茉莉と僕

タカテン

あるいは輝馬と瑠依

 輝馬茉莉てるま・まつり、彼女の第一印象は白いお尻だった。

 

「えへへー。どう、似合うかな?」


 茉莉が僕ん家の隣に引っ越してきたのは、ちょうど町の秋祭りの日の事だ。

 引っ越しの挨拶で母親に連れられてやってきた茉莉は、自分の名前を言うよりも早くくるりと背を向けると、ふんどし姿のお尻を見せつけてきたんだ。

 

 当時の僕たちは小学五年生。低学年ならまだしも、僕たちの年齢の女の子でふんどし姿になる子なんてまずいない。

 だからあまりのことに驚いてしまって、その日の記憶はただただ茉莉のお尻だけだ。

 翌日から一緒に学校へ通ったんだけど、一日経ってようやく茉莉の顔を認識することが出来た。

 可愛かった。ただ、先にお尻を見せられたせいか、そんなにドキドキしなかった。

 

 そんな茉莉の性格は「とにかく行動あるのみ!」で、興味を持ったら考えるよりも早く体が動く。

 しかも何故か僕を巻き込むから、最初はたまったものじゃなかった。

 野良犬にちょっかいを出して、追いかけられたり。

 度胸試しと称して川に張った氷に乗って、危うく溺れかけたり。

 夜の学校を冒険したいと言い出して遅くに家へ帰ってみたら、行方不明になった僕たちを街中の人が探し回っていて、めちゃくちゃ怒られた。

 

 それでも茉莉との関係を断ち切れなかったのは白いお尻、いや違う、彼女と一緒にいるのが楽しかったからだ。

 もともと僕は茉莉と違って大人しい子供だった。

 外で遊ぶよりも家で本を読んでいた方が好きだったし、無謀なチャレンジはやるやらない以前にまず思いつかない。平穏な日々をただひたすら繰り返すだけだった。

 

 それが茉莉が来た途端、僕の毎日は劇的に変わった。

 大変ではあったけれど、眠っていた僕の子供スイッチがオンになったんだ。

 茉莉のおかげで、僕の世界はどんどん広がっていった。

 

「どーもー、生徒会長の輝馬茉莉でーす! みんな、青春してるー?」


 中学、高校に上がっても茉莉は変わらなかった。

 というか、むしろパワーアップした。

 この年頃と言えば、普通は自分の成長ポイントを運動やら勉学に振り分けるものだと思う。

 だけど茉莉はそれまでと同じく、ひたすら好奇心と行動力に振り分けた。

 好奇心と行動力旺盛なバカなんて、教師からしたら相当に厄介な問題児だったことだろう。

 

 なんせ連立方程式のひとつすらまともに解けないのに、夏休みの自由研究で原子爆弾をマジで作ろうとしたり。

 英語のテストなんていつも赤点のくせして、アメリカからの交換留学生の案内役に立候補したり(なお却下されたが、いの一番に仲良くなったのは茉莉だった)。

 学園祭では有志を募って先生たちに『絶対笑ってはいけない学園祭』を敢行し、どこからか連れてきたタイ人による本場タイキックを教頭先生にお見舞いしたのは、もはや伝説である。

 

 それでもそういう規格外なところが同じ年頃の生徒たちからは圧倒的な人気を集め、茉莉は中学、高校ともに生徒会長を務めた。

 

 一方僕はと言うと、この青春時代の六年間でひたすらバランス感覚の強化に努める羽目になった。

 腐れ縁とは恐ろしいもので、このブレーキの壊れた、もとい最初からついていないトラックも何故か僕の言うことだけは聞くんだ。

 だから中学で茉莉が生徒会長への就任が決まるやいなや、先生たちのもはや脅迫とも言える熱烈な説得で僕は副生徒会長として彼女の操縦を任されてしまった。一歩間違えれば学校が茉莉に爆破されるかもしれないし、あるいは学校を巻き込まない代わりに僕たちは新聞の一面を飾ってしまうかもしれない。

 否応なしにバランス感覚が研ぎ澄まされた。

 

 高校(何故か茉莉も僕と同じ高校へ進学出来た。これは輝馬家の七不思議のひとつとされている)では、もはや僕から副生徒会長に名乗り出た。

 これは学校のためというよりも、むしろ茉莉の身の安全を守るためだった。

 というのもこの頃にもなると茉莉の身体はどんどん女性らしさがアップし、もともと可愛らしい顔立ちもさらに磨きがかかって、彼女のことを良く知らないバカが求愛してくる可能性が出てきたからだ。

 

 もちろん、そのバカのことなんてどうでもいい。同情はするかもしれないけれど。

 ただ、あの好奇心と行動力のパロメーターだけ吹っ切れている茉莉が、いわゆる男女の営みに興味を示さないわけがない。

 ヤる。奴ならきっとヤる。

 それだけならまだいいけど、その先に待ち受けている最悪な事態を考えると、さすがにこれは幼馴染として止めるべきだと思った。

 まぁ、茉莉のことだから別段気にすることもなく、若きシングルマザー人生を謳歌するかもしれないけれど。

 

