レイドは恋愛ドヘタの略語です

歪鼻

第1話

「いや、行かねーって!」


 今日は絶賛マラソン中のイベントでレイドバトルがあるんだ、そんな下らないものに時間を割くことはできない。なんて口にできたらどれだけ楽だろうか。すねかじり虫の弱みを知っている親父は強気な発言を続ける。


「まあ、好きにしろ。だが、飯は作ってねーかんな?」


「なっ……。」


 自分で作るか、はたまた親について行って屋台の飯に預かるか。成人したと言っても甲斐性無しの俺だ。飯も作れぬ自分に選択の余地はなかった。


――セフィア、ゆっきー、すまねぇ、今度レアアイテム渡すから。カイト、しぐりん、前線はお前らに任せるぞ。


 俺は渋々チームメンバーに謝りを入れてアプリを閉じると、身支度を整える。村祭りから帰ってきたらチームからキックされているかもしれない。そんな事になったら本当に最悪だ。しかし、背に腹は代えられない。食事を忘れて倒れるゲーマーは本当のゲーマーではないという謎の自負が俺にはある。


「行くぞー大輔。早く降りてこい、みんな待ってるぞ。」


 階段の下から聞こえてくる親父の声。どうやら家族揃って出かけるつもりらしい。果たして何年ぶりのことだろうか。この街に市制が敷かれて久しいが、未だに村祭りと称して行われる盆踊り。それにしても、なぜウチの親は半強制的に村祭りへ参加させようとするのだろうか。



「歩きスマホやめなよ、大輔。」


 親父とおふくろが仲良く腕を組んで歩くその後ろで、珍しく実家へ帰ってきた姉貴が俺の世話を焼く。この流れはいつもの口うるさいモードだ。


「大輔は就職どうすんの?来年卒業でしょ?」


 ため息混じりでスマホから目を上げると、待っていましたと言わんばかりに本題に切り込んでくる。しかし、俺だって伊達に歳を重ねていないんだ。俺は俺のスタンスを守り切る。


「姉ちゃんにはカンケーねえだろ。俺はテキトーなところにテキトーに入ってテキトーにやってくって。」


「そんな事言ってさ、テキトーなところでちゃんとお給料もらえると思ってるの?家を出ないんだったら家にお金を入れないさいよ。」


 本当にいちいちうるさい。


「わかってるって!」


――わかってるんだ。わかってるからこそ、苛立つ。


 あの時、俺は全てを投げ売った。それにも関わらず俺は、何も手に入れられなかったんだ。現実に突きつけられたのは俺なんかが頑張ったところで何も変わらないという事。


 だから俺は、俺の手の届く範囲を守るだけなんだ。



 会場である小学校が見えてきた。遠巻きに聞こえていた祭り囃子がすぐそこまで近づく。誘蛾灯に誘われるように人の流れが村祭りの光に向かう。テキトーに受け答えをされ口元をへの字に曲げていた姉貴も、その賑わいにいつもの明るい顔に戻る。観察されていたことに気づいた姉貴は俺の方を見るやいなや心配そうな顔でこう言った。


「大輔、アンタなんでそんなに暗いの?」


 無意識に沈んだ表情を姉貴に指摘され、俺はハッとする。6年ぶりに訪れた村祭り。自分の中では精算済みのつもりだったその過去は、未だに俺を闇の中へと引きずり込む。


――村祭りなんて、なければよかったんだ。


 俺は表情を変えぬまま、奥歯をギュッと噛み締めた。



 当時、俺には幼馴染のゲーム友達がいた。名前は優樹菜ゆきな


 幼稚園の頃に向かいの家に引っ越してきた優樹菜。引っ込み思案で友達ができずにいたところに、近所だからという理由で親が俺を遊ばせに行かせた。そんな面倒くさい状況なんてつゆ知らず。親が言うには、当時の俺は優樹菜の家で自分のゲームを黙々とやっていたらしい。そんな俺のゲームを優樹菜は興味深そうに覗き込んでいたそうだ。それがきっかけでゲームを始めた優樹菜。俺達はいつも一緒に背中をあわせてゲームをして育ってきた。


 中学生になると、優樹菜はすっかり明るく社交的になり、彼女の周りには沢山の友達がいた。そんな優樹菜は人前にも関わらず俺に笑顔を振りまく。いつの間にか俺はその笑顔が眩しすぎて直視することができなくなっていた。その頃には優樹菜に誘われて一緒にゲームをすることはあっても、背中を合わせることはなく、俺の方から誘うことはできなくなっていた。


