真実

「私が殺したのよ」


「え?」


 間の抜けた声が響く。


「気づいていたでしょう?自分が二人いること。」


 言われてみればそうだ。社会人になる前から私はずっと寝不足で、朝起きると手が黒くなっていたり部屋が散らかったりしていた。本当はわかっていた。おそらく私がやったのだろうと。それに最初は大したことはなかった。私の悪口を言った女子の机に殺害予告が彫られていたりするくらいだった。


 ずっと見て見ぬフリをしてきた。けれど私が大きくなるにつれスケールは大きくなっていった。私のことをいじめた男子の家が次の日火事になっていたり、母に唾をかけた老人が白骨化していたり。


「全部私がやったの。全部私。」


 私はやってないと信じていた。私じゃ無いと信じたかった。私はただみんなに認めて欲しかった。それだけだった。でももう今になってはそんなことはどうでもいい。もう私は死んだのだ。


 そういえば先週の飲み会で私に執拗に触ってきた上司が次の朝バラバラになって発見されたんだっけ。


「あなたが抱えきれないことは全部私が背負ってあげた。楽しかったよね。自分や身内を苦しめた相手が苦しむ顔を見るの。」


 私が歪んだ笑みを浮かべて言う。そんなこと知らないよ。そう言いたかった。


「でもついに私とあなたの意見が食い違い始めた。」


 そうだったのか。


 確かに何か心にモヤモヤしたものが残り続けていたような気がする。でも日々の忙しさに比べればそんなものはあまりにも小さかった。それに、仕事を一生懸命続けていればいつかは報われると信じて、思考することをやめて仕事一筋にやっていたのもその時期だ。


「私には自我が芽生えたのよ。私は私でありたかった。世界に否定され続けていながらも生き続けようとしていたあなたが大嫌いだった。」


 私だって自分が嫌いだった。どこまでもお人好しで。何を言われても許してしまう。


「ねえ、気になるでしょ?どうやって私があなたを殺したのか」


 どうでもいいよそんなの。この世界には何も未練もないし自分への興味も薄れてしまった。


 何でこの意識はまだあるんだろう。私なんかもう存在してたくない。早く無に帰りたい。もう全てがどうでもよくなってしまった。


「私はね、自分を殺したんじゃない」


 私が顔を近づけてくる。意外と整った顔立ちをしていたんだなと今になって気づく。


「もっと楽しい面白いことをしたの」


 じゃあ何だって言うの。


「自分という体でできる最高の遊び」


 何が言いたいの。


「何だと思う?」


 分かるわけないし、興味もない。


「本当はちょっと気になってるんでしょ?顔に出てるよ?」


 うざい。私を1人にさせて。いっそこの意識も消してよ。


「それはできない。私はあなた。あなたは私だから」





「早く教えろよ」


 叫んでいた。










 なぜだか少し寂しそうな顔をして私はこう言った。




「このを殺したのよ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真っ白な世界にただ一人 伊政 @energie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