 というわけで高校の頃は「生徒会長と副会長って付き合ってるんだよね」と周りから噂されるのを甘んじて受け入れた。

 なお、茉莉は全く気にしておらず、ひたすら興味の赴くままに爆走しまくっていた。ただのバカである。

 

 そんなふたりの関係に変化が現れたのは、高校も卒業が近づいてきた三年生秋の事だ。

「さよなら守高! 秋の最終決算大文化祭」と銘打たれた(ちなみに学校は今も存続している。ここでいう「さよなら」とは僕たち三年生の視点によるものだ)狂気の二日間が終わり、秋祭りの笛太鼓が聞こえてきた朝。


「えへへー。どうこれ、似合うかな? 似合うかな?」


 茉莉が、紛れもないJK3年生が、ふんどし姿で我が家にやってきやがって、お尻を見せつけてきた。

 相変わらず白い。でも、そのボリュームが記憶とははるかにパワーアップしている。

 桃だった。食べごろの。

 

「まさかとは思うけど、それでお祭りに行く気?」

「そだよー。さぁお神輿担ぐぞー」


 本人はいたって能天気だけど、その危うさは過去最高だった。

 いい年した女の子がこんな姿で祭りに参加したらどうなるか。考えるだけで、頭の中が白く濁った。

 

「ダメ! 絶対にダメ!」

「えー、なんでー!?」

「ダメったらダメ。だって」


 多分、この時の僕は相当に混乱していたんだろう。

 

「茉莉のお尻を誰かに見られるなんて嫌だ、僕!」


 なんてまったく訳の分からないことを口走ってしまった。死ね、僕。死んでしまえ。

 

「え? あー、なるほどー。そういうことかぁ」

「いや、違うよ茉莉! 茉莉が想像しているようなことじゃないから」

「またまたー、隠さなくてもいいよぅ。そうかぁ、そうなんだぁ。じゃあこの茉莉ちゃんもその想いに応えてあげなくちゃねー」

「いいですいいです、応えなくてもいいです、てか誤解うゎ!」

「うへへへへ。じゃあ、いただきまーす!」


 この時のことはもうこれ以上話したくない。恥ずかしい。

 ただ、一通りことが終わってからの茉莉の発した言葉だけは、言っておかないといけないだろう。

 

「高校卒業したら一緒にアフリカへ行こうね」


 ……どういう冗談だろうと思った。

 

 でも、冗談ではなく、高校を卒業した僕たちはそのままアフリカへと飛んだ。


 その紙を見た時、当時の担任は何かの冗談だと思ったそうだ。

 でも当の本人は冗談でもなんでもなく、徹頭徹尾、進路調査の第一希望に「探検家」と本気で書き続けた。

 ちなみに僕は大学進学だった。

 で、さすがの茉莉と言えども、このふざけたとしか思えない進路先には先生どころか家族も難色を示し続け、最終的にみんなの折り合いがついたのが「瑠依るい君も一緒なら」だったのだそうな。

 

 瑠依とは僕のことだ。

 つまり僕はまんまとハメられたのである。

 

 勿論、高校生ふたりがいきなりアフリカに行って何か出来るはずもない。

 むしろ変な熱病とかにかからなかっただけでも奇跡である。まぁ、茉莉はファラオの呪いにかかったり、野生のサーバルに襲われたりして、どったんばったん大騒ぎだった。

 

 次に向かった南米ではナチスの残党に追いかけられ、生まれて初めてプロペラ機を操縦した。訓練もなしに。人間、死ぬ気でやればなんとかなるもんだ。

 北欧ではオーロラをバックに、茉莉がデスメタルを熱唱した。

 ブライトンでは奇跡を起こし、静岡で衝撃を上げ、ドーハで悲劇し、ジョホールバルで歓喜した。

 

 今考えても何が何だかよく分からない、およそ80年以上にも渡る人生がこれである。

 でも、三年前にこの世の全てを食らいつくしたかのように満足した表情で眠りについた茉莉が呟いた「人生はお祭りなんだよ。楽しかったね」って言葉が、全てを言い表しているように思う。

 だとしたら僕たちのお祭りは最低で、だけど最高のものだったに違いない。

 

 ニュージーランドで結婚した僕たちには、当たり前だけど子供は出来なかった。それでも多くの国を渡り歩く中で、知り合った親の無い子供を何人か養子にして育て上げた。

 そのうちの一人、ラモスがこの前、面白いものを見つけてきた。なんとエルドラドへの道を記した地図だってさ。

 だからもうちょっと頑張ってみて、茉莉にはそっちに行ったらまずこの話の顛末を話そうと思う。

 きっと彼女は楽しんでくれるだろう。その時が今から楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

茉莉と僕 タカテン @takaten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