べたことがない味だわ」
またもや、スタジオに笑いが起きた。これは、もう何かしらのゲテモノに違いはない。洋子は確信した。後は、アイマスクを取った後に絶叫して、怖がる素振りを見せればいい。
司会が大きな声で言った。
「さて、アイマスクを外してみましょう」
唐揚げのようなものが見えた。しかし、明らかに通常のものより一回り大きい。間違いない。これは、何かゲテモノの唐揚げだ。
確信した洋子は、椅子からずり落ち、頭を押さえながら涙を流した。
「何なんですか。これ」
「何ですかって、そちらこそ。さっきから、何ですか。だから、最初に言いましたよ。唐揚げチェーンの新メニューのジャンボ唐揚げですって。一体、何に見えたんですか」
「
ショートショート劇場 エビフライの憂鬱 山脇正太郎 @moso1059
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★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
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