真っ白な世界にただ一人
伊政
無
朝になり目を開け体を起こすと、そこは私の知っている世界ではなくなっていた。周りはひたすら白。無限に広がる白い世界。ここは天国なのだろうか、それとも夢を見ているのだろうか。
昨日はひたすら残業に追われ、まさに死にかけた魚のような虚ろな目をして布団に倒れこんだ。記憶はそこで途切れている。毎日が疲労だった。昨日より前の記憶は不明瞭で霧がかかっている。思い出す必要などないゴミのような私の生き様が詰まっている。
私はやっとあの生き地獄から解放されたのだろうか。死にたいと思ったことはなかった。いやそもそも死にたいと思う思考力さえも世界から奪い去られていたのかも知れない。ただひたすら自分という人間がいかに小さく無力なものなのかということを世界から教えられた。自分が自分である必要などなかった。私の代わりなどいくらでもいた。個性を持ち合わせて生まれる必要などあったのだろうか。結局私はなんのために生きていたのだろう。この状況になってやっとそこまで考えが回るようになってきた。
両親は優しかった。経済的にも何も心配することなく育った。自分という人間がいかに恵まれていたかを改めて思い知らされる。そこそこの大学に進学し成績もずっと上から数える方だった。あの頃はまだ自分の人生に希望を持っていた。自分という人間にしかできないこと、それが何かもしらず、それを使って社会の役に立とうなどという甘えたことを考えていた。
それにしても自分は本当に死んだのだろうか。
「こんにちは」
突然声が聞こえた。誰だろう。どこかで聞いたことのある声のような気がする。
「私が誰かなんて今はどうでもいいことでしょう?」
きっと私の心を読めるんだ。
「君は今までとても辛い人生を送ってきたみたいだね」
あぁ、そうか。忘れていた。私、苦しい感覚さえ忘れてた。無性に虚しくなった。寂しかった。
「泣かないで。」
言われて気づく。頰を温かい感触が伝っていく。
「君は君。君のいた世界がどれだけ君が否定されようとここでは君は君なの。」
世界に必要とされたかった。みんなに認めてもらいたかった。愛してほしかった。私を見てほしかった。他の人と同じに扱わないでほしかった。なぜみんな同じなの。言葉にできない熱い何かが込み上げてくる。今すぐ声をあげて泣き出したかった。
急に目が冴えてきた。傷だらけの私が笑いながら立っていた。
「見て?これがあなた。いつも傷ついて、自分を犠牲にして。その度に私に傷が刻まれていった」
「ごめん...私は...ただ...」
「別にいいの。あなたは私。私が傷つけばあなたも傷つく。そうやって傷だらけの人生を送ってきた。それであなたは満足してた。」
「私はもう死んじゃったの?」
少し間を置いてから私は答えた。
「私が殺したのよ」
真っ白だった世界が赤く染まっていく。どこまでも赤く。
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