 悶々とした日々を過ごしながら迎えた中2の村祭りの日。俺は一緒にゲームをしようと言って村祭りに優樹菜を誘った。そこで俺は、ずっと秘めてきた思いの丈を優樹菜に打ち明けようとして。


 待ち合わせは校庭の奥に一本だけあるすずかけの木の下、いち早くその場所着いた俺は頭の中でもし断られたらどうしよう、どんな顔で今後付き合えばいいんだ、という最悪のシミュレーションをなんども繰り返していたが、その中では結局どうすることもできなかった。


 と、その時。遠巻きに携帯ゲーム機を振りながら駆け寄る優樹菜の姿が見えた。


「大輔ー、"どうしょくぶつの杜"やろー!ずっと大輔とやりたかったんだ!」


 満面の笑顔で走りくる優樹菜のその姿に全ての最悪の結果は吹き飛び、俺は成功を確信した。俺達はかつての様に背中を合わせて座り、ゲーム機の電源を入れた。オンラインのフレンドリストに優樹菜のニックネームであるユッキーが現れる。


ユッキー『よーし、ダイダイ、何する?魚釣りに行く?』


ダイダイ『ちょっといいかな?』


 かねてから準備していた今このタイミングだ、と深呼吸をしながらメッセージを書く。


ユッキー『なに?ダイダイ。なんか心臓ドキドキしてるけど大丈夫?』


ダイダイ『好きだ、優樹菜。付き合ってくれ。』


 大丈夫だと思っていてもいざ告白すると緊張する。背中越しに伝わる鼓動が大きくなる。それは優樹菜のものなのか俺のものなのかよくわからない。


 しかし、優樹菜のメッセージはこうだった。


ユッキー『ありがとう、大輔。でも、今は……無理なの。ゴメンね。』


 そのメッセージを見た俺は目の前が真っ白になった。そして、気づいた時には自分の部屋にいた。その日を境にダイダイのフレンドリストからユッキーが消えた。


 それから一週間後。あの後すぐにサッカー部の合宿に行った俺が帰ってくると、優樹菜は父親の転勤で引っ越した後だった。




 屋台でたこ焼きとお好み焼きを買った俺はすずかけの木の下で一人座って食事をする。すると自然とあの時の事が思い出される。あの時、俺が告白を思いとどまっていたら、俺達はもう少しいい関係でいれたのかもしれない。それこそ、時間が二人の距離を縮めてくれていたかもしれない。しかし、それも全てあとの祭り。優樹菜は俺にとって高嶺の花だったんだ。そう思うことで俺は、自分を納得させていた。


 その時、背中にドンという少し強い衝撃があった。近所のガキンチョがぶつかってきたのか、と思って振り向くとそこには浴衣姿の女性の横顔。俺の背中にぶつかってきたのはその女性の背中だった。


 突然のことに驚いた俺は、あらぬ疑いをかけられてはマズイととっさに前へとずれる。しかし、せっかくできた空間を詰めて再び女性が背中を預けてくる。一体どうなってるんだ?と焦る俺の耳元にその女性は囁いた。


「なんで逃げるの、大輔。」


聞き覚えのある、しかし少し大人びた声。その懐かしい声を忘れるはずもない。


「もしかして……優樹菜……?」


「久しぶりだね、大輔。元気だった?」


 あの日以来、陰キャとして卑屈に暮らしてきた俺の目の前に、突如現れた大人の優樹菜。かけるべき言葉も見つかるはずもなく戸惑う俺に、優樹菜はこう続けた。


「今日のレイド、このままサボっちゃうの?」


 今日のレイド。チームメンバーの一人のニックネーム。ゆっきーとユッキー。


 優樹菜のその言葉を聞いた俺は全ての線がつながった。そうだ、俺達に言葉はいらなかったんだ。



「あら、あの子達……。」


「懐かしいね、優樹菜ちゃんと大輔、いつもああやって背中を合わせてたよねー。」


「久しぶりにこっちへ戻ってくるって聞いたからな。大輔を引っ張り出して正解だったな。」


◇◇◇


>ダイダイがログインしました。

>ゆっきーがログインしました。


しぐりん『待ってた!ダイダイ!ゆっきー!』

ゆっきー『みんな、遅れてゴメン!かくつくけど許してね。』

ダイダイ『さあ、最高の祭にしようぜ!』


<了>

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